涙での結婚。
窓から、夕日が、差していた。美央が、目を覚ますと、夕日の中に、見慣れた人影があった。嶺だった。
「嶺」
もしかしたら、逢えないかもしれない。不安が、よぎっていたが、自分の意識が遠のくなか、しっかりと、自分を抱きかかえてくれたのは、嶺だった。
「嶺。居てくれたの。」
「ずーと。」
嶺は、美央の手に、そっと、触れた。
「ここに居た」
「そう」
美央は、ゆっくり微笑んだ。
「昔みたいね」
そう。大学の時と変らない。嶺は、自分だけを見つめてくれている。昔と変らない。じっと、自分をみつめ、傍に居てくれる嶺は、大学時代と、何一つ変らなかった。
「そうだね」
嶺も、笑った。
・・・でも。・・・
美央は、思った。変ってしまった。ここに、嶺は、居てくれる。でも、嶺の心は、あの人と、所に沈んだまま。遠い意識に海へ、今も、一緒に、沈んでいる。それは、いつ、戻るかも判らない。嶺の心を、捕らえ、離さず、共にある。自分の、傍にいる嶺は、抜け殻でしかない。それでも、一緒に居たいと、願う自分が、悲しかった。こんな男忘れたかった。自分を愛し、自分だけを、見つめていてくれた、この男は、もう、変ってしまった。もう、あの自分だけを、見つめてくれた嶺では、ない。心が、なくても、自分は、いてほしいと思うのか・・・。惨めでは、ないか。傍に、嶺が、居てくれればいい。取り上げられたおもちゃを取り戻すかごとく、計った妊娠で、あったが、嶺の心が、最早、自分のものにならないと、思い知るだけの結果になっていた。もう、止めようか・・・。もう、この人を、縛りたくない。心配し、抱き寄せてくれた、あの時に、感じた。この人は、こういう人だ。だから、自分は、愛した。もう、自由にしてあげよう。あの人の、海にこの人を、還してあげよう。それが、自分が、嶺という男を愛した証だ。
そう、思うと涙が、あふれて来た。とまらない。目尻を次から、次へと、塗らす涙で溢れていた。
「あのね・・・。嶺」
嶺をみつめた。涙が止まらない。初めて、素直になれた気がしていた。
「美央。」
嶺が、美央の涙を、ぬぐった。
「結婚しようか・・・。」
嶺は、言った。
「俺は、莉音を愛してしまった。それでも、君が、受け入れてくれるなら・・・。一緒に、その子を育てたい。」
「嶺」
嬉しい。でも、もうすこし、前なら、もっと、嬉しく感じられた。でも、今は。
「嶺。」
美央は、受け入れるだろう。そう思った。・・・が。
「もう。いいから。あの人の所に行って。」
美央は、首をふった。
「この子は、あたしが、育てる。ここに、気持ちのない嶺に居てもらっても、嬉しくない」
「美央。」
「あたしを、見てくれない嶺にいられても、辛いだけなの。」
「美央。ごめん。今の俺は、莉音しかみれない。だけど。」
「子供の事?」
嶺は、辛そうだった。辛そうに、自分の子供を心配する嶺に、美央は、腹が立った。
「あたしが、育てるの。愛してくれない人に、居てもらっても、嬉しくないって、言ってるでしょう!」
それは、裏返すと、愛して欲しいと、聞こえた。嶺には、美央の、気持ちが、わかっていた。
「美央。すまない」
「何を、誤ってばかり!」
「すまない。」
「あたしが、言って欲しいのは、そんな言葉じゃない。義理で結婚してもらっても、嬉しくない。あたしが、欲しいのは、嶺の心なの!」
一度に、感情が、爆発した。涙も止まらない。悔しいけど、鼻水めで、出てしまった。思わず、傍にある枕を投げつけてしまい。枕は、傍にあった花瓶にあたり、騒々しい音をたてて、花瓶は、床に落ちていった。
「嶺。それでも。心が、無いと、判っていても・・・。あたしは、嶺と居たいと思ったりするの。どうして、どうして。こんなに、嶺が、好きなのに・・・。判ってくれないの・・・。」
美央は、両手で、顔を、覆い嗚咽を漏らし激しく泣き出した。こんなに、美央を苦しめている。かつて、愛した人。この人を、自分は、愛おしく思った日もあったのに。自分は、苦しめている。
「美央。少しだけ・・・。待ってほしい。少しだけ。君を愛せるように、なるのに。」
嶺は、美央の両手に、自分の右手を重ねた。
「少しだけ。」
美央は、涙に、濡れた顔を出し、嶺に、そっと、キスを求めた。