事故は、急に。
一番、辛い事。それは、何だろう・・・。心の中が、からっぽで、考えられない。人によって、それは、違うと思うけど、皆、同じなのは、愛する人と一緒に生きられない事じゃないだろうか・・・。お互い、好きでも一緒に生きられない。そんな人は、この世の中にたくさんいると思う。そして、この悲劇は、永遠にある。嶺にとっても、同じである。でも、もう、忘れよう。心の奥底にある莉音への思い。押し込めて。忘れてしまえ・・・・。自分の記憶の彼方へ、押しやれば、楽になれる。きっと、そうに、違いない。自分は、これから、この人を愛する。ずーっと、昔から、知っている人。学食で、いつまでも、ふざけあい、夜は、ゼミのみんなで。朝まで語り明かしたでは、ないか。そう、隣のこの人。
「似合う?」
試着室から、出てきたのは、白いドレスに身を包んだ美央だった。美央たっての、願いで、学生時代に旅行に来てた軽井沢で、挙式を挙げる事になっていた。
「うん。美央は、スタイルがいいから、何を着ても、似合うよ」
嶺は、微笑んだ。心のない笑みだった。
「少し、可愛らしすぎるかな?」
きっと、こういうドレスは、莉音が、似合うだろう。太陽のように、笑う人。彼女との、出会いは、嶺の
生活に明かりをともしてくれた。
「何の関心も、ないのかな?」
美央は、見抜いた。
「どこか、別の事、かんがえてるんでしょ?」
「そんな事ないよ。」
帰り道、美央は、不機嫌だった。不機嫌になっても、仕方のない事だったが、嶺も特別、美央の機嫌を伺う事は、しなかった。ただ、結婚式を挙げればいい。嶺の責任の取り方だった。きっと、莉音に、出逢わなければ、美央と普通に結婚していただろう・・・。自分の中の記憶から、莉音の全てを消してしまえば、楽になれる。あれから、莉音に関する全ての物は、処分した。莉音と一緒に買ったティーカップまで。彼女から、もらったあの、チョーカーまで。嶺は、処分した。自分の中から、莉音の全てを消す。それは、メールさえも。胸が痛んだ。何度も、繰り返し、読み。そこに、莉音の存在を感じていた。でも、それは、もう、繰り返しては、いけない。ワスレルンダ。
「ねえ。携帯。鳴ってるけど。」
助手席から、美央が、話しかけた。会社からだった。
「あぁ・・。」
車を、道路の端に停め、嶺は、携帯にでた。
「はい。」
仕事の事かと、嶺は、思った。
「えっ!」
嶺は、言葉を失った。血の気をひいた嶺の顔色を心配した美央が、嶺の肩を叩いた。
「嶺!どうしたの?顔色悪いけど?」
「いや・・・。あぁ・・。どうして」
嶺は、ハンドルを掴んだまま、顔を伏せた。
「嘘。だ。」
「何があったの?」
「そんな・・。」
嶺は、動けなかった。車は、ハザードを出したまま、いつまでも、停車していた。
その日。
莉音は、少し、元気を取り戻していた。天気のせいかもしれない。朝から、気持ちよく、晴れていた。会社に出てくると、つい、嶺が、出社しているか、チェックしてしまう。
・・・休みか・・・
嶺の姿は、なかった。今日は、どうしても、サンプルを業者に届けなければ、ならなかった。いつもは、嶺が、自ら、届けてくれてたのだが、休みとなると、莉音が、行かなければならなかった。運転は、あまり、得意では、ない。
「間に合わないか。」
仕方がない。これも、仕事のうちだ。
莉音は、事務所に戻ると、車のキィーを借り、エンジンをかけた。そう、莉音は、自ら、運転し、納期に間に合せる為、サンプルを乗せ、山道へむかった。よく晴れた、気持ちのいい、午前中であった。この所、嶺との事が原因で、すっかり痩せてしまった。食欲もあまり、でない。食事をしたいとは、思えなかった。夜もあまり眠れない。気がつくと、以前、嶺からきたメールを遡り、読んでいる。
・・・もう、けさなきゃ・・・
毎日、嶺のメルアドを消そうと思っていた。でも、出来なかった。いつか、嶺から、メールが、くるかもしれない。信じてる。嶺が、別れると言ったのは、きっと、何か理由があったのに、違いない。そう、何か、理由があるはず。
・・・と。携帯がなった。いや、なったような気がした。
「嶺?」
嶺かもしれない。ふと、バッグの携帯に眼をおとした時だった。目の前に、大型トラックが、迫っていた。
「嶺!!」
瞬間、きっと、嶺と叫んでいたのだろう。心から。その声は、嶺に届かなかった。
「莉音が・・・。」
搾り出す声。嶺は、運転する気力を失っていた。美央は、見かねて、嶺と替わっていた。
「事故なの?」
美央は、疑い深く聞いた。答える様子は、みられない。この嶺の動揺ぶりは、ただの、同僚の事故では、ないようだった。もっと、別の。
「とりあえず、戻らないと」
嶺は、あせっていた。
「大丈夫なの?私が、運転するわよ」
こんな状態の嶺は、見たことがない。美央まで、少し、動揺していた。
・・・きっと・・
美央は、思った。
・・・この事故は、嶺の・・・
そう。自分より、嶺が選んだ人の事故。美央は、真っ直ぐ正面を見据えた。
「嶺。しっかりして。」
この人を、送り届けよう。美央は、とにかく急ぐ事にした。