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追話 ステラはどうも腑に落ちない その1


 解せぬ。どうにも解せぬ。


 何がって夜中だってのに王城にお呼び出しを喰らい、王太子妃殿下のお産に立会わされ手を握っているこの状況が、ですよ。


 「すてっちーーーっ!」

 

 キャロルの絶叫が響き渡るが、どうしてそれがすてっちなのかも甚だしく疑問だ。だけど流石の私も目の前で苦しみのたうち回るこの姿を見ては応援するしかない。あ、いや、まだ応援しちゃ駄目なんだわよ。


 しつこいだろうが私は動物看護師だった前世の記憶をもった転生者だ。しかししつこいだろうが勤務していたのは爬虫類両生類専門病院で、患者さん達は産卵はしても出産はしない。ましてや人のお産なんて何の知識もない。しかしキャロルはそんな私に無理やりフェルナン・ラマーズ大先生の教えを伝授した。何でもサポートがあるとないでは雲泥の差なのだそうだ。


 登山でいうなら八合目、キャロル曰く今が一番キツイ局面なのだとか。陣痛というものは赤ちゃんを押し出す為というよりも、普段硬さも大きさも鼻の穴レベルだった子宮口をぺったんぺったん餅つきのようにこね回し、柔らかくして小玉スイカが通るくらいに拡げるのがメインなんだって。鼻から小玉スイカ……なんと恐ろしい!


 まだ小玉スイカ通過可能水準には到達していないが、引っ切り無しに陣痛の波が来る。でもここでいきんでも小玉スイカは通過できないばかりか色々よろしくないので、いきみを逃さなきゃならない。初産ながらその辛さを熟知しているキャロルが少しでも苦痛を回避しようと私を巻き込み、お陰で私は今『ひー、ひー、ふー』と声を掛けつつ腰を擦ったり、畏れ多くも未来の王妃様のこうもん様をグーで押し込んだりしているのである。


 勿論私は言ったのだ。んなもの元ボンクラ王太子フランツ君に教えて二人で乗り越えろと。けれどもキャロルは真顔で首を振り『フランツにやれると思うの?』と一切感情のこもらぬ声で聞き返し、そう言われると確かになぁとしか思えない。それでも出産は夫婦で乗り越えるべきだろうって言ったんだけどやっぱり私は呼び出され、到着したお部屋の前では王太子殿下がドアに取り縋って泣き崩れていらした。


 「ぎゃーろーるぅ~!!」


 といつか聞いたあの声で泣きじゃくる王太子フランツ君は立派な王太子になったという専らの評判であるが、キャロルの事になると相変わらずボンクラらしい。懸命に痛みを堪えるキャロルを見てオロオロしどうにかしてくれと騒ぎ立て、遂には気が散る!邪魔だ!と強制退去処分になったそうだ。


 私が到着してからもう三時間、産気付いてからだと丸一日をゆうに越えている。やっぱり初産は進みが遅いようだ。キャロルの額は汗で濡れ前髪がぺっとり貼り付いている。けれども必死に痛みと戦うキャロル。やっぱり貴女は凄い頑張り屋さんなのだわ。


 「妃殿下、おきばりください!」


 いよいよ医師にそう指示をされキャロルはうっすら笑って頷いた。ここからは陣痛の波に合わせてぐっといきむ。数回繰り返した所で


 「頭が見えて参りましたよ。力を抜いて下さいませ!」


 と助産師が叫んだので、私は教え込まれた通りにキャロルの肩を叩きながら『ハッハッハッハッ!』という掛け声をかけた。こうなったらもう最大のクライマックス、ズルんと赤ちゃんが出てくる……とキャロルは言っていたんだけど……


 「すてっち!取り上げて!」

 「は?」

 「早く、早く早く!急いで!!」


 殺気立ったキャロルの迫力に思わず身体が動いた。助産師が持つ布を手に取りキャッチの体制をとる。するとほぼ同時にズルんと出てきた赤ちゃんを、私は必死に受け止めた。


 赤ちゃんを助産師に託すと慌ただしく処置が行われる。果てしなく長い長い時間に感じたが、やがて力強い産声が部屋一杯に響き渡った。


 そして廊下から聞こえてくる


 「ぎゃーろーるぅ、ありがとう、ありがとう!」


 と泣きじゃくる声も。


 「おめでとうございます。王女殿下でございます!」


 一斉に歓声と拍手が上がる中、夢中で赤ちゃんを受け止めたせいで上半身血だらけになった私は、放心状態でヘナヘナと座り込んだ。


 解せぬ、どうにも解せぬ。


 どうして私が、単なる御学友に過ぎないわたくしめが、リサネラ王国第一王女殿下を取り上げたのであろうか?


 腕を組み首を傾げて考えたいところではあったが、『すてっち』と私を呼ぶキャロルのか細い声がする。私はよいしょと立ち上がりキャロルの側に行った。


 汗だくのキャロルの横には生まれたてホヤホヤの新生児がいる。シワシワでふやけた赤ちゃんはキャロルと同じ黒い髪……くらいしか分からず似ているかどうかなんてさっぱりわからないが、愛おしそうにほっぺをつつくキャロルは眩しさすら覚えるくらい美しかった。


 「おめでとうございます。よく頑張られましたね」

 「ありがとう、ありがとうすてっち。私、私ね、本当は……とっても怖かったの……」


 ポロンと涙をこぼしたキャロルは嗚咽を堪えている。


 そうだよね、寿子さんは医療体制の整った環境で三人出産したんだもん。周産期死亡率が桁違いっていうこの世界でのお産は、どんなにか恐怖が大きかっただろう。けれども愛しい我が子に会うために、そんな不安は一切口にせずに命がけで戦ったんだ。


 「すてっちがいてくれて良かった。本当に……」


 ホッとしたんだろう。キャロルは私の手を握り声を上げて泣き出した。けれどそれもやっと入室を許された王太子がオイオイ泣きながら入って来るまでのほんの一時で、さっと涙を拭ったキャロルは手を伸ばして王太子の頭を優しく撫でた。


 「女の子ですわ」

 「あぁ、こんなに美しい子は見たことがない。なんて愛らしいのだろう。キャロルにそっくりだな」


 ……親って凄いな。シワシワでふやけた赤ちゃんを見てそう思えるだなんて。今現在私にはキャロル似の要素ったら黒い髪オンリーなんだけどね。

 

 それからも早くも親馬鹿を発動し、あれやこれやとシワシワでふやけた赤ちゃんを賛美する二人を残し、私はこっそりと部屋を出た。


 空に打ち上げられた号砲がドンドンドンと王女の誕生を国民に伝えている。私は空に漂う白い煙を見ながら幸せな気持ちで大欠伸を一つした。


 

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