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 掛けられた声は掠れていたがそれでも私の名前をはっきりと呼んでいる。私は駆け寄って横たわっているウォルターの顔を覗き込んだ。


 「どうしてここにいるの?」


 不思議そうに目を瞬くウォルターが伸ばした指先で私の頬を撫でた。知らぬうちに溢れた涙が頬を濡らしていたのだ。


 「私、ウォルター様を……助けにきたんですよ」

 「わたしを?」


 大きく目を見開いたウォルター様がプハッと吹き出してニンマリ笑う。その頬に今度は私がそっと触れて大きく頷いた。


 「我が国が誇る屈強な近衛騎士を十人も相手にするなんて、わたしのお姫様は随分勇ましいんだね」

 「えぇ、そうです。ウォルター様を救う為なら地の果てだって飛んで行って、どんなに恐ろしい敵にも勇猛果敢に立ち向かいます。だって貴方は私の大切な王子様ですもの」


 笑顔で答えたけれど、結局ウォルターの手を取って頬に押し当てた私は声を上げずに静かに泣いた。


 「ウォルター様が死んじゃうかと……死んじゃったらどうしようと……怖かった……」

 「まさか……死んでしまったら、もう可愛いステラの笑顔を見られなくなってしまうよ?」


 ゆっくり起き上がったウォルターに頭をポンポンされ、私は鳳仙花の種が弾けるようにウォルターに飛び付いた。


 「ウォルター様!」

 「うん?」

 「ねぇウォルター様!!」

 「何?」

 「結婚しましょうか?」

 「………………」


 何も答えずいきなりバタンと倒れたウォルターは両手で顔を覆っている。驚いた私は慌ててその両手を外した。


 「ウォルター様!どうかしましたかっ?大丈夫ですかっ?」

 「ス、ステラ……頼むから……」


 そう言って横を向いたウォルターは首まで真っ赤だ。首を傾げた私は眼下のウォルターをまじまじ見てピキンと固まった。私、ベッドの上でウォルターに馬乗りになってるし。両手首掴んでるし。しかもその両手首、ウォルターの頭の横に固定しているし…………


 飛び退いた私はウォルターの足元まで後退った。


 「ごめんなさいっ」

 「いや、大丈夫だ。でも……ここが何の上なのかは弁えてくれないと……わたしの自制心にも限界が……」


 それきり口をもごもごしていたウォルターは、大きく深呼吸してからムクッと起き上がった。


 「それよりも一体どうしたの?いつまでも待つと言ったもののあの時の君の様子ではきっと叶わぬ望みなんだろうと……半分、いや八割くらい諦めていたんだけど?」

 「私じゃダメでした?」


 急に自信がなくなった私の目からはまた涙が溢れた。


 「私……キャロル様みたいに優秀じゃなくて、卒業認定テストでもまた凡ミスして首席になれなくて……あんなにお勉強をみて頂いたのに二年経っても全然成長がなくて……」

 

 メソメソ泣きはじめた私の側ににじり寄ってきたウォルターが頭をポンポンした。残念ながらそんな事されちゃうと余計に言葉に詰まるのだけれど、それでも私は声を絞り出した。


 「前世の記憶があってもこの世界で活かせるものなんて何にも持っていない……蜥蜴や蛙の持ち方を教えるくらいはできますけれど、そもそもそんな需要もないでしょうし……」

 「……うん、そうだろうね」


 ウォルターは否定しないがそれは仕方がない。私も重々承知で納得の上の話だ。だけどやっぱりかなしくて次々と溢れる涙をどうすることもできず、メソメソ泣きじゃくる私にウォルターは凄く慌てたらしい。


 「ごめんステラ。別に君にできるのは蜥蜴や蛙の持ち方を教えるくらい…………とは思っていない、うん」

 「その言い方で?」


 ジトッとした目を向けられたウォルターは不味いとばかりに口をきゅっとつぐんだ。


 「わかってます、わかっているんです。自分が役立たずなのは自覚しています。それでも、それでも私は……あなたの側にいたいの。ずっとずっと、あなたと一緒に……」

 

 私は真っ直ぐにウォルターを見上げその美しい榛色の瞳をじっと見つめた。


 「結局何も変わってはいません。相変わらず私は両親に愛情なんて持ててはいないんです。でも……でも、それが私です。私はステラ、ステラなんです」

 「どういうこと?」


 優しく目を細めたウォルターに尋ねられ私は目を伏せた。そして顔を上げ胸を張る。そう、私はステラ。この世界に生まれ根を張って逞しく枝葉を伸ばして生きてきたこの私こそがステラなのだ。


 「私はシスター達に慈しまれて育ち両親を知る街の人々にも可愛がられました。伯父夫妻に引き取られてからは伯父や伯母、お兄様達、お兄様の婚約者のナタリー様、それからそのお姉様達、それだけじゃない、ミッキーもチェルシーもアイザックもその他にも沢山の人達が愛情を注いでくれたんです。孤児だからって寂しさも悲しみも感じたことなんかなかった。そんな私が満ち足りているのはおかしいですか?」

 「いや、そうは思わない」

 

 否定されなかった私はいつの間にか握りしめていた両手を緩め掌に視線を向けた。


 「両親に愛着すら持てない……それがなんだって言うんでしょう?私は燦々と降り注ぐ日の光のように、与えられた沢山の愛情で今の私を育んで貰った。この、ここにいる私は誰かなんて考えるまでもなかったんです。だって私は私、ステラなんですから」


 伸ばした両手でウォルターの頬を包み私は微笑んだ。もう迷いなんかない。散々キャロルに説教なんかしたけれど私だってそうなのだ。小説なんて関係ない。この世界に生まれ生きてきた私は丸ごと全部私、私自身なのだから。


 「私は今、胸を張って言えます。ウォルター様、私はあなたが好きです。愛しています……」

 「ステラ……」


 そう言うなり私の手首を握り俯いたウォルターは肩を震わせて押し黙った。その沈黙は時が止まったように果てしなく永く感じられ、私は急に不安になった。


 

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