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 「君は何故学園にいたんだい?」


 久しぶりの再会で積もる話もあるのだろう。街のカフェに場所を移そうと決めた二人に連れられて同行した私は、ジョシュアお兄様と並んで座っている。


 修道院で暮らしていたものの修道女ではない私には、シスター達はできる範囲で可愛らしい服を着せてくれていた。ある意味自分達の抑圧していた願望を弾けさせていたんだろう。フリルやレースで飾られたカラフルなお手製のワンピースを着て髪にはいつもリボンが結ばれ、不満を持ったことなど一度もない。食事は質素というよりもごく普通で肉も魚も食卓に並んだ。元々(つまり前世で)ずしっと重いハード系のパンは大好きだったし食事の量も程よくお腹を満たしてくれた。


 それでも唯一悲しいのはあんまりおやつが食べられないこと。修道院では販売するためにクッキーやキャラメルを作るからB級品を食べさせては貰える。でも素朴なお菓子じゃなくてお店に並ぶ華やかなお菓子は私の憧れだった。

 

 そんなこんなでマカロンやカップケーキ、フルーツタルトに、フィナンシェ、マドレーヌ、ラング・ド・シャ、それからそれからスフレにプディングにミルフィーユ。そんなものが目の前に並ぶと身に纏う空気までもが変化する……とジョシュアお兄様が変な表現を使うのも黙認せざるを得ないくらい、ついついテンションが上がっちゃうのよね。


 だから今、わたくしステラは連れてこられたこの素敵なカフェでお目々キラッキラになっております!だってジョシュアお兄様ったら『好きなものをおあがり』なんて言うんですもの!


 「今日は理事会があってね。今期は王太子殿下が入学されるんだ。それに関するあれこれの確認がされた」


 運ばれてきたクレープシュゼットを堪能していた私は、手を止めてウォルター(もうフルネームやめたわ)に目をやった。


 そうか、ウォルターが卒業パーティに居合わせたのって理事さんだったからなのか。きっと来賓としていらしていたのね。そこでウォルターは婚約破棄を受け入れ威風堂々と会場を後にしようとするキャロルにエスコートを申し出るのだ。


 あの時会場内は『冷酷非情な若き公爵が何故!』とかってざわつきまくったけれど、目の前のウォルターは冷酷非情とは相当かけ離れている。


 「和むなぁ……」


 ぽつりとそんなことを呟きつつ相変わらず目尻を垂れ下げて、呑気に温泉に浸かるカピバラを眺めるような目で私を見ているこの人が冷酷非情な若き公爵だとは信じ難い。


 「だろう?散々父から妹の可愛らしさについて聞かされて来たけれど、ステラと暮らすようになってなるほどなと納得したよ」

 「そうだろうな、実に可愛らしい」


 ウォルターは両肘をついて重ねた手の上に顎を乗せ、ちょっと首を傾けつつホワッと満ち足りた溜息をついた。


 私は今完全に見世物である。やっぱり温泉に浸かるカピバラだ。まぁ良いんだけど。あなたが感銘を受けた向上心に満ち満ちてバリバリ頑張っているキャロルとはどえらい違いですからね。幸せそうにクレープを食べてホワホワしている私に感銘を受けろと言う方が無理だわ。精々ホッコリすればよろしいのよ!


 「そう言えば殿下の婚約者もステラと同級になるんだったね」

 「あぁ、彼女は特別選抜クラスだ」


 彼女は、ってことは王太子はやっぱりAクラスか。あの人って何かとちょっと微妙なんだよね。そして同じくAクラスのヒロインのステラと隣同士の席になって、何処へ行くにも一緒なんて流れになる。だけど私はAクラスじゃなくて……


 「それならステラと同じだな」

 「えっ?君も特別選抜クラスに?」


 ウォルターは目を見開いて絶句した。そうなんですよ。クラス分けテストを受けたら結構な高得点でして、私、特別選抜クラスに入れるんですって。


 「ステラはただのお転婆娘じゃない、実に賢いんだ!」


 ジョシュアお兄様が胸を張るがそもそも私はお転婆娘ではない。この人の歪んだ市井育ちイメージはどうにかならないものだろうか?それから正直いうと実に賢いってのも違う。まんざらお馬鹿でもないだろうが私の学力はシスターメリッサの力に依るところがものすごーく大きい。東大卒でかつて女子御三家の教壇に立っていたカリスマ家庭教師にみっちりお勉強をみてもらっていたようなものなのだ。学力が伸びない方がどうかしている。


 「市井では思うように勉学に励むことも難しかっただろうに……」


 心なしかウォルターの目が潤んでいるように見えるが、むしろ私は修道院にいたからこの学力なんだけれど。いい加減訂正せねばとジョシュアお兄様に


 「少しお話ししてもよろしいですか?」


 と尋ねれば、今度はウォルターの目が僅かに見開かれた。


 「ずっと感じていたが君はマナーだって完璧だ。つい最近まで市井で暮らしたとは思えない。君は……君は、凄い頑張り屋さんなのだね」

 「…………は?」


 『君は凄い頑張り屋さんなのだね!』


 これってさ、私に掛ける言葉じゃないのだけれど。あなたは有能なお妃になるべくひたむきに努力するキャロルにそう言うはずなんだ。確かに悪目立ちしないようにすっごく頑張っているけれど、あなたが思っているのとはちょっと違うんですよ?


 「わたくしはざっくり言えば市井育ちなのですが、正確には修道院で育ったのでかなり厳しく行儀作法を躾けられました。もちろん修道院での作法と今身に付けるべきものには違いがございますのでまだまだ至らぬ点も多々ございましょうが、特段血の滲むような努力はしておりませんわ」

 

 血の滲むような努力ってのはキャロルの専売特許だ。今この瞬間もキャロルは靴擦れで皮ベロリンになりながらダンスのステップを繰り返しているんだろう。そんなキャロルを見てウォルターは……


 「……なんといじらしいのだ」

 「はぇ?」


 額に手を当て俯いたウォルターはその手を握って唇に当て、何かを懸命に堪えるように頬をぴくりと動かした。


 

 


 

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