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「わたしの天使はどうして不満そうなのかな?」
蕩けるような甘い笑顔でウォルターが迫ってくるが、こんなものに負けてはならじと私はそっぽを向いた。
「ねぇウォルター様。私まだお返事を頂いていないのですよ?」
「返事?何についてかな?」
「私が腹黒いことについてです。判断するのは自分だって仰ったでしょう?」
「あぁ、そうだったね」
大嫌いなキャロルを愛しているって設定にドン引きして話が明後日の方に行ったままだったが、ようやく私がいかに腹黒く自分本位な人間かという暴露について思い出したウォルターが、そんなことかと言うようにサラッと流した返事をした。
ヤダなぁ。これでも私、かなりの覚悟を決めた大告白をしたんだけど、受け止め方が随分と軽くないですか?なんていう不服が顔に現れたのを察知したウォルターの手が伸びてきたが、私は素晴らしいき反射神経で仰け反りそのままソファの端に寄った。良くやった私!またあの頭ポンポンをやられては絆されてしまいかねないですから。
ドヤってフフンと笑った私をウォルターは呆然と見つめた。しかしですね、どうもお口の端っこが意地悪っぽく微かに引き上げられたように見えたのですが……
私の身体がゾクッと震えが走るのと同時にウォルターが立ち上がり、何故かゴトゴトとソファの前に置かれているローテーブルを移動させた。何がしたいのかさっぱりわからずにぽかーんと見ている私を見下ろしたウォルターは、私のドヤ顔なんて足元にも及ばないようなドヤった笑顔で私の視線をガッチリと捉え、私の足元に跪いた。
「ステラ?」
「ホィ?」
……こういう時ってさ、噛むにしたってもっと可愛く『ひゃい』とかって噛むものよね?ホイってなんだ、ホイって。当然ウォルターは目を逸らして吹き出すのを堪えている。
それでもウォルターは根性で踏みとどまりまた私を見上げた。潤んだ榛色の瞳がユラユラと揺れているけれどもそれってコントロール可能なものなのだろうか?ワザとだとしたらとんでもないと思う。とにかく凄い吸引力で吸い寄せられるように見つめてしまうんだから。頭をポンポンといいこの瞳といいこれが魔性の魅力ってものなのかしら?
ウォルターはそっと私の手を取ると恭しく指先に唇を寄せた。初めてあった時にはフリだけだったのに今のは完全なるキスだ。前世の私は指とか手の甲とかにキスされたくらいでそんなにときめくものかしらねぇなんてピンと来なかったけれども、ときめくもときめかないもあなた、実際にされてみたらどきゅんのきゅるんのぎゅんぎゅんで心不全を起こしかねないくらいときめくのですよコレが。
「ステラ?」
「……ナンデゴザイマショウカ?」
もう一度名前を呼ばれて噛まないように慎重になったらワレワレハウチュウジンダ、みたいになってしまったわ。
ウォルターがまた目を反らして笑いを堪えている。若干の苛立ちを感じつつもういっそのことずっと目をそらしていてくれたまえ!と願ったがそうはいかないらしく、目の前の美形はまたしても榛色の瞳で私の視線を絡めとった。
「君が自分の未来を守ろうと考えたのはまだわたしに出会う前なんだろう?」
「そうですね。自分がステラに転生したって気が付いた頃です」
「その時のステラに見ず知らずの男の幸せに配慮する筋合いなどあっただろうか?」
「でも私、あなたがどれ程苦しみながら生きてきたのか知っていたんです。それなのに我が身可愛さでキャロル様と幸せになれる未来を奪おうとしたんですよ?酷いとお思いになりません?極悪人でしょう?とんでもない人でなしです。自分がキャロル様の踏み台になりたくないからって、あなたを見殺しにしようとしたんです。ね、ね?私みたいに自己中心的な女なんてバシッと拒絶したいでしょう?」
私の手からウォルターの手がスルッと逃げていく……かと思いきや、何故か握られたのが片手から両手になったのって本当に謎。しかもどうしてあなた、祈りを捧げるように額なんて押し付けていらっしゃるのでしょう?あれ?私いつの間にか踏み台ヒロインから女神様にでも変わっていたのかな?この人に何かしらの加護を差し上げなくちゃなのかしら?
ウォルターの様子に首を傾げた私に顔を上げたウォルターがまたもや潤んだ榛色を揺らして来やがった。女神様だってお胸はキュン!とときめくのですわ。ときめきすぎてゾワゾワして全身鳥肌なんですが、どうしてくれるのこれ?
「ステラ、わたしの天使」
ウォルターが掠れる声で私を呼ぶ。つまり私は女神様じゃなくてあくまでも天使なのか。でもしつこいけどあなたの天使じゃなくてゲコッピの天使だよね?
「お願いだ。私を見て?君の心はあまりにも自由でこの手の中からするりと逃げ出して行ってしまう。わたしの天使は上の空だ」
「あ、はい……すみません」
表現って大事ね。集中しろ集中っ!って注意喚起がこんなにロマンチックになるのですわね。
ウォルターは優しく優しく微笑み口を開いた。
「君が言う通りわたしは苦しみながら生きてきた。そして奪われたものを取り戻すためにこの手を汚してもきた。そんなわたしの凍てついた心を、君は……ステラは温めてくれる。薄汚れたわたしを躊躇いもなく優しさで包み込んでくれる。」
「…………?そうでもないと思いません?見殺しですよ、見殺し。なーんて恐ろしいのかしら?」
「構わない!」
強い口調でそう言ったウォルターがまた両手に額を押し当て、僅かに震えているのが感じられた。あくまでも笑いを堪えているのではないと信じたい。
「わたしと出会う前のステラが何を思い何をしていたかなんてどうだって良いんだ。君は戸惑いながらもこの世界で生き抜くために懸命に歩みべき道を探した。その強さにすらわたしには眩しさを覚えるんだ。幻滅などしようはずがないだろう?」
「……そんな立派なものじゃなくて、もっと姑息で卑怯な感じですよ?」
「それはステラが天使だから……天使故の罪悪感だ!」
どうしてこの人はどこまでも私を良いように解釈するんだろう?途方に暮れた私はずどーんと覆い被さってくるような激しい疲れを感じていた。




