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 領地……ざっくりとしたイメージしかなく、別荘っぽいものでもあるのかなと思っていた私が到着したのは、またしても宮殿か?と思うような荘厳な建物だった。しかも三階建ての彼方に対してこっちは五階建て。そっかー、王都のあれってタウンハウスって奴でこっちが本丸だったんだ。そうだよね、江戸時代の大名だってお城が有るのはホームだもんねって、思わず乾いた笑いが込み上げてくる。建物が大きいのだから使用人も更に多い。その大勢の皆さんが彼方同様に我々をによによ笑いで出迎えた。


 小説のウォルターならば部屋に必要なんてない改装をやらかしただろうが、このウォルターは常識人なのでそこは安心だ。それでもこの客間の豪華絢爛っぷり自体が常識外れなので、思いっきりたじろいでいるんだけど。とは言えもっと地味なお部屋を要求して、万が一にでもリフォームに突入されては一大事だ。私は『まーすてきなおへやー』などと棒読みではありながら出来るだけ嬉しそうに振る舞った。


 「どうぞご自分の家と思ってお気楽になさって下さいませ」


 案内してくれたメイドのチェルシーにそう言われて曖昧な笑顔を向けたけれど、それは不可能だ。このありとあらゆる家具に金箔の装飾が施された部屋に連れてこられて自分の家と思えって、本気で言っているのかしら?しかも私、伯爵家の居候なんだけど。


 だがチェルシーは大真面目だ。安定のニヨニヨ笑いで『いずれお嬢様を奥様としてお迎えしたらご自宅になりますものねぇ』なんて宣っている。お願い、そういうこと宣わないで!居心地悪いからっ!ウォルターさんがうっとり顔で見てくるからっ!


 ここまでの道中私はこのお方のせいで何度も死にかけた。甘い言葉と甘い視線と甘い仕草のトリプルコンボは前世日本人のハートには負荷が高すぎるのだ。イタリア人なら楽勝なのだろうか?ちょっと理解できないのだけれど。

 

 課題と試験でなんてサラッと簡単そうに言ってくれちゃったが、それはあくまでもウォルター基準だと気が付けなかったことを私は猛烈に後悔した。私を追って届けられた課題は机の上で視線よりも高く積み上げられ、卒業認定試験に備えて寝る間を惜しんだ猛勉強が課されたのだ。前世では指定校推薦で大学受験を免れたのに、二度目の人生でこれじゃプラマイゼロではないか!よく考えれば卒業を一年見送って来年残りの単位を修めれば良いだけだったと思うんだけど、天才に凡人の気持を慮れというのはどだい無理らしい。今まで全く知らなかったのだがウォルターは数日置きに王都と領地を行き来していたらしく、大体週の半分くらいをこちらで過ごしている。こちらに戻った時には半泣きで課題に追われる私の隣で優雅に、それはもう優雅にお仕事をされていらっしゃる。文句の一つも言ってやりたいが、というか実は文句を言ってみた事はあるんだけど、モジモジして顔を赤らめついでに目を逸して『そうしたら……もう一年待たなければならなくなるから……』とかブツブツ言ったかと思ったら突然部屋を出て行ってしまった。逃げ出すなんて卑怯者め!とプリプリ怒っている私にチェルシーはクフフと笑いを漏らした。『旦那様はお嬢様とお式を挙げるのが待ち遠しくてならないのですよ』って。


 …………そういう理由なの?


 いつまでも待つって言ったのは誰だっけ?待ってない、全然待ってないじゃないのよ?


 そしてこのチェルシーさんは私という滞在客の専属メイドなんだけれども、ゆくゆくは『奥様』付の侍女になるのが内々に決まっているそうだ。ふーん、それは結構でございますわねと完全なる他人事として聞いていた私は、あのセバスチャン(仮)執事ミッキーによる『ですからステラお嬢様の為に旦那様自ら悩んで悩んでお選びになったのですよ』という爆弾発言で無になった。


 「…………『ですから』を付けた理由に疑問があるんですが」

 「左様で?」

 「あなたの話が『ですから』から始まると、まるで奥様になるのが私のように聞こえる気がしたりいたしませんこと?」


 ミッキーはセバスチャンぽくフォッフォッフォと目を細めて笑い、胸に手を当て恭しく一礼した。預かっている小娘相手にこの恭しさは必要なのだろうかと新たな疑問が胸に湧いてくる。そればかりではなく一抹の不安も。


 「いえ、決して決定事項というわけではございません」

 「それならよろしいのですが」「しかし!!」


 被せるようにそう言ったミッキーが今度は例によってによによと笑う。ミッキーはそのまま胡散臭そうに顔をしかめた私をしばらく眺めてから、またしても爆弾発言を炸裂させてくれた。


 「旦那様のお気持ちが揺るぎないものであるからこそです」


 って胸を張るミッキー。そしてまたしても無になる私とウフッと笑うチェルシー。ウォルターめ、恥ずかしげもなくペラペラと一体どこまで明け透けに情報開示を……と涙目で主のいないウォルターの机を睨んだりしたが、修行中の庭師の親方の孫息子や見習い料理人に至るまでこの屋敷の使用人一人残らずに情報共有がされていると知り、三日程寝室に篭って寝込んでやりたい気持ちになった。腹の虫が収まらず戻って来たウォルターに半日に渡ってツンケンしてやったが、どうにかして機嫌を直そうとあれこれするウォルターは甘々マシマシになり結局自爆したのだが。


 これをあんなに熱望するなんてキャロル、いや、長谷川寿子女史って凄いなと尊敬すらしてしまう。私なんてこんな取るに足らない私相手にそこまでするのかと信じられない思いが未だに拭えないし、相変わらずムズムズゾワゾワして居たたまれない。ウォルター様は甘やかしすぎですってぷくっと膨れる余裕なんて何処にもないのに。


 専属メイドだけではなく専属護衛騎士も付けられた。アイザックという名のこの渋いおじさまは伯父と同世代で、今は若手の指導がメインで教官のような立場。力では負けても持っている技術が抜きん出ているから、若手達は太刀打ちできないと聞いている。屋敷の中でも付いて回るほどの密着ではないにしろ私が屋敷の何処に居るかはちゃんと把握しているし、いつの間にか近くで待機しているなんて探偵みたいじゃない?護衛騎士はただの脳筋には務まらないのだろう。


 屋敷の中ではそんな感じだが一歩でも外に出る時には必ず同伴がお約束。敷地の周囲には高い柵が張り巡らされてはいるけれど、まぁ乗り越えられなくもないのだろう。そして少年時代をここで過ごしたウォルターは恐らく何度もこの庭園で命を狙われてきたのだと思う。だからたとえ敷地内と言えども油断ができないと神経を尖らせているのだ。


 ウォルターが王都に戻った日、一人で黙々と勉強していた私は少し気分転換をする為に庭園を散歩しようと思い立った。チェルシーとアイザックと共に外に出ると小春日和の陽射しが優しく降り注いでいる。じっと春を待つ庭は彩りも寂しげだけれど、それでも澄んだ空気の清々しさに自然に顔が綻んだ。


 林檎の木の下にあるベンチに腰をおろした私に促されて座ろうとしたその時、チェルシーが鋭い悲鳴を上げて飛び退いた。


 


 

 

 


 

 

 

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