「別れよう。莉音」
「もうすぐ、お花見の時期よね。」
旅行の帰り道、莉音は、助手席で呟いた。
「だよなー。花粉アレルギーの時期だから、俺には、辛くもあるけどね。」
運転しながら、嶺は、話した。
「春になるんだね。買い物行きたいな?」
「また、買い物ですか?今日、行ったじゃん」
「だって。」
莉音は、甘えた。
「欲しい春用のリップがあるの。気に入ったお店でないと売ってないんだー」
「今回で、有給。使ったしなー!」
「お願い。一緒に行きたいんだ。」
「どうすっかな?」
「えー」
「はいはい。時間は、作るもんだからね。何とか、しましょう」
「一緒にいたいんだもん」
「俺も・・・。」
ほんの、2、3日前に、嶺と莉音の交わした会話だった。帰宅してからも、いつもの、お帰りコールで、嶺から、メールが届いた。
・・・一緒にいるだけで、満足・・・
・・・あたしも・・・
莉音が、送ったのも、同じ内容だった。それから、だった。ほんの、2日、旅行の余韻も抜けない内に、嶺から、メールが届いた。いつもの様に、莉音が、予定を尋ねるメールを送った時であった。
・・・明日あたり、買い物に行きたい・・・
・・・明日は、仕事だから、行けない・・・
・・・一緒に行きたいから、待ってる・・・
莉音は、嶺と一緒に行けると思っていた。
「ごめん」
携帯が、鳴った。嶺だった。
「待ってるから。買い物は、嶺に、見てほしいの。」
「莉音・・・。」
辛そうな、搾り出すような嶺の声。
「一緒に行けない」
「待ってるよ。あたし」
莉音は、単純に都合が合わなくて、行けないだけだと思っていた。
「莉音。もう、一緒にいれないんだ。」
「どうして?」
「それは・・・。」
莉音の携帯を持つ手が、震えた。
「好きな人が出来た。その人と一緒にいたいから・・・。莉音。ごめん。終わりにしよう。」
か細く消え入るような声。
「嶺。」
莉音は、言葉をなくした。
「あたしは、一緒にいたい。出来るだけ、一緒にいたいの。」
切実に、嶺を愛していた。だが、これから先、何も約束できる事は、出来ない。形がない分お互いの強い心がなければ、結びついているのは、不可能な恋。
「莉音。だって。俺達・・・。永遠じゃないよね?」
そう言いながら、自分は、判っていて、莉音を愛したのだと、嶺は、思っていた。でも、今、ここで、莉音の気持ちを知りたい。
「嶺。あたしは、嶺と生きたい。」
嶺を離したくない。約束できない将来であろうと、今、嶺を失ったら、生きては、いけないと思うほど、嶺の存在は、誰よりも、大きかった。
「無理だったんだよ。莉音。俺達は。」
嶺が、携帯をきろうとしていた。
「待って!」
莉音の、声は、嶺に届かなかった。もう、一度携帯をかける。発信音が、5回鳴ると、意図的に切られてしまった。
・・・嶺・・・
もう、立って、いられなかった。夕方、食事の準備をしていた莉音だったが、その場に座り込んでしまった。
・・・どうして?・・・
ほんの、2日前は、一緒にいたいと言っていたでは、ないか・・・。
・・・どうして?・・・
莉音の、思考回路は、同じ所を回っていた。
携帯が鳴り、嶺からの、メールを知らせた。
・・・莉音。いままで、ありがとう。おれは、莉音の事。ずーっと、忘れない・・・
いつかは、別れなければ、いけないと思っていた。が、逢うたびに、愛し合う度に、もうすこし、もうすこしと、別れを延ばし続けていた。もしかしたら、自分が、勇気をだしたら、嶺と一緒に生きていけるかもしれない。と、莉音は、考え始めていた。その一番、幸せな時に、嶺から、別れを突きつけられた。
・・・好きな人が出来た・・・
本当だろうか?
・・・その人と一緒にいたい・・・
本当だろうか?
人の気持ちは、そんな急に変れるものなのだろうか?
莉音は、混乱していた。長い夜が、始まろうとしていた・・・。
「これでいいんだ。」
嶺は、莉音からの携帯の着信を拒否した。自分達の恋愛は、祝福されない。判っている。が、こんな莉音を傷つける方法でしか、別れられない自分が、許せなかった。でも、ここまで、しなければ、また。莉音の所に、自分は、行ってしまう。かといって、本当の事は、更に、莉音を傷つけ、追い込むであろう。本当の事。いつかは、知れてしまうだろう。でも、今は、言えない。莉音が、早く、自分を忘れ、優しい夫の元へ戻る事を望んでやまなかった。