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激しく鼓動する心臓のせいで胸が痛い。息だって吸えているんだかどうなんだか自分でもわからない。それでも私はポッキリ折れてしまいそうな勇気を振り、絞り捨て身のセールストークを展開し始めた。
「あ、あの……能力は無いですが根性には自信があります。ウォルター様のお役に立てるように精一杯がんばりますよ?それに転生者としては役立たずでも修道院で育った私には実用的な知識や技術があって、刺繍は職人級の腕前ですし、美味しいガレットやキャラメルだけじゃない、石鹸だってキャンドルだって軟膏だって作れます。畑仕事もできるし魚も鶏もガチョウも七面鳥も、豚も山羊も、牛……は流石にやる機会はなかったですが、多分イケると思いますけど」
「牛をどうするって?」
「絞めて捌けるかと」
「…………」
「あ、いえいえ、それを日常業務にする訳じゃありません。でも領地の孤児院の子どもたちに読み書き以外にも色々な技術を伝えたら、彼等が独り立ちするときに職業の選択肢が増えるでしょう?」
「なるほど。そうすれば今よりも条件の良い勤め口も見つかるようになるのかも知れないね」
うん、手応えが見えてきたかも。面倒な婚活を回避せんと領地で引きこもる大義名分として、ついさっきほぼ同じ提案をしておきながら、やっぱりフランプトンじゃなくてオルフェンズの領地で頑張ります!だなんて心苦しい。心苦しいのは本当だけど今生の人生を賭けたプロポーズだから、正直な話伯父様になんて構っちゃいられんのだ。あー、私ってやっぱり根っこはバッサバサと割り切れちゃう、血も涙もないドライな女なのですわ。
…………ん?どっかにいなかったっけ?こんな感じにサバサバしてあっけらかんと正論を言う人が。
もやっとした何かが頭に浮かんだが今はそれどころではないと気合いを入れ直した。ウォルターは傾いてきている。となればもうひと押し、わたくしステラ・フランプトンがこの人生で手に入れた最大のアピールポイントを、今使わずに一体いつ使うというのだ!
チラッと見下ろした先には、相変わらず我ながらたじろいでしまうふっくらした白いヤツが作り出す、くっきりした怪しい谷間が覗いている。しかも本日は寄せて上げてぐっと固定しているんだから、間違いなく相当な破壊力のはず。そしてこのカナリア色のドレスは、こんなに襟ぐりが開いていて良いのかと何度も伯母に確認をしたくらいの開きっぷりで、これでもかというだめ押しになるだろう。私はそれが視界に入るようにウォルターを引っ張った。
「この通り中々の育ち具合のものも付属いたします!どうです?そこそこ立派になったでしょう?」
ウォルターは思いっきり仰け反って明後日の方角に視線を飛ばした。あら、もしかして貧乳好き?って焦ったが、『それに関しては……常々けしからんと、そう思っていた……』と言うなりくるりと背中を向け体操座りをしてしまったので、これは思惑通りだと言えよう。
「ウォルター様……前世の記憶がある私はやっぱり中身のおかしな人間で、それはもうどうにもできません。だけどよくよく考えたら私の母はかなり激しい性格で結構な変わり者で、だから私は容姿だけじゃなく、このおかしな中身も母から受け継いだのかも知れません。あ、そう言えばアイザックも私は父に似ているって言っていましたよ。父の故郷ではヤモリを家の守り神として大切にするんですって。だから私がゲコッピを可愛がったのもヤモリだけじゃなく蜥蜴や蛙や蛇が好きなのも、バルトーバーの血筋なんじゃないかしら?」
『思いの外守備範囲が広かった……』と呟いたウォルターが複雑な表情をしている。不味い、非常に不味い。アピールポイントへの反応がせっかく上々だったというのに、うっかり口を滑らせて余計な事まで言ってしまったではないか。私は慌てて両手をブンブン振りながら力説した。
「だけど社交界でも悪目立ちしないように取り繕えるのは実践済みですし、ウォルター様に恥ずかしい思いをさせないように十分気をつけますから……それでももしウォルター様がお望みになるのなら、私、このおかしな中身を封じ込めます。だから」「ステラ!」
気が付けば私は叫ぶように名前を呼びながら慌てふためいて振り向いたウォルターに、固く抱きしめられてた。
「言ったじゃないか、わたしは君のその中身ごと君を愛しているって。君は君のままでいい。いや、君のままでなければだめだ。わたしが愛しているのはこのステラなんだ。おかしな中身を持っているステラなんだよ」
「……それ、あんまり嬉しく無いかも……」
カラカラと笑ったウォルターは腕を解いて私の頭をポンポンした。もうホントに、この男、絶対に確信犯だ。絶対に私がときめくのをわかっていながらやっている。
「また君におかえりなさいと出迎えて欲しい」
「本当に?」
『あぁ』と言って頷いたウォルターだったけれど、私は唇を尖らせてジロっと睨んだ。
「即答して下さらなかったじゃないですか!」
「だって……夢じゃないかと……目が覚めてこの幸せが終わってしまうのが怖かったんだ……」
今度は笑いながら私がウォルターを抱きしめた。
「ウォルター様、私達結婚しましょうか?」
「あぁ、それはいい考えだ。結婚しよう!」
「私、永遠にウォルター様のカピバラです。温泉に浸かるカピバラです。そしてあなたも私だけのカピバラでいて下さいね」
「…………カピバラ……とは?」
「えーっと、ネズミ目テンジクネズミ科に属する齧歯類の動物です。大体牧羊犬くらいの大きさですかしら?可愛いですよ」
「…………その分類から察するにネズミの仲間、なのだね?」
「まあ大まかに言えば」
「その大きさで…………」
絶句したウォルターがゾワゾワっと身体を震わせる。でも私はてへっと笑ってウォルターの背中に回した腕に力を込めた。ダメですからね?絶対に逃がさないんだから!
「ステラのおかしな中身は想像以上だな。凄まじい中毒性を持っているようだ。やっぱりわたしは君なしでは生きられない。大きなネズミでも何でも構わない、ステラはわたしのカピバラでわたしはステラのカピバラだ」
私に抱きしめられながら伸ばしたウォルターの手が優しく頭をポンポンした。
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あの日ウォルターは『ステラ・フランプトンの命が惜しければ一人で来い』という大変ベタな呼び出し状を送られ指定された場所に行き、そこで複数の騎士に羽交い締めにされて無理やり薬を飲まされた。過去の経験から人一倍警戒心の強かったウォルターがのこのこと出ていくなんて、本来ならば考えられないのに。それでも『ステラの名を見た瞬間に判断力なんて吹き飛んだ』と言って、大した事じゃないと言わんばかりに朗らかに笑っていたが、あの二人の計画を聞いた途端に吐き気を覚え洗面所に駆け込んで行った。
「どうしてわたしがキャロルを……あり得ない、たとえ本当に薬を盛られたとしても絶対にあり得ないぞ!」
とプンプンだったけれど、それが落ち着くと今度は落ち込んでしょんぼりし始めた。
「わたしがステラを助けるはずだったのに……ステラを危険に晒して助けられるなんて……」
イジイジしているウォルターが可愛くて、私はちょっとキャロルの気持ちが理解できたような気がした。
「危険なんて何も無かったですし、むしろ殿下の方が私に怯えて泣きじゃくっていましたけれども?」
「あのボンクラめ。ザマア見ろ!わたしのステラを甘く見るなんて、とんでもないやつだ!」
「えぇ、私もそう思います」
あれからキャロルに宥められ元気を回復した王太子は白磁の美貌を復活させ、優秀な侍女達によるヘアメイクの完璧なお直しを施されたキャロルと共に、無事秋に行われる婚儀の日取りを発表したそうだ。
ウォルターは不満気だったけれど、私はついつい転生者のよしみで多目に見てあげたくなってしまい、二人がした事は口外しない事にした。今私達はこんなに幸せなんだもの。脳内はザ・お花畑!騒ぐのも面倒でどうでも良くなっちゃったし。だけど王太子やしょーもない取り巻きのぼんぼん達はもちろんのこと、王太子付きの近衛騎士達までもが私を見ると怯えて顔を引き攣らせるので、何もせずともバッチリお灸は据えられた、と思う。
王太子のボンクラは治しようがないが、なんてったって超有能なキャロルが支えているんだもの。大丈夫、愛する我が祖国、リサネラ王国は末永く安泰だ。




