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まるで耐久戦だ。だけど諦めて負けを認めてどうする。私は目を閉じて一つ深呼吸をしてからウォルターの瞳を覗き込んだ。先手必勝!って思ったんだけど、そう思ったんですけれどね?フワッと開いた瞳孔が超可愛いくてウォルターめ反則だぞっ!思わずまたキュンとしちゃったじゃないかこの色男がっ!なんて焦って悔しさで涙目になりながら睨み付ける私を、ウォルターが不思議そうに見ている。
キョトンが、そのキョトンが可愛いってもうホントにあなた有罪ですからっ!とか心の中で悶えている場合ではない。伯父達が丸め込まれノリノリで承諾してしまったのだ。とにかく一刻も早くこの人の目を冷まさせてそんなお話を無かったことにしなければ。
「それに私、腹黒いことを考えていたくせにウォルター様のご好意に甘えていました」
「勉強をみていたこと?」
「そうです」
『そんなこと……』と言うかのように優しげに目を細めたウォルター様に私はゆっくりと首を振った。
「怪我をしてからウォルター様は会いに来て下さらなかった。その時私はお勉強をみて欲しくてウォルター様がいらして下さるのを待ち詫びていました。ウォルター様に甘えて都合良く利用していたんです。私はそんなにも打算まみれの自分勝手な人間で……きっとウォルター様はそんな私に嫌気が差したからもう会いに来ては下さらないんだと思って……私……とっても悲しくて……」
………………はて?
私ってば何を口走ったのだろう?その上どうしてハラハラと涙が流れ落ちてきたんだろう?
「勉強を教えたいと申し出たのはわたしだよ、違う?」
「そうですけれど……」
「わたしはステラが可愛くて君の力になりたかったんだ。それに努力家の君を教えるのは本当に楽しかった。気に病むことなんて何もない。あれはわたしにとってかけがえのない幸せなひと時だったんだから」
「でも……」
胸が苦しくて掠れた声しか出ず、私にはその一言が精一杯だった。
「これがわたしの返事だ。ステラに幻滅なんてしようがない。だからもう泣かないで?」
「それが……止められないんです……」
「どうして?わたしに会えないのがそんなに悲しかったの?」
「……ええと……どちらかというと自分のあさましさを嫌ってほど実感させられたのがでしたごめんなさい。あ、でも寂しいなと思ったのは本当です信じてっ!」
そう言いながらおいおい泣いている私の肩を抱いたウォルターが、笑いで喉を震わせながらおでこをコツンとくっつけて来た。
「お願いだからそういうことしないでください」
「どうしてだめなの?」
「ときめいちゃうからっ!」
ウォルターは私の要望に従ってコツンを止めた。けれども願いを聞き入れてくれてありがとうとはとても言えない。何故なら一瞬の間を置いて両腕に包み込まれ、見た目よりも絶対にマッチョな胸板に密着させられるの刑を執行され、カチンコチンに瞬間冷凍されてしまったからである。
「ねぇ、さっきからどんなに可愛らしい事を口走っているかっていう自覚はある?」
「いえ……全く。こんな事態に陥るのは避けたいところですし……」
「それがねぇ、可愛くてたまらないんだよ。チラチラと冷たい事を言って突き放しながらいきなり心臓を鷲掴みしてくるんたから、本当にステラは質が悪い」
「…………じゃあやっぱり方針転換はしませんか?」
「当然だ!」
きっぱり言い放ったウォルターが腕を緩めたので私は大慌てで向かい側のソファに移動し、精一杯の防御の為にクッションを掻き集めて腕に抱えた。
「やっぱりやめておきましょう!腹黒い女なんて身の破滅を招きかねないですよ」
「ステラはそこまでの腹黒じゃあないな。だからこそあっさりと全部白状したんだろう?」
ムーっ!すみませんね、お馬鹿さんでっ!
「プンプン怒ってる顔、本当に可愛い」
はぁと息を吐き出しながらウォルターが口元を手で押さえた。いや、萌えてないで私の苛立ちを受け止め給えよ!
「ウォルター様に好意を寄せている女性はたっくさんいらっしゃるのですもの、選り取りみどりですよ?」
「私の爵位に目が眩んだ両親に唆された女達が、だがね」
「全部が全部じゃないですってば。その中にもトゥルーラブの持ち主が絶対にいます。アプローチしてきたご令嬢の名前を書き出してみたらどうでしょう?バックに両親がついているかいないか、じっくり考えてピックアップしてみては?」
「だがねステラ。肝心のわたしの心を捉えたのは君一人だ。わたしが望むのは君だけなんだ」
「きっとウォルター様は周りをご覧になっていないんです。だからたまたま親友と一緒にいて目に入った従妹に興味を惹かれただけじゃないですか?世界は広いんです。もっと視野を広げましょうよ。きっと何処かで誰かがウォルター様を待っているに違いないです」
「今更何処かで待っている誰かを探す必要性が全く理解できないね。わたしにはステラという地上に舞い降りた天使がいるのに!」
「私はゲコッピの天使です!!」
「うん、それは若干不服ではあるがゲコッピになら許そう。ステラはわたしとゲコッピの天使だ!」
駄目だ。説得しようにも手応えがなさ過ぎる。しかも口答えがおかしなことになってきた。いよいよ疲労困憊の私は膝に抱えたクッションに顎をのせ恨みがましい目でウォルター様を見上げた。
「もう一度冷静にお考えください。ウォルター様は私の見た目に惑わされていらっしゃるのです。客観的に見られるからこそ言っちゃいますと私の容姿は不細工ではないとは思います。けれども私は中身がおかしな変人なのですよ?」
「確かに君は美しい。初めてステラに出会った時、振り向いた君に目を奪われたのは事実だ。君はまるで季節を飛び越えて現れた雪の妖精のようだった」
「春先でしたものね」
ウォルター様からの『余計な間の手禁止』という圧をキャッチし、私はクッションにぐぐっと埋もれた。
「あのね、ステラ。君の美しさに心を惹かれているのは否定しないよ。でもステラが可愛らしくてならないのは君のその中身があってこそだ」
「物珍しいからですね。貴族令嬢らしからぬ自由奔放な振る舞いが見た目と一致しないので興味を持つ。『オモシレー』と申しまして良くあるんですよ」
「ステラは自由奔放な振る舞いなどしないよ?出会った時にほんの二ヶ月前までは市井に暮らしていたというのに、所作もマナーも遜色なくて驚いたんだから」
「そ、それは……貴族社会で浮かないように頑張ったからで」
「多かれ少なかれ貴族とはそういうものだ。ステラだけじゃない」
全くもうああ言えばこう言うんだから!本当にウォルターったら、どこまで私を良いように捉えれば気が済むのだろうか?




