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 クッションに重ねた両手にぐったりと預けたほっぺがむにっとなっているけれど、もうそんなことどうでもいい。ありのままの姿を見せるからご覧になって呆れたらよろしいのですわ!私はそのシスター達が見たらきーっ!と血圧を急上昇させて半日に渡ってお説教を喰らい、更には夕食無しでベッドにお入りなさいの刑を執行されるレベルのだらしがない姿勢のままウォルターを一瞥した。


 「本当に方針は変えないんですか?ウォルター様はこんな下らない女にお兄様その三だって言われてるんですよ?ウォルター様の自尊心がズッタズタになりません?」

 「下らなくない。全く下らなくない。何者にも代えがたい唯一無二の存在、それがステラだ。それに」


 今絶対に感じた立ち上がるの禁止!という私の念を無視して立ち上がったウォルターが私の隣に腰を降ろす。やりそうな気がしたのよ、だから禁止だったのよ。しかも一発で隙間無しに密着してお座りになるなんてあなた技術者かしら?


 ギロンと睨んだ私は慌てて目を逸らした。この距離でうるうるを炸裂されたらうっかり陥落しかねないではないか!しかしこれで安心と一息着こうとした私はまたしても瞬間冷凍されて釘が打てるバナナくらいにコチコチになった。だってウォルターってば髪を一掬いしてそれにチューなんかするんだもん。


 髪って、髪って神経通ってたかな?思いっきりゾクッと来たんだけど。


 気付けばもう何度目かわからない全身総鳥肌の私の耳にウォルターが口を近付けてきた。これはやる気だ、次の攻撃は絶対に……


 「妹のように愛しく思っていたステラが愛を捧げる存在であると気付いたんだ。いつかステラも兄から一人の男としてわたしを見てくれる、そんな希望を持つことを許してはくれないか?」

 「…………わざとですね?」


 薄笑いを浮かべたウォルターは脚を組み腕を伸ばして私の後ろの背もたれに乗せた。耳元で低音ボイスを響かせた上にこのポーズって拷問ですか?好きだ好きだって言いながら苛めてるようにしか思えないのですけれど?


 「あぁもうっ!」


 一番上に乗っていたクッションを掴んでぶーんと振ると狙い通りウォルターの胸元にメガヒットした。何をしても余裕綽々だったウォルターがやっとおめめを点々にして無になっている。


 「私が本当にステラ・フランプトンだとお思いですか?」

 「どういうこと?」

 「私は……結局ステラの振りをしているだけの他人かも知れない。だって母のことを聞かされても全くの他人の話のようにしか聞こえないんです。懐かしくもなければ会いたかったとも思わない、ステラを産んだ母親だっていう事実だけしか感じないのです。私のお母さんなのに……それなのにこの中身の私にとって彼女はアイリーン・フランプトンというキャラクターとしか思えない……」


 パタパタと落ちてクッションに吸い込まれる涙を見て、私は初めて暗がりを恐る恐る手探りで生きてきたのだと自覚した。ステラとして両親の元に生まれ成長したきた私だけれど、もう一つの人生を思い出した今、本当に自分がステラであると言い切る自信を失っていたのだ。いくら赤ん坊の頃に死に別れて何も覚えていなくても、母の話を聞かされて懐かしさの欠片も感じないものだろうか?二度と会えない寂しさを僅かながらも覚えないのはどうしてか?


 つまりそれは、中身の私がステラではないという証拠なんじゃないか?


 「ごめんステラ。少し気が急いていたようだ。そんなに悲しまないで」


 髪を撫でるウォルターの手は優しくて私の気持ちを穏やかにしてくれる。けれども私はそれを拒絶して一人分距離を置いた所に座り直した。


 「つまりだ。君の中でわたしの想いを受け取るにあたっての大前提は自分が本当にステラだと確信できている、ということなんだね?」

 「……どうやらそうらしいです」


 くすんと鼻を啜りながら私は答えた。


 「わたしにはここにいるステラが全てだ。けれとも君はそれでは納得できないのか」

 「だって…………なんとなく詐欺行為を働いているようで、良心の呵責を感じるんですもの」

 「そういう奇想天外な発想をするところこそわたしが惹かれる所以なんだけれど?」

 「だからそう言うのが『オモシレー』なんですって。ほらっ、ほーらねっ!もう騙されてるっ!」

 「そうだろうか?魅力有るものに惹き付けられるのは仕方がないと思うが?」

 「あなたは公爵閣下ですよ?こんなモノに魅力なんか感じちゃいけないでしょう。冷静になりましょう、冷静に」

 「冷静になんてなれないね。ステラこそわかっていないんだ。わたしがどんなに君を愛しているかを」


 ……ウォルターって頭痛がするほど糖度が高いあまーい言葉を吐く男性っていう設定だったけれど、このウォルターはそれ以上に口答えが凄い。何を言っても言い返してくるその口答えスキルの高さに楽しさすら感じるなんて私ってとんだドMさん?!ぞわっとした私はもう一人分距離を置こうと腰を浮かせたが間髪いれずに伸ばされたウォルターの手に手首を捕まれ元の密着に逆戻りさせられた。ついさっき気が急いたって謝ったくせにーっ!何なのコレ、一体何なの?


 「とにかくですね、私はステラなのか、ステラの振りをしているだけの他人なのか、自分が何者かを確信するのが先です。優先すべきはエゴアイデンティの獲得です」

 「なるほどね。ではわたしがステラにとって第三の兄なのかそれとも一人の男なのかを考えるのはそのあとなのか」

 「そうです。だけどそこまでたどり着いたとしても、ウォルター様をどう思うかはわかりません。待たされた挙げ句やっぱり無理ですごめんなさいという結果になるかも知れませんよ?繰り返しますが私のような中身の怪しい女にそんなことをされて自尊心が傷付きはしませんか?ウォルター様は公爵という高い身分をお持ちな上に、優れた頭脳と行動力も有していらっしゃる有能な方です。しかもとてつもなく顔が良い!形の良い凛々しい眉毛でしょ、スーッとした鼻筋でしょ、品の良い唇にそのシュッとした顎先ってどれだけ完璧な美形男子ですかっ?おまけに背も高いし手足が長くてスラッとして見えるのに実は胸板が厚くて逞しくて……」


 ウォルターの魅力について語りだし止まらなくなった私を大慌てで止めたウォルターは、服から出ている所全てが真っ赤っかだ。ホントのことなのに何を恥じらう必要があるのかしら?止められたら余計に続きが湧き出して来ちゃうけれど、ウォルターの困憊ぶりがかなりのレベルだったので勘弁してやることにした。


 「とにかくです。ウォルター様のような方は超優良物件と呼ばれるんです。やっぱり今すぐご令嬢のピックアップをしましょうよ。超優良物件なのに私を待つなんて勿体ないわ!」

 「どうしてステラはそんなに卑下するんだ?君は素晴らしい女性だよ」

 

 お願いです、誰かこの人の横っ面を張り飛ばして目を醒まさせてやってください。


 私は途方に暮れて天井を見上げた。

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