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 ウォルターはキャロルに感銘を受けるどころかかなり白い目で見ているらしい。おまけに私を一方的に友達認定し名前で呼ぶことを求めてきた。となると歳下で身分も下の私も『ではわたくしのこともステラとお呼びください』と申し出るのがこの世界でのお貴族様ルールだ。

 

 ヒロインのステラって略奪癖があるらしく、いよいよ愛が盛り上がったキャロルを妬んでウォルターを篭絡しようとアタックしたんだよね。けんもほろろに弾かれてゴキブリでも見るかのような目で見られちゃうんだけど。


 私ステラなのに、お友達になっても良いのでしょうか?


 一応ジョシュアお兄様にウォルターのバックボーンについて確認をしてみたが、小説の設定と変わらずとても悲しい生い立ちだった。ただしジョシュアお兄様が言うにはそんな環境にいたからこそ信頼できると思った相手にはとことん心を開いてくれるんだって。ジョシュアお兄様だけじゃなくてウォルターに同情し家族の温かさを味あわせてくれた伯父夫妻や、兄弟の楽しさを教えてくれたフィリップお兄様もウォルターは絶対の信頼を置いているそうだ。


 事実は小説よりも奇なりってまさにこれね。よりによってステラがそんなお家に引き取られるんだから。


 翌日の入学式、当然私は迷うことなく講堂に行き席に着いた。ホント、どうしてヒロインのステラが迷ったのか理解できないくらい迷いようなんて無いのだ。新入生代表はテストで首位を取ったキャロルではなく王太子殿下で、私は遠い席からふむふむとそのお姿を眺めていた。


 確かに素敵で麗しい王子様でキャロルが一目惚れするのもわかります。だけどウォルターも張り合えるくらい美形青年だったなぁと思う。同じ歳の王太子よりも大人の落ち着きがあるし包容力も感じちゃう。どっちかと言えばウォルターの方がタイプと言えばタイプだけど、それはこの先の展開とか王太子が何かとちょっと微妙って知っているせいだろう。


 式が終わり各教室に移動して指定された席に着いた。私は窓際一番うしろの端っこという有り難いお席で一番前の教卓ど真ん前に座るのがキャロルだ。小説の中でウォルターが絶賛した通りの艶やかな黒髪に星のように耀く金色の瞳、それから何だっけ?あぁ、愛らしい薔薇色の頬ね、そのままズバリの凄いインパクトの強い美人さんだから直ぐにわかった。

 

 学園生活の説明や注意を聞き担任からの指名で学級委員長がキャロルに決まると下校となった。キャロルは早速取り巻き令嬢達に囲まれてどこぞのカフェでお茶を飲もうと誘われている。それを横目に教室を出ようとすると何人かの男子生徒がごそごそと話をしているのが耳に入った。


 「市井で暮らした平民上がりだって?」

 「あぁ、そんな女がよりによってこの特別選抜クラスに紛れ込んだらしいぞ!」

 「なんてことだ。そんな賎しい女と机を並べなければならないなんて!」

 「だが怪しい奴は見当たらなかったな?今日は欠席か?」

 「だろうな。怖じ気づいて来るのをためらったのかも知れない」

 「いっそこのまま永遠に来なければ良いのにな!」


 ゲラゲラと爆笑する彼らの横を通りすぎようとしたら、彼らが一斉にポカンと口を開けて私を目で追ってきた。怪しい奴はこいつか!って思われたのかな?と思いきや、目が合った男子生徒が次々と顔を赤らめていく。そして『誰だ?』『さぁ?』『凄く可愛いな』『妖精か?』『いや、天使だろう』等と言い合っているけれど……


 残念!私が賎しい平民上がりです!!


 私はニコッと微笑んだ。『ほわー!』とか溜め息を上げている彼等にばっかじゃないのと呆れつつ教室を出ようとドアを開けると、廊下に佇んでいた男性が抱えていた大きなピンク色の薔薇の花束を目の前に差し出した。


 「ひゃっ!」


 びっくりして見上げるとそこにいたのは優しい笑顔で見下ろしているウォルターだ。


 「入学おめでとう!ステラ……と呼んでも?」


 『それではわたくしのことも……』っていう定型の申し出も無いままに名前で、しかも超フレンドリーに尋ねてきたウォルターに私は目を見開いてこくりと頷くのが精一杯だ。名前云々よりもいきなり花束だなんて、そっちの方がよっぽどびっくりしたんだもん。


 「屋敷までわたしが送るよ。伯爵には伝えてある」

 

 意図がわからずに狼狽えたがウォルターは勝手にエスコート体勢に入っており、私は戸惑いながらウォルターの腕に手を掛けた。


 教室はざわめいている。『若きオルフェンズ公爵様だわ』『花束を持っていらしたなんて、どういうことかしら?』『エスコートするようだぞ』『二人はどんな関係なんだ?』等々、疑問が渦巻いているようだが当の私も大いに疑問だ。


 廊下を歩けばクラスメイトだけではなく他のクラスの新入生や教師も驚きの視線を投げ掛けてくる。そうですよね。私もそちら側にいたらガン見しちゃうと思います。


 ようやく馬車に乗りほっと息を吐いた私にウォルターが


 「制服が良く似合っているね」


 と満足そうに言った。今朝は伯爵一家もこの制服姿に大興奮でしたよ。やっぱり推しの制服ってぐっと来るのかしらね?


 「ありがとう……ございます」


 でもどうしてここに?と思った私は思わずぴょんとお尻を浮かせた。


 「公爵様っ!」

 「……ん?」

 「あっ、ウォルター様……もしかして今日いらしたのは……」

 「可愛いステラがお門違いの誹謗中傷を受けるのは許せないからね」


 やっぱりと頷きつつ私は座り直した。


 ウォルターは私が育ちのせいで苛められぬように、この娘の後ろには自分が付いているんだぞとアピールするために現れたんだ。

 

 「虎の威も使いようだ。可愛いステラを傷付けるような事をされたらわたしは黙ってはいられない。こうして公然としておけばそんな事をする輩はいないだろう?これはお互いの為なんだよ」

 「ですが……」

 「ステラに入学祝いの花を渡せたんだ。こんな素敵なことはないよ」


 そう言ってウォルターはパチンとウインクをする。


 多々誤解は有るようだがご厚意はありがたく頂戴しよう。多分だけど寂しく虚しい日々を過ごしてきたこの人も、行き場のない愛情を持て余していたんだろう。


 それならばこの温泉に浸かるカピバラの私に注ぐが良いのだわ、と私は腹を決めた。


 やっぱり私はそんな愛情を受け入れる運命を背負っているのだろうから。


 

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