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「ステラ……なんて綺麗なのかしら!!」
純白のウエディングドレスとレースで縁取られたベールを纏い、白薔薇のブーケを手にした花嫁衣装…………の、ナタリー様が目を潤ませている。
お願い、私よりも先にそれ言わないで。今日は貴女が主役なんだから!という願いも虚しく、上のお姉様達も参加して花嫁さんの控室は大騒ぎだ。
だけど正直な話実際そうでもない。お式に参列する私は落ち着いたフォーマルのワンピース着用で、アクセサリーも真珠の控え目なもので。小さなカクテルハットに合わせてアップにした髪型はいつもよりも大人っぽいけれど、『なんて綺麗』と礼賛されるような仕上がりではない。主役の花嫁さんの美しさったら見惚れてぽーっとしてしまうくらいなのに、その花嫁さんは何故大はしゃぎなんだろう?
「わたくし本当に幸せよ。可愛いステラがわたくしの為に、オルガンを弾いてくれるんですもの」
涙ぐむナタリー様だがいや違う。貴女が涙ぐむくらい幸せなのは愛するジョシュアお兄様と結ばれるからで、絶対にその従妹がお式でオルガンを弾くからではない。それなのにこの三姉妹は何なのだろう?
「ズルいわ。ナタリーだけ。わたくしだってステラの弾くオルガンを聞きながらバージンロードを歩きたかったわ」
「だってお姉様達が結婚なさった時分はステラはまだ修道院におりましたもの。残念でしたわね」
おほほと笑うナタリー様をお姉様達が睨みつけた。
「いいわ、いつか離婚して再婚したらその時はステラにオルガンを弾いて貰うんだから!」
「お姉様っ、素晴らしいわ。わたくしもそうします!」
長女さんと次女さんが恐ろしい事を口走って手を取り合っている。やめてね、絶対に実行しちゃだめだからね!
ゾクッとした私はさっさと退散することにした。
「準備がございますからわたくしは先に参りますね」
「えぇ、よろしくね」
「ナタリー様、本当に本当に本当にお綺麗です。どうぞお幸せに」
差別化を図るため強調したけれど嘘偽りなくこの花嫁さんは世界一、いや、元の世界も入れたら二世界一の美しさだもの。
それなのにこのイカレ三姉妹はとことん始末が悪かった。
「直にステラも花嫁さんになるのね、楽しみだわ」
「オルフェンズ公爵様と婚約したと聞いて、わたくしワクワクして眠れなかったのよ?」
「今日のお式が済んだらいよいよステラの婚礼の準備を始めるんですって。わたくし楽しみで楽しみで、今日が来るのが待ちきれなかったのよ!」
繰り返すが楽しみだと目を輝かせているナタリー様は本日の主役だ。今日が来るのが待ち切れない理由はそうじゃないだろう。何だかジョシュアお兄様が気の毒で罪悪感すら湧いてきて、私は慌てて逃げだした。
それでもやっぱりお式の花嫁さんはこの世に舞い降りた女神様のように美しく、そして誰よりも幸せそうだった。あんな事を言っていたお姉様達だって、溺愛する末の妹の晴れ姿に流れる涙で一瞬たりともハンカチが手放せない有様で。で、これで良しとホッとしたのも束の間、両脇から私の腕をがっちりホールドしたお姉様達に、『遂にステラがわたくしたちの妹になったわねー』という謎の宣言をされたのであった。
おまけにフィリップお兄様の婚約者として本日初お披露目となったビビアン様も怪しい。『こんな可愛らしい方と姉妹になれるなんて……』と目をキラッキラさせたビビアン様。姉妹じゃない、じゃないのよ!どうしてかな?どうして皆さんそうやってちょっとズレちゃうのかしらね?
その夜、私はウォルターに連れられて披露パーティを抜け出し庭園に出た。音楽も楽しげなざわめきも噴水の水音に掻き消され、空にはお皿のような三日月が輝いている。まるで私達二人だけの世界のようだ。
「ステラ……」
跪いたウォルターが私の手を取った。
「わたしの妻になって貰えますか?」
「え?…………なんで今さら?」
私はあんぐり口を開けた。
だってあの日私と一緒に屋敷に来たウォルターは、私が王太子に意味不明な連れ去り方をされたせいでパニックに陥っている伯父達の顔を見るなり、いきなり結婚の許しを求め更に大パニックに陥らせた。それでも結局口にはせずとも内心破局にがっかりしていた二人は泣いて喜び、翌朝私が目を覚ました時には既に婚約が整ったと発表されちゃってたんだけど?だから貴方はもうとっくに私の婚約者なのですが。
「また君はそういう事を……」
喉を震わせるように笑いながらウォルターが胸元から小箱を取り出した。
「ようやくこれが出来上がったし、わたしはこのままでは拉致監禁されたベッドの上で妻にプロポーズをさせた、とてつもなく情けない夫になってしまうからね」
「だからって私の渾身のプロポーズが無かった事にはなりませんけれど……でもこのプロポーズも無かった事にはできませんね」
私はうふんと笑って手を差し出した。
「ウォルター様、喜んで。私、あなたの妻になります!」
「必ず君を幸せにすると誓うよ……」
左手の薬指にサファイアの指輪を嵌め、満足そうに私を見上げたウォルターの瞳がゆらゆらと揺れている。吸い込まれそうになるほど美しい榛色のその瞳に映る私は、前世からトータルしても一番幸せな笑顔だ。だけど私は与えられるだけじゃ満足できない欲張り屋さんで、可愛くない一言を付け加えずにはいられない。
「偶然ですね、私も同じことを誓おうと思ったところです」
微笑んだウォルターがキスを落とした指輪を胸元で包み込むように両手を重ねた。出来るだけ小振りなものにしてねというリクエストに歩み寄り、まぁまぁそこそこのサイズにしてくれていたのだが……というか『バカデカイ指輪なんか作ったら恐ろしくて嵌められない』とか『一生貴重品室から出さない』とか言って脅迫されたせいで、ウォルターは要望に沿うしかなかったのだ。けれどもその慣れない指輪の重みはこれ以上ないくらい幸せなもので、身体中を巡る喜びで息苦しさすら感じさせてくれる。
私は手を伸ばしてウォルターの頭をポンポンした。
だって私だけじゃない。ウォルターもこれには滅法弱くて、ときめいちゃうのをわかってわざとやっている。
だって私達はどちらも同じ確信犯なのだから。
終わり
これにて完結です。お読み頂きありがとうございました。




