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 あのですね、何でそれをわたくしに仰るのでしょうか?『頑張り屋さん』に続きましてその『いじらしい』もキャロルを見て呟くはずのワードですのよ?


 いじらしい……弱いものが必死に頑張っている様を見て感じるあの気持ち?私にそんなものは欠片もない。あるのは踏み台になるのを回避してやろうという打算だけだ。いじらしいとか健気とかそんなものの対極に位置する存在、それがわたくしステラ・フランプトンなのです!


 「本当にその通りさ。ステラは実に健気に努力している」

 「そのようだな。わたしにもその健気さが手に取るように伝わってくるよ……」


 文末声が掠れてきたけど大丈夫?で、何故に有りもしない健気さが手に取れるような気がするのかしら?


 理解が追い付かず目をぱちくている私にウォルターは思いっきり優しく微笑み掛けてきた。ウォルターは滅多ににこりともせず時折冷たい笑顔を浮かべるだけで、しかもその瞳は凍てつくようなんだよね?それにしては日だまりのようにぽっかぽかの暖かい視線が来ている気がするんだけど。


 「……一つ伺ってもよろしいですか?」

 「あぁ、いくつでも答えるよ」


 今度は微笑みどころかにっこり笑って答えたウォルターに私はおずおずと聞いてみた。


 「公爵様は王太子殿下の婚約者様をご存知ですか?」

 

 努力家のキャロルに心を打たれ『頑張り屋さん』発言をしたのは入学前で、二人はもう出会っていて大恋愛はスタートを切っているはず。だけどキャロルの恋愛成就を熱望している私は、キャロルと王太子の恋を邪魔しないっていう控え目ながらかなり重要なサポートをすると決意しているので、つまり目の前にいる人の良さそうなウォルターはこれから一歩一歩大失恋へと向かっていくのだ。


 私は何よりも自分が可愛い。好き好んで不幸になりたくないし踏み台なんて真っ平だ。能無し王太子妃と呼ばれる荒んだ人生を絶対に回避するためにこの方針を変えるつもりは更々ない。それでもねぇ、初めて安らぎを知り心を暖めてくれる存在を得るはずだったこの人がもっと傷付くとなると、やっぱり良心の呵責がないとは言いきれない。


 だからって方針は変えないけど。私は初対面のあなたのために犠牲になろうと思うようなお人好しではないのですよ!


 「知っているよ。キャロル・モンクリーフ侯爵令嬢だ。非常に優秀なお嬢さんで今回の試験でも首位だったと聞いた」


 ウォルターはなんてことない風にさらりと言う。


 「首位だなんて、凄いですね!」

 「おいおい、ステラは僅差の二位だそ?」


 ちょっとジョシュアお兄様、話を膨らませようとしているのに本当にいらんことしいなんだから!


 「それは凄い、侯爵令嬢は歴代でもトップの高得点だったと言うのに僅差だったとは!」

 「だろう?しかもステラはうっかり簡単な計算ミスをしてしまってさ。あれが正解なら順位はひっくり返って居ただろうなぁ」


 数字の前のマイナスを見落としちゃった本当に単純な計算ミスだったからシスターメリッサに申し訳ない!って落ち込んだけど、首位なんて取って目立つといらぬ弊害が起きそうだから結果オーライだったのよ。なんて事よりもキャロルだ。二人が推し活で盛り上がらぬうちにと私は二人の話を遮った。


 「大変お美しいご令嬢だと聞き及んでおりますわ」

 「そうだね。非常に整った容姿のお嬢さんだ」


 以上!的な感じでウォルターは口を閉ざした。え、何かないの?艶やかに輝く黒髪とか星のように輝く金色の瞳とか愛らしい薔薇色の頬とか、全部あなたが言ったキャロルのチャームポイントだけど。


 来るか来るかと構えていたもののウォルターに話を続ける様子は皆無だ。仕方無いのでもうちょっと燃料をくべてみようと思います。


 「それに大層な努力家でいらっしゃるとか」


 ウォルターはチラッと斜め上に視線を上げそれからまた私を見つめた。だけどその表情は少し不服そうに見える。


 「そうだろうね。けれど王太子に一目惚れしたからと宰相を務める父親にせがんで候補者達をことごとく排除して婚約者になったんだ。だったら努力するのは当然なんじゃないのかな?」

 「………………そうなんですか?」


 私、一目惚れは知っていたけどパパの権力を使ったのは知らなかったなぁ。なんだかんだ言ってもキャロルサイドから見ている小説だから、あんまり不都合なことは出てきていないのかも知れない。


 「いずれは王妃として国を率いる殿下を支えるお方だ。あれくらいの気の強さがなければ相応しくないのかも知れないが……本音を言えばわたしは好意的には見られないな」

 「えぇっ!!」


 思わずザ・スットンキョウな声を上げた私は慌てて口を押さえたが、ジョシュアお兄様はそうじゃない驚きだと思ったらしく顔を険しくしてウォルターを咎めた。


 「ウォルター、言葉が過ぎるぞ。可哀想に、ステラがびっくりしたじゃないか。いくらお前が公爵でも言ってはいけないことがある。誰が聞いているかわからないんだ」

 「そうだな。お前だけじゃない、この愛らしいお嬢さんにも迷惑をかけてしまうね。以後注意するよ」


 肩を竦めたウォルターは胸に手を当てて私に頭を下げた。


 いや、私が驚いたのはそこじゃないんだけど。


 「とにかくだ。誰が……とは言わないが彼女は確かに努力家だし優秀なのは認める。だがそれは自ら望んだ地位を得るための打算まみれのものにしか見えないんだ。そして何かと言えば自分の有能さをひけらかそうとするあの感じ。君のような健気さなんて欠片もない」


 それこそ打算まみれで健気さなんて欠片もない私はブンブンと首を横に振ったけれど、すっかり同担になったらしいこの二人の目には謙虚で慎ましい女の子としか映らないらしく非常に気まずい。


 この空気をどうしたものかと考えあぐねていたらウエイターがやって来てウォルターに紙を手渡した。チラリと目を通したウォルターは忌々しそうな溜め息をつき立ち上がった。


 「残念だが急用ができた。これで失礼するよ」


 ウォルターは名残惜しそうに私を眺め……それはもう『一日見ていても飽きないなぁ』とか言いながら渋々カピバラの前から立ち去る見学者のように、何度も振り向きながら出て行った。


 そしてクレープシュゼットを食べ終わった私とジョシュアお兄様が店を出ようとすると店員に呼び止められ、ずっしりと重たいバスケットを手渡された。中には美味しそうな焼菓子がぎっしり詰まっている。


 「ウォルター・オルフェンズより」と書かれたカードの裏側にはメッセージが書き込まれている。


 「大切な愛らしい友人、ステラ・フランプトン令嬢へ。次に会った時はウォルターと呼んで欲しい」


 走り書きながら美しいその文字を目にして、私の頭は史上最高の大混乱をきたしていた。

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