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追話 ステラはどうも腑に落ちない その2


 男児が優先されるもののこの国は女王もありだ。だから第一子が女児でも祝福されるし、出産したばかりのお妃に『次こそはお世継ぎを!』なんて余計な事を言う重鎮もいない。前世では男の子三人のお子さん達のお母さんだったキャロルにはやっぱり羨ましさや憧れがあったそうで、『女の子だったら嬉しいわ』なんてこっそり呟いていたのだ。『生まれてしまえばこの子以外は考えられないって思うんだけどね』とも言っていたけれど。


 「女児か……」


 ムフンムフンムフフフン……屋敷に戻る馬車の中、迎えに来た私の愛するダーリンが鼻を膨らませながら変な笑いを漏らしている。だけどマイダーリンウォルターは変な笑いを漏らしていても超素敵。格好イイ。眩しすぎて目が眩みます。


 ちょっぴりつーんときた眉間を押さえながら私は頷いた。


 「えぇ、お二人ともそれは嬉しそうでした」

 「それはなによりだね。そしてわたしも嬉しい。嬉しくて堪らない。できることなら窓を開けこの胸の高鳴りの赴くままに叫びたいほどだ」

 「止めましょうね、早朝ですよ」


 実行しかねない上機嫌振りに私は慌てて釘を刺した。どうしちゃったんだろうね?他所様に女の子が生まれたのがどうしてそんなに嬉しいの?


 という私の疑問に気が付いたのか、ウォルターはにっこりと笑いチュッチュッチュッとおでこに三発キスをした。


 「さてステラ、我が国の公爵家は幾つある?」

 「六つです」

 「そうだね。オルフェンズ公爵であるわたしを除くと孫のいる公爵が三名。その子息息女は全て既婚者で、彼らの息女で一番年少なのはバルドス公爵家の七歳の令嬢だ」

 「そうでしたわね」

 「残る二名の公爵の子息息女の内最も年少なのはドルビ公爵家の九歳の末娘。これがどれ程の問題を孕んでいるのか、ステラは考えたことがあるか?」

 「ないですよ。一切」


 家門の構成を把握してはおりますが問題を孕んでいるって何のことだ?


 「由々しき問題なんだよ」


 突然意味不明な話をされてついて行けない私を置き去りにして、ウォルターは項垂れて首を振った。


 「我が国の王太子は余程の事情がない限り公爵家から妃を迎えている」

 「ですね」

 

 侯爵令嬢だったキャロルがお妃候補の筆頭に上がったのはキャロルパパの力業だけじゃない。どこの公爵家も王家とは若干ジェネレーションがずれていて、年齢的にマッチした令嬢がいなかったという幸運にも恵まれていたのだ。


 「生まれたのが王子だったとしたらその子はいずれ王太子だ。もしも数年内にステラが女の子を産んでごらん?王家は間違いなくうちの娘を寄越せと言ってくる。うちの娘を王室に嫁がせるだと?馬鹿な、誰が大事な愛しい娘を奴らにくれてやるもんか。何をふざけた事を!」


 いきなり目を血走らせて怒ってるけど、あなたこそ何言ってんの?


 「うちの娘も何も、ご承知の通り今現在私のお腹は空ですが?」

 

 私は眉間を寄せて首を捻った。


 出会った時の16歳で結婚していてもおかしくない年齢だった私を、幼稚なおちびさんだと認定したくらいウォルターの身近には子どもが居なかった。苦手と言うよりも未知の生き物だからどう扱えば良いのかもわからない。だから当分は二人の暮らしを楽しみたいと言っていたのは誰だったかしら?


 けれどもウォルターは頭を抱えて髪を掻き乱しながら唸っている。何故ってうちの娘ちゃんにはもうひとつ王家が欲しがる理由があるからだそうな。


 ご存知の通り私は母の写真を見ても自分のに見えちゃうくらい母に激似だ。その母の容姿は祖母譲りだと伯父夫妻は言う。それにしちゃ飾られている祖母の肖像画はあんまり私には似てないなぁと不思議に思ってはいたのよね。


 ウォルターも同じように思ったらしく、よくよく調べてみたらその肖像画がとある有名画家の作であることがわかった。但し風景画家として。


 風景画を描いたら天才の名を欲しいままにしていたその画家は、何故か肖像画に関しては壊滅的だったそうだ。どう頑張ってもモデルと似ても似つかない絵になってしまい、僅か数点を手掛けたのみで二度と肖像画を描くことはなかった。その最後の作品が祖母の絵だったのだ。


 伯父夫妻によると祖母は『アイリーンの二十年後』としか表しようのない顔で、私同様母も若い頃のお母様そっくりだと言われまくっていたらしい。この顔の遺伝子って相当図太くてガッツリ優性遺伝なんだろうね。だけどその少なくとも三代に渡って同じ顔だという事実を知ったウォルターは愕然とし、物凄く不安になった。もしも私が女の子を産んだらその娘ちゃんもそっくりさんになる可能性大で、それに関してはウェルカムなんだけど大きな気掛かりがある。王室のメンバーだ。


 純愛の象徴であり若者のカリスマだった白銀の妖精アイリーン・フランプトンに心酔していたミーハーな両陛下。私の性格はさておき外見はどストライクだった王太子。夫を差し置いて出産に立ち会わせるほど私に懐いちゃったキャロル。オルフェンズ公爵家に生まれた年齢的にもぴったりの、尚且つ白銀の妖精の遺伝子を受け継いだ女の子を欲しがらないわけがない、と語るウォルターのせっかくの美しい榛色の瞳が絶望で輝きを失くしている。


 ダーリンマイラブな私も流石にドン引きだ。念のため繰り返すが私のお腹は空っぽだ。細胞レベルでも別の生命体は存在しない。


 だけど私のお腹には細胞レベルでも存在しないうちの娘ちゃんはウォルターの脳内にはちゃんといて、おっかなびっくりちっちゃなほやほやのベビちゃんを抱いたところに始まり、よちよち歩いて紅葉みたいなお手手を伸ばしてきた娘ちゃん。初めてお話しした言葉は『とーたま』だった娘ちゃん。おませさんの幼女になって『お父様のお嫁さんになるの!』って宣言しちゃう娘ちゃん。そしてそして成長と共に白銀の妖精の遺伝子のパワーを発揮して美しく華開き、日ごとに輝きを増し……の辺りになるとウォルターは感極まって目頭を抑えて肩を震わせたので、私は更に引いた。


 「ねえ、だから私のお腹は空っぽです。そして誕生されたのは王女殿下ですよ?取り上げた私が言うんだから間違いないです」


 人間の赤ちゃんて解りやすいのだ。その周辺を見たのは一瞬だったけど明らかに付いてないなーって思ったもんね。

 

 「そうだよ、王女だ。だからうちの大事な娘を寄越せなどとは何が有ろうと言われずにすんだ。なんて素晴らしいんだ!王女殿下万歳!!」


 両手を上げたウォルターが窓を開けようとするのを私は慌てて止めた。そして初めてこの人に残念な物を見るような視線を送った。


 あのアツアツラブラブっぷりだもの、きっと王太子夫妻の次のおめでたい発表がされるまで、そんなに間が空かないのではなかろうか。その子がまた女の子だとしても次の発表が、いや、次の次くらいまでトントン拍子で続きそうな気すらする。なのにウォルターは第一子の女の子の誕生でクリアしたものと安心しまくって浮かれているんだよね。脳内の娘ちゃんですらこんな有り様なのに、いつかウォルターが次世代の白銀の妖精を腕に抱いた日にはどうなっちゃうのやら。


 溺愛公爵の人生は前途多難らしい。


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