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 期限内に課題の提出を終えた私は卒業認定試験に望んだ。手応えはバッチリだったけれど、入学時のクラス分け試験同様、数学の計算問題でマイナスを見落とす凡ミスをしでかしたのには、己の成長の無さに絶句するしか無かった。それでも無事に規定の点数はみたしたようで学園からは卒業式の案内が届き、いよいよ今日は卒業式だ。


 「2年なんてあっという間だったわね」


 そう言って私の最後の制服姿に伯母が目を細めている。中退した者同士、母との卒業式の思い出は無いので今朝の伯母は穏やかだ。


 「それなのに随分と成長したこと」

 「……身長はさほど伸びなかったんですけれどね……」


 ここに来た時にはもう平均身長ジャストだった私は、2年間でほんの少しだけ背が伸びた。それなら何がかと言えば身体のふんわり具合で、引き取られた頃は前世の感覚と違和感が無かった身体つきだったのに、自分でもちょっとたじろぐくらいの凹凸になったからびっくりだ。


 何だか感慨深げに私を見つめる伯母がやっぱりうるっとし始め、結局アイリーン旋風が……と身構えたが玄関から姦しい声が聞こえてくる。ひっきりなしにキャイキャイと続く話し声。これはナタリー様だ。だけど決してナタリー様の独り言ではなく、件のお姉様達と一緒にお出ましなのだ。私が戻って以来ナタリー様がここに入り浸るようになり、業を煮やしたお姉様方が捕獲しにやってきて……を繰り返すうちにミイラ取りがミイラと化したのが事の次第。『ステラはわたくしの妹になるのです。お姉様達とは関係ないわ!』と激怒したナタリー様も意味不明だが、『あなたの妹ならわたくし達の妹みたいなものでしょう?』と恍けるお姉様方も謎だ。ジョシュアお兄様とナタリー様が結婚しても、従妹の私はナタリー様の妹にはならない。お姉様方に至っては目を細めて考えるくらいの遠縁だ。


 だがその姦しい三姉妹は制服姿を見たいからと試験の当日もやってきた。それなのにだ。


 「朝早くから申し訳ございません。どうしてもステラの制服姿を目に焼き付けておきたくて……」

 「どうぞどうぞ。本当にこれが見納めだなんて残念でならないの。皆さん是非ご覧になって!」


 ご覧になってとオススメするほどのものなのかは甚だ疑問だけれど三姉妹は大興奮だ。何しろ制服なので試験の日と違うのは髪型くらいのもの。それでも今日のステラは最後の制服のステラなので、意味合いが違うのだそうだ。で、伯母もその論理に疑問はないらしく、私だけが顔を引き攣らせながら愛想笑いを浮かべている。


 「あぁ、今夜のパーティが楽しみだこと」


 そう仰る三姉妹の長女さんだが、今夜のパーティとは卒業式に続いて行われる卒業記念パーティで、この三姉妹には全く関係ない。けれども仕度が整った私を一目見ようとこのままここで待機するのだそうだ。あんなにやいやい騒いでいた末っ子新婦ナタリー様の婚儀の準備はそっちのけで、私は物凄く不安だ。良いのだろうか?時間が無いって大騒ぎしていたのにね?


 「ドレスを纏ったステラはさぞかし美しいでしょうね。あぁ、もうわたくし待ちきれないわぁ!」


 そう言いながら身悶えするのは三姉妹の次女さんだ。そして割って入った三女のナタリー様は……


 「ですからお姉様方!ステラはわたくしの妹になるんですっ!お姉様方には関係ないわっ!」


 やっぱりね。予想を裏切らぬ通常運転である。そしてぷんすか怒りながらこれ見よがしにハグしてくるが、された私はどんな反応をして良いのやら大弱りだ。


 「ほらナタリー、ステラが困っているよ。もう放しておあげ」


 いつの間に現れたのかジョシュアお兄様が眉毛をハの字にしながら声を掛けてきた。『わかってます!』と答えたナタリー様は不服そうながら私から離れたが……


 「可愛いからって構いすぎてはいけないよ。ストレスを感じて懐いて貰えなくなるぞ」


 というのは対象物が子猫辺りの時のアドバイスだと思うのだがいかがなものか?ナタリー様もナタリー様で『はぁい』なんてお返事をして、ちょっと拗ねたように唇を尖らせているなんて、いつもは大人のオンナっぽいのに何あざと可愛いその感じ?そしてまんまとデレっとしちゃうジョシュアお兄様。なるほど、人々がによによ笑いたくなるのはこれかと実感した私は、遠慮なくによによと二人を眺めさせて頂いていたのだが、それに気が付いたジョシュアお兄様が、絵に描いたようにわざとらしい咳払いをして真顔に戻ってしまった。


 うーん、残念。

 

 「卒業パーティと言えば」


 卒業パーティ?ジョシュアお兄様ったら空気を変えようと、随分強引に話を引っ張って来たわね?


 「どうかしたの?」


 伯母様が顔を傾けるとジョシュアお兄様はコクリと頷いた。


 「王太子殿下と婚約者様の御婚儀の予定が発表されるそうだよ。父親の宰相は気が気じゃなかっただろうからこれで一安心だろうね」

 「そうなのですね」

 

 安心安全なオルフェンズ領に避難して彼らのゴタゴタに巻き込まれる心配はなくなり、ついでにその後二人は元サヤに戻ったし、自分は自分であれこれしっちゃかめっちゃかだ。フィリップお兄様に情報を貰った時に、あーどうか勝手によろしくやって下さいそれでまーるく収まって下さいと思ったくらいで正直忘れてたのよね。だってそれどころじゃなかったんだもの。それでも転生あるあるで逃げてもしつこく絡まれて大ピンチ!なんて展開にはならなかった。転生者なのに、逃げたら逃げっぱなしで逃げきるような怠慢なトラブル回避は聞いたことがないが、でもまぁそれでも上手くいくことも有るのだわと私はほくそえんだ。


 一人っ子の王太子がビジュアル以外は色々と微妙なのは仕方がない。仕方がないので有能な王太子妃がカバーするしかない。適任なのはどう考えてもキャロルなんだからこれにて一件落着だ。皆に見送られた私は清々しい気持ちで学園に向かう馬車に乗り込んだ。


 

 

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