追話 ステラとキャロル その2
人妻になった二人による、ちょっと大人なテーマについての考察があります。かなり濁してはおりますが、ご注意下さい。
膨らんだお腹を大事そうになでながらキャロルが首を傾けてニコリと笑った。
う、なんか嫌な予感なんだけど。
「ね、すてっちはどうなの?」
「どうって……」
「し‥あ‥わ‥せ?」
ホイ来なさった。結婚式から早二ヶ月が経過した今日この頃、そろそろ来るかと思ってたわよ。だけどモジモジ恥ずかしがる私をからかおうったってお生憎様ですからねっ!
私はデロンと表情を崩した。
「そりゃもう幸せでーす!どっぷりいちゃラブな毎日っ!」
ぐふふふふ……だってだって私、すったもんだに巻き込まれたあの日、ウォルターが大大大好きって自覚しちゃったんだもん。ウォルターの溺愛は既定路線だろうけれども覚醒した私だって負けられないのであります!そのせいで以前はによによと生暖かかった皆さんの笑いが、今ではすっかり呆れ返り引き攣ったものに変化している。でも別に良い。バカップルと呼びたければ呼ぶが良い。二人のために世界はあるのだ。私は本能の赴くままにウォルターを愛でるのみ!
「そりゃようございましたね」
質問しておきながらドン引きするってキャロルってば酷くない?ご自分達だって電光石火のスピード懐妊ですもの、さぞかし『仲睦まじく』なさっていらっしゃるでしょうに。
キャロルはカップの白湯を一口飲んでほぅと息を吐いた。いや、そう見せかけながらのため息だな、絶対。
「ねぇすてっち?」
「はい?」
キャロルはきょろきょろと辺りを伺い私を手招きすると、耳に顔を寄せて扇子で口元を隠しながら囁いた。
「私ね、あれだけはナイと思っていたのよ」
「無いって何がです?」
私は大真面目に眉を顰めるキャロルを首を傾げながら見つめた。
「すてっちにネット小説の読み過ぎって叱られたじゃない?確かに仰る通りだけど、それでも私だって小説の内容の細かいことまで突っ込んでいたらきりが無いから、モザイク掛けてスルーしていた事が沢山あったわけ」
「布に染み込ませた薬品をかがされて意識を失う、とかそんな感じのことですか?」
キャロルはこくんと頷いた。イメージはクロロフォルムなんだろうけど、あれ実際は不可能なんだよね。揮発して吸い込んで意識を失わせるってとんでもない濃度なの。実行なんかしてご覧なさいよ、誘拐犯も一緒に昏倒しちゃうんだからね。
「でも小説なんですもの、それで良いんじゃないですかね?転生したからこそお説教はしましたけれど、皆がみんな転生転移するわけじゃないんだし。別に私、一読者を捕まえてまで叱り飛ばすつもりなんかないですよ」
モザイク掛けてスルーしていたのは私も同じだもん。お話の世界なんだからあえて突っ込まない方が楽しめるよね?
キャロルだって自分に関わりのない小説では、そうやって冷静に割り切って読んでいたと言う。
だけどそれでも……
「アレに関してだけは無いわーって思っていたのよ、アレだけは」
「アレ?アレって何?」
「やだもうっ!」
バッチコーン!!キャロルに力一杯肩をどつかれて頭に一杯ハテナを乗せた私は、危うくソファから転げ落ちそうになった。何するんだよぅ……とキャロルを睨むが、クププと思い出し笑いに夢中でこっちなんか見ちゃいない。
「アレって言ったらアレ!でしょうよ。もうっ!純情ぶって。脳内アラサーのくせにっ!」
「んなこと言ったら妃殿下なんかアラフィっ」
いや、やめておこう。ここはお互いまだティーンエイジャーでいないとね。幸いキャロルはまだまだクププクププとやっていて、私が言い掛けたワードには気がついていないようだ。
「それでアレって何なんです?」
「…………」
言い淀むんかい!
だけどキャロルはしつこく辺りを伺い……そもそも未婚の男女じゃないんだから今我々は二人っきりで、ドアもピシャリと閉まっている。ナイショ話だからって警戒する必要もないのだが、それでもキャロルはソワソワしながらひっそりと耳打ちしてきた。
何をって?……アレですよ。アレと言ったらアレです。確かにアレでございます。
「確かに……初めてなのにそんなに良いもんかなぁっていう疑問はありましたけど……」
「でしょう?自分でもどんな構造しているのか知らないっていうのに、あそこまで簡単に弾けるかしらね?」
「初心者なのに濁流に飲まれるとか高みに押し上げられるとかですもんねぇ」
「そうよぉ。何?目の前が真っ白になって全身が電流に貫かれるって何?初回なんてよく解んなかったけどこんなもんなのかなぁって感じじゃないの?」
「ですね。でも異世界じゃあ皆さん翻弄されて気を失うように寝落ちしますもんね」
「ないわぁ……」
ゆっくりと首を振ったキャロルはカップの白湯をごくりと音を立てて飲み、さっきよりももっと距離を詰め、より小さな囁き声で私に話し掛けてきた。
「でね。毎晩とか何度もとか明け方迄離さない、とかさぁ……それに関してもいくら異世界だからってってシラケてたんだけどぉ……」
「…………ってことはアリだったんですね」
つられてコソコソ確認するとキャロルが小さく頷く。
「明け方迄……なのに殿下は定時に起きられるんですよね?」
「そう、私なんて疲れて身体バキバキで昼まで動けないのに……」
あ、それもホントにアリなんだ!
「それなのに夜になるとまた甘えて来るから……」
なるほど、スピード懐妊の原点はここか。
「…………すみませんが私、前世では未婚だったんで比較対象がないんですよ。あっちの新婚さん達って、回数は置いといたとしても毎日じゃないんですか?」
「すてっち、ナイナイ。それは無いわ」
一転してきっぱりとした口調で断言したキャロルが首を振っている。
「先に言っとくけど一日置きですらないからね。三日に一度も怪しいもんだわ。人各々ってのは理解しているわよ?でも少なくとも私が知っている限りでは、そんな夫婦はいなかったもの」
「……そんなかんじ?」
「そうよ、子どもが生まれたら益々『疎遠』になるし……まぁこっちも触られるのもイヤ、みたいになっちゃったんだけど」
「でも寿子さん、息子さん三人いたんじゃ?」
キャロルの視線が遠くを眺めるようにぼんやりとした。多分だけど何か回想していらっしゃるのね、今。
「皆無って訳じゃない……とだけ言っておくわ」
「はぁ……逆に凄いかもですね。その命中率」
私達は同時にカップに手を伸ばしコクリと喉を鳴らした。
「それで?すてっちはどうなの?」
「そう来ると思ってましたけど、でも黙秘します!」
「えーっ、そんな水臭いこと言ってぇ」
「断固黙秘します!」
「いいじゃないの~、きゃろるんとすてっちの仲なんだからぁ」
ずっと拒否してはいるが、近頃この王太子妃殿下はきゃろるんと呼べと強要するので甚だ迷惑だ。
「なんか妃殿下、下世話な話をしてると物凄くおばちゃんぽいですよ!」
「煩いわね、たまには息抜きも必要なのよ」
ぷくっとほっぺを膨れさせちゃってるむくれ顔は可愛いハイティーンなんだけどなぁ。
「人のことはいいんですよ!妃殿下はご自分の幸せを噛み締めていれば良いんです。噛めば噛むほど味が出てきりが無いくらいお幸せなんでしょう?」
「まぁね。ちょっと重くて息苦しくなるくらいではあるわね」
そう言いつつキャロルはニヤけていた。
鍛錬に励むようになった王太子はすっかり逞しくなって、今じゃ事ある毎に、大きなお腹のキャロルをお姫様抱っこするのだそうな。『場所も弁えずどこでも構わずにだからホントに恥ずかしい』と顔を赤らめて眉をハの字にしているけれど、それでもキャロルの表情からは溢れるような幸せが感じられる。
王太子はキャロルを溺愛している。だけどそれだけじゃない。キャロルも元ボンクラ王太子フランツ君を溺愛しているんだ。だってキャロルはボンクラ王太子だった時からずっとフランツ君を愛していたんだものね。




