不安定な三角形。
桜の花びらが、散っていた。何処までも・・・。甘く、なんとも言えない香りが、する。遠くも見えないほど、桜は、散っていく。後から・・・。後から。
・・・莉音・・・
嶺は、振り向いた。莉音が、立っていた。あの日と、同じく。紫色のワンピースを、着て。笑っていた。変らない。変ってしまうのは、自分だけなのか・・・。莉音の、長い亜麻色の髪が、散っていく桜の中で揺れていた。
・・・逢いたい。莉音・・・
莉音は、まだ、たくさんの、チューブに繋がれたまま、なのか・・・。切なに、嶺は、莉音を求めていた。声が、聞きたい。莉音。何が、あっても、そこに、行きたい。嶺は、そう思っていた。・・・が。
美央が、倒れた。嶺が、そこに、着いた時、美央は、血黙りの、中にうずくまっていた。
「美央!」
嶺は、人込みをかきよけ、美央に、たどり着いた。周りの、人々のザワメキだけが、耳につく。嶺は、美央を抱き寄せた。
「嶺?」
待っていたと、ばかり、美央は、嶺の首に抱きついた。
「待っていた。」
激痛が、走るのか、美央は、顔をしかめた。
「私、どうにか、なっちゃうの?」
美央の、右手が、床に触れた。すぐ、血にそまった。
「赤ちゃん。赤ちゃんは、大丈夫なの?」
思い出したように、美央は、叫んだ。
「嶺!あなたとの、この子は、大丈夫なの?」
真剣な顔で、嶺の両腕をつかんだ。
「嶺!助けて!」
「大丈夫だ。大丈夫だから・・・。」
嶺は、美央を強く、抱き寄せた。
遠から、救急車のサイレンが、聞こえてきた。
桜が、散っていた。後から。後から。繰り返し。色の薄いの、濃いの。入り混じり、他には、何も見えない。風が、起り、桜の香りが、強くなった。
・・・莉音・・・
嶺は、莉音を、探していた。
・・・莉音・・・
桜の花びらが、幾分、雨を含んだのか、しっとりしてきていた。雨が、降り出すのか・・・。空は、影ってきていた。
・・・嶺・・・
そこに、莉音は、いた。
・・・私達、もう、会えないの?・・・
・・・逢えるよ・・・
嶺は、声の方を振り返ろうとしたが、莉音の姿は、見えなかった。
・・・莉音・・・
嶺は、探した。
・・・嶺・・・
振り返った所にいたのは、美央だった。
・・・嶺・・・
美央は、嶺に、手を差し延ばしていた。
・・・嶺。来て・・・
嶺は、ためらった。ためらっている内に、美央は、桜の花びらに、隠れ、見えなくなってしまった。
「美央!」
叫んだ声で、嶺は、目を覚ました。
「起きたました?」
穏やかな声が、聞こえた。嶺は、いつの間にか、美央のベッドの脇で、眠りについていたらしい。点滴の様子を見に来ていた看護士が、嶺に微笑みかけた。
「良かったですね。大事に至らなくて・・・。」
何とか、お腹の子は、もったらしく、美央は、落ち着き、眠りについていた。莉音の夫と、話し合い、美央の、診察に付き合っていた嶺は、疲れ果て、美央が、休んでいる時に、居眠りをしてしまったらしい。
「眠ってしまったんですね・・・。」
嶺は、頭を、掻いた。
・・・夢だったのか・・・
嶺は、まだ、眠りにつく、美央を見つめた。
・・・この子は、助かった・・・
生まれるべき命なのか・・・。
・・・莉音。僕は、君と生きて行きたい。だけど、どうしたら、一緒に生きていける?・・・
嶺は、こぶしを、強くかんでいた。