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 「……………………ん?……今なんて?」

 「結婚しようか、と言ったよ?」

 「……………………ですよね~っ!やだ私ったら」


 私は一気に赤くなった顔を掌で扇ぎながらケラケラと笑った。


 「もぉっ、よりによって結婚と聞き間違えるなんてうっかりにも程があるわぁ!」

 

 益々大笑いする私だったが、突然ウォルターが手を握り至近距離に顔を寄せてきたので驚いてひゅっと息を呑んだ。


 「ステラ?君は何と何を聞き間違えたんだ?」

 「結婚と……けっこ…………ん…………ッ!」


 声にならない悲鳴を上げた私はウォルターの手を振り払って部屋の隅に走った。高さ二メートルはあろうかという大きなキャビネットと壁の間の丁度私がスポっと収まる空間に。けれどもウォルターは隠れたねずちゅーに向かって何だか上機嫌な足取りでゆっくりと歩いてくる。ま、不味い。これは逆に逃げ道を塞がれるのではと焦った私はまた走り出したが、ガツンと身体を捉えられ元の隙間に押し込まれた。目の前に立ちはだかり見下ろしているのはご満悦至極のウォルター・オルフェンズ公爵である。


 「偶然だな、丁度わたしも妹のように可愛らしいと思っていた女の子を深く愛していたのだと気付いてね。しかし胸に抱いた想いを伝えることができずに苦しんでいたところなんだ」

 「はぁ……左様でした……か……」

 「王家からの打診を辞退したと聞いたが彼女はまだ年若い。きっと戸惑うあまりよく考えもせずに断ったのではないかと思った。しかも殿下はまだまだ彼女を諦めきれていないのが明らかだ。いつか王妃となる彼女の未来を奪ってはならないと自分の気持ちを圧し殺すと決め、冷静になるまで彼女に会うのはやめようとした。だがどうやら彼女の内面はわたしが案じたほど幼くはなかったようだ」


 あーなんかすみません見た目は17の乙女ちゃんなのに中身はアラサーでごめんなさいでも何だかあなた嬉しそうですね?


 涙目で縮こまる私を見たウォルターの目が弧を描いて細められた。どうしてだろうなぁ、こんなに目が細まっているのに獲物を狙って瞳孔が開いた真ん丸マナコのにゃんこに見えるのは何故なんでしょうか?誰かこの追い詰められたねずちゅーに教えてっ!


 「どうしてそんなに怯えるの?ステラはわたしが嫌いだったのかな?」


 若干の寂しさを漂わせながら首を傾けるなんてホントにコイツはあざとい。そのあざとさが恐怖なんですってば!と反論したいが切ない榛色の瞳を向けられてどうして文句なんて言えましょう?そもそも彼女とかボカして言いたい放題してくれたけどやっぱりそれ私のことじゃないですか!


 「……嫌い、ではありませんけれど……」

 「恋愛対象ではない、というところかな?」


 イエスイエスイエスっ!私はブンブンと首を縦に振った。

 

 「私はジョシュアお兄様とフィリップお兄様を本当の兄のように思っておりまして、で、ウォルター様はお兄様その三、みたいな?」

 「なるほど。それなら今すぐプロポーズの返事を貰うのは無理だね」

 「今すぐもなにも無理です」

 「どうして?」

 「どうしてって……私は孤児ですよ?」

 「偶然だな、わたしもだ」


 ……言われてみれば仰る通り。うー、なんか悔しい。


 「それに君は紛れもないフランプトン前伯爵の孫娘だ。お父上も子爵家のご子息だと聞いた。我が公爵家に迎えるのに何ら問題はない」

 「でもですね、申し上げた通り私の前世は動物看護士でございまして、キャロル様みたいに公爵家のお役に立てる知識なんか何にも持っていないんですっ!」

 「キャロル嬢はそんなに役に立つのかな?」

 「経理部でバリバリ働いた方ですからそれはもう!」

 「その割には散財には無頓着なんだね」

 「あ……」

 

 そうかぁ。そうですよねぇ。ポリっとほっぺを掻いた私にウォルターは不思議そうに首を捻った。


 「キャロル嬢が公爵家の経理を管理してそれがうまく行ったとしても、君が言うようなどう考えても不必要な量の物品を妻に貢いでは流石にこの家は傾くぞ?」


 小説中のウォルターってキャロルの為なら桁外れの額をポンと出しちゃうものね。プレゼントとしてマンションの一室ではなく一棟買っちゃうみたいなイメージ、といえばおわかりだろうか?しかもそれが月イチペースで繰り返されるのだ。流石にこの財力を以てしても無理があるだろう。


 「それにわたしには優秀で信頼できる部下達がいる。彼らの仕事振りに一切の不満はないしこれ以上望むものもない。望むとしたら……ステラ、わたしの隣で微笑む君だけだな」

 「ちょっと待って!いきなり過ぎですっ!」


 もおっ、突然甘いのぶっこむの禁止っ!


 「あのですね、転生したと気が付いた私がどんなに自分勝手な事を思ったか、それを知ったらウォルター様は私に幻滅するに決まってます。私はそれくらい腹黒いんです」

 「するもしないも決めるのはわたしだ。教えてごらん?」

 「私、不幸になりたくなくて絶対に王太子妃になるのを回避しようと考えました。この国の為にも王太子妃に相応しいのはキャロル様なのだから、お二人が結ばれればそれがベストじゃないかって。そうなると最愛の人と共に生きるというウォルター様の望みは叶わなくなります。でも…………人の心配をしている場合じゃない、ウォルター様にはどうにか頑張って自力で結婚相手を見つけて、幸せになって貰うしかないな、なーんて」

 「ちょっと待って!」


 ウォルターは頭を抱えて呻き声を上げ、おまけに悪寒が走ったのかゾクッと身体を震わせた。


 「それはわたしがキャロル嬢に想いを寄せているという前提の話じゃないか!」


 ウォルターがもう一度ゾクゾク震える。え?キャロルってそんな感じ?


 「前にも言ったはずだよ。わたしはあの令嬢を好ましいとは思っていない。端的に言えば大嫌いだ!」

 「え?そこまで?」

 「あの父親からして嫌いなんだ。以前は虫けらを見るような目を向けていたくせに、爵位を手にした途端に掌を返しやがって!」

 「まぁ、そうでしたか。それは嫌な思いをされましたねぇ」

 「あの令嬢とはほぼ関わりもなかったが甚だしく高慢ちきだとは思っていたよ。顔立ちも父親似だが権力を笠に着るところもそっくりだ」


 ウォルターが吐き捨てるような物言いをするのなんて初めてだ。どうやらキャロルに対する嫌悪感は相当なものらしい。


 

 

 

 

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