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 チェルシーは益々泣きじゃくり、慰めるように肩を抱く私も止まらぬ涙に頬を濡らす。しばらくそうしてグスグスと泣いていた私達にだったが、何故かアイザックが戸惑いながら、しかもめっちゃめちゃ戸惑いながら『あのー』と声を掛けてきた。


 「……なに?」

 「旦那様は……ご存知ないです」

 「え?」

 

 私は今、豆鉄砲に撃ち抜かれた鳩ぽっぽのような顔をしているに違いない、と思う。


 ウォルターは知らない?おめめテンテンの私にアイザックが気まずそうに捕捉を入れ始めた。


 「お嬢様のお父上と自分が旧知の仲だと言うことも、旦那様はご存知ありません。自分は旦那様が当主になられた時に、新しく組織した公爵家の騎士団を纏めて欲しいと伯父上様に頼まれて移籍したのです」

 「へ?」

 「えぇ。取り立てて報告すべき事柄でもありませんでしたので、主には特にお伝えもせず」

 「それは……そうですよね。仰る通りです。私の早とちりでしたわ」


 大体両親が駆け落ちしたのはウォルターが物心つくかつかないかの頃だったのだ。いくら社交界の大スキャンダルだったからといって、知らないのは当然だ。感動して泣いちゃうなんて私ったらおマヌケさんですこと……と、てへっと恥じらう私だったが、何故かアイザックが妙に気の毒そうにこちらをチラ見しているのが気になる。私がコトリと首を傾げると、あからさまに狼狽えて目を反らしわざとらしく空を見上げたりなんかし始めたものだから余計に気になる。


 「アイザック?」

 「は……い……」

 「それならウォルター様があなたを選んだのはどうして?」

 「それが……消去法でして……」


 アイザックが大きな身体を竦ませながら、胸の前でチマチマと指先を捏ね始めた。


 「ねぇアイザック、わかるように説明してくれる?」

 「…………え……とですね。旦那様が先ず外したのが顔の良い者です」

 「顔?」

 「次に体格が良い者……といってもガタイが良いと言うよりは、背が高くスラッとして見えるけれどしっかり筋肉が付いている、綺麗な身体をした奴らです」


 細マッチョか。うんそれステキ!服越しに腕やら胸板やらに触れるチャンス到来の時に、鍛えられた筋肉に気が付いてドキッとさせてくれちゃうタイプね。


 「そのあとはもう支離滅裂で、コイツは乗馬が上手いから駄目だに始まり、細かい心配りができるから駄目だとかスベらない冗談が言えるから駄目だとか料理ができるのも歌が上手いのも駄目だとか、しまいにはただ単に若いから駄目だとまで仰る始末で……」

 「どしてそれが駄目なの?」

 

 一番大事な剣の腕に対する拘りがないじゃないかとくっしゅくしゅに顔を顰めた私に、アイザックの気の毒メーターはいよいよ危険ゾーンに入ったらしい。ポリッとこめかみを掻いてから心底申し訳なさそうに私を見おろした。


 「護衛騎士は常にお嬢様のお側に侍る存在です」

 

 いざという時は盾になり身を挺して護衛対象を守るんですもの、遠巻きに眺めていたんじゃお役目は果たせないんだから当然だ。私はコクンと頷く。


 「旦那様は気が気じゃないのでしょう。危険因子は極力排除したい。わからなくもないですが、あそこまでカリカリされては呆れてものが言えません」

 「カリカリ?」

 「えぇ、とうとう残ったのが、先月孫が生まれてお祖父ちゃんになった自分一人だったのですから」

 「それ、両親のように私もやらかさないか心配ってことかしら?」


 反対する伯父を捻じ伏せて預かったのに私が護衛騎士と駆け落ちなんかしたら……伯父の怒りはもちろんだけど、どっちかと言えば錯乱間違い無しの伯母様の方が怖い。ウォルターが万全を期したいのは仕方ないんじゃない?


 だがアイザックはやれやれと言うように項垂れて首を振り、眉尻を下げた憐れむような視線を私に向けた。


「我々もお嬢様がいらして初めて知ったのですが……どうやらあの方は……凄まじい悋気の持ち主ですよ」

 

 リンキ……りんき、悋気……あぁ、ヤキモチ焼きってこと?ウォルターが、あの涼しい顔したウォルターがヤキモチ焼きなの?それにさぁ……


 「それとこれとに何の関係があるのです?」

 「ですから……旦那様がやきもきされる理由はお嬢様の考えられたことではなく…………旦那様は……片思いのお嬢様に他の男を近寄らせるのが我慢ならなかったのですっ!」

 「………………まさかそれ、皆さんの前で躊躇いもなくペラッペラと……」

 「えぇ、躊躇いもなくペラッペラと申されまして……最後に残った自分にも射殺さんばかりの目を向けながら、『お前とて一切の疑いを持たぬ訳ではない』なんて……」


 『自分、お祖父ちゃんになりましたのに……』と呟くアイザックはトホホ顔だ。何だか私のせいでご面倒をお掛けして申し訳ない。そう恐縮している側からチェルシーが、『ついでですからお耳に入れて置きますけれど』と言って咳払いをした。

 

 「何?凄く聞きたくないけど何?」

 「本邸とタウンハウスの執事長が交代したことですわ」


 セバスチャン(仮)執事ミッキーは王都に構えるタウンハウスの執事長だ。それが私がこちらに来るなり後を追うようにやってきて、本邸の執事長コリンと交代した。てっきり定期的にそうしているものだと思っていたのだけれど……


 「執事長の交代なんて前代未聞ですから」

 「そうなの?」

 

 コリンはヒュー・ジャックマン似の渋イケオジだ。そして私は前世からという筋金入りの渋イケオジ好きで……


 「お嬢様、出迎えたコリン様に物凄く嬉しそうなお顔をなさいましたよね?」

 「し、渋イケオジだったのでつい……」

 「もうもうもうもう花が綻ぶとはこのことかというお可愛らしい笑顔で、側にいた私共はメロメロだったのですが……いたんですよ。たった一人凍りつかんばかりの冷たい眼差しでコリン様を凝視している存在が!」

 「それ……ウォルター様?」


 チェルシーはブルンと身体を震わせながらコクリと首を振る。


 「それでミッキーと交代させられたってこと?」

 「はい、執事長はお嬢様と接する機会も多くございますから」

 「で、そんなこんなについても皆さんの前で戸惑いもなくペラッペラと?」

 「はい、戸惑いもなくペラッペラと」


 私はふらふらとベンチに座り込み天を仰いだ。ウォルターさん、近寄ると怪我するぜみたいな誰も信じられず心を開かないあなたじゃなかったのは本当に良かったと思う。私はウォルターが好きだ。ただしお兄様もどきその三ではあるけれど。だからこれだけ大勢いる使用人達と心を通わせ慕われているのは私としても嬉しい限りだ。ましてやウォルターはオルフェンズ公爵。使用人が公爵閣下と和気あいあいなんて聞いたことがないが、ウォルターは実際そんな関係を成立させているらしい。それはウォルターが彼らを信頼し尊重しているからこそ成り立っているもので、本当に素晴らしい。素晴らしいんだけどね?


 お口にガムテを貼ってやりたいわぁ……


 『やっぱり引きますよねー』とため息をつくチェルシーの呟きに、アイザックもこくりと頷いた。


 そして私は空を見上げたまま再確認した。どうやら私はもう、呑気に温泉に浸かって見学者を和ませるカピバラではないんだって。


 


 


 



 

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