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この微妙な人がたったこれだけの情報で全てを悟ることができるのだ。なんだかんだ言ったってやっぱりこの二人は幼い頃から支え合って……というかより掛かりまくった王太子と支えてきたキャロルなんだけど、とにかくお互いになくてはならない大切な存在で。そんな二人には甘酸っぱい思い出だって幾つもあったのだろう。私から顔を背けた王太子は何かを堪えるように目を閉じ唇を噛んでいる。
「大体どうしてなんですか?わたくしね、お二人は元の鞘に戻って仲良くやっているって聞いたんですけど?」
「仲良く……というか、君とオルフェンズ公爵は婚約間近だったではないか。わたしとて人の恋路を邪魔してまで自分の想いを遂げる気はない。だから予定通りキャロルを王太子妃に迎えればいいと思ったんだ……キャロルの様子も元に戻ったし……」
「だから今まで通りキャロル様の努力に目を向けることもなく、尽くされて当然っていう態度を取られていたんですね?」
「…………今にして思えば、そうだったかも知れん……」
「知れんって……十分反省して下さいませ」
「……そうだな。だが……もう遅い。手遅れなんだ」
「遅い……なにが?」
不意に走った寒気でぞくりと身体を震わせた私は縛られた手首を見つめた。そう、そうよ、そうなのよ。この微妙な王太子に説教してやるのに夢中ですっぽ抜けていたけれど、そう言えば私、どうして拉致なんてされたのよ?
私は大きく深呼吸を繰り返した。この馬車、何処に向かっているんだろう?何のために私を連れて行こうとしているの……?
「遅いってどう言うことですか?」
低く鋭い声で尋ねたが王太子はぐずぐずと泣き出し答えようとはしない。私は縛られた両足で泣いている王太子の両膝の間をドンと蹴飛ばした。
「ひっ!」
「答えなさい!遅いって何のことなのっ!」
「……き、君が戻って来たと聞いた友人達がわたしに言ったんだよ……真実の恋を諦めても良いのか……と……」
あーーーーっ!そんなくだらないことを唆したのはきっとテグス事件の時にコイツら使えないな~なんて思った取り巻きのボンボン共だろう。頭にお花を咲かせたアホちん揃いが、ちょっと情熱的な良い感じの話をしてやろうと思ったに違いない。
「それで?」
「い、いや!わたしはもう良いと言った!婚儀の日取りも内定していたし、モンクリーフ侯爵家は既に婚礼の準備に取りかかっている。もう後戻りはできないじゃないか!」
「だからそーゆーところ!仕方がないからこのまま結婚するしかないよねっていう受け身な態度に傷付くんですって!キャロル様は何も聞かされていなくたって殿下のそんな態度に勘付いたのでは?」
「それが、何も聞かされなかったのではなく……あえて進言しておこうという事になったらしく……」
「は?キャロル様本人に?バカなのっ?!」
「か、彼等も悪気があったわけではなく、それでもキャロルとの結婚を受け入れたわたしが誇らしく一言耳に入れたかっただけなんだ」
「いやそれ、一番耳に入れちゃだめでしょうよ。すっごく傷付くじゃありませんか!」
あのボンボン共め、ほんっとに余計な事ばかりしやがって!いずれあのウスラマヌケ達がこの微妙な王太子の側近になるんだろうけれど、大丈夫なのかこの国は?
「キャロルは……何だか様子がおかしくなって……」
「さっきもそう言ってましたけれど、おかしくもなるでしょうよ。キャロル様はね、強がっているけれどホントは心細かったんです。自分は本当に殿下に愛されているのか、いつかその愛情が消え裏切られてしまうのではないかって」
「…………っ……キャロル……すまない……」
王太子は堪えきれずに嗚咽を漏らしている。だがメソメソ泣いている場合じゃないだろう。
「それで?それがどうしてどうなったらこんなことになるんですか?」
「キャロルに婚約を解消したいと言われた。けれども今度ばかりは父上も母上もそれは無理だと……だからキャロルは強硬手段を取り婚約を解消せざるを得ない状況に持ち込めば良いと……」
『ピューロ~』という摩訶不思議な音が私の喉から出てきた。とてつもなく緊張して喉が強張ったのだと推察されるがこの危機一髪、絶体絶命の大ピンチに際していながらどえらく間抜けな音だ。ここは『ひゃん!』くらいの令嬢らしく可憐な息の飲み方をしておきたいところであるが、出てしまったものは仕方がないし第一そんなことはどうでも良い。私はダンゴムシのように身体を丸めて叫んだ。
「ヤですーっ!ぜんっぜん好きでもなんでもない殿下の為にパンツ脱ぐのはいやーっ!」
「…………なにもそこまで言わなくても……」
王太子は口を尖らせてムッとしたがそんなことに構っちゃいられない。
「キャロルの考える強硬手段なんてどうせそれでしょう!あの人ったらパンツ脱いで既成事実一辺倒ですよっ!」
「いや、わたしはなにもそんな……わたし的には……そういうものは、ちゃんと夫婦になってから……であるべきだと思っているし……」
「へ?」
純情発言をして顔を赤らめた王太子のモジモジに何かおかしいと私は首を傾げた。そもそもよ、婚約を解消さぜるを得ない状況って何のことだ?
「キャロル様の狙いは何なのです?」
「確かにキャロルは……既成事実を作れば万事うまく行くと言ったが……それはわたしが君をどうこうすると言うことではなくて……自分が作ると……」
「え?……随分積極的で大胆な話ですね?」
「相手に振り向いてもらおうとしたが一向に相手にされず、それならば少々手荒な手を使っても致し方ないと考えたようだ。きっかけはどうあれ……そのぉ、関係を結んでしまえば……結婚するよりないだろうと……」
「言いたいことは山盛りですが長くなりそうなので後回しにします。で、キャロル様の強引な婚活はわかりましたけれど、殿下がわたくしのパンツを脱がす気が無いのなら、縛られて拉致されているのは何故ですか?」
『それは……』と小声で呟いた王太子はまたしても身体を竦めてキョロキョロ視線をさ迷わせている。本当にこの人は責任ある立場にいる成人男性なのかな?まるで失敗を咎められて言い訳を探している子どもみたいだけど……
なんて呆れていた私は次の瞬間思考を止めた。いや、止まってしまった。
だって渋々口を開いた王太子が私に告げたのは、その相手というのがウォルターで、その『現場』に連れて行くために私を拉致したということだったのだから。




