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王都迄の道すがら、私は懸命に考えを整理していた。
この先私には入学した学園でキャロルにいびり倒される日々が待っている。それを理由に王太子は婚約破棄を言い渡すんだけど全部キャロルに論破されるのだ。何故ってキャロル曰く貴族としてのマナーや常識に掛けるステラに注意喚起しただけだからだそうだ。
そうよね、いくら市井育ちでも王太子に向かってフランツ君と呼びかけ何かに付けて『嬉しい、ありがとう!キャハッ!』って抱き着くなんて言語道断だと私も思います。大事な話をしている二人の間に突入して『ステラとお散歩してくれる約束、忘れちゃったんですかぁ?』なんて自分の婚約者に上目遣いであざとく言われちゃ腹も立つでしょう。注意する口調が厳しくなるのも当然ですよね?つまりいびり倒したのではなくて教育的指導だったってわけ。
それにあの状態でステラを学園に入れたフランプトン伯爵家にも問題がある。入学を一年見送ってみっちり教育する責任ってものがあったでしょうに。
キャロルは物心ついた頃からお妃候補とされていて、王太子の隣に立つのに相応しい女性になるんだって血の滲むような努力をしてきたのだ。そんなキャロルの原動力は両親の期待に応えたいからだったんだけど、それだけじゃなくて王太子への恋心でもあったのよね。フランツ君、白馬に乗った王子様そのものっていうビジュアルで、キャロルは十年前の顔合わせの時に一目惚れしているんだもの。
王太子もキャロルを憎からず思ってはいるのだけど、キャロルが立派な王太子妃にならなければっていう使命に駆り立てられるようになるにつれ、息苦しさを感じるようになっていた。キャロルっておかん気質なところがあってついつい王太子にダメ出ししちゃうから。それで最近はちょっとギクシャクしていたもののやっぱり二人には培ってきた絆があった。それなのにその絆をぶった切ったのが純真無垢の名の下に、一切空気を読まず本能のままに行動しちゃうステラ。
結果二人は婚約破棄へと突き進み……って事はよ?ステラが絡まなければ二人はそのままハッピーエンドに向かうってことですよね?
キャロルはステラに鼻の下を伸ばした王太子に幻滅し見限ったけれど、それがなければずっと王太子にぞっこんだったと思う。王太子だって小煩いなって思いつつキャロルの優秀さは認めていた。キャロルだったらいい奥さんになるし飛び抜けて有能な王太子妃になれるだろう。やっぱりあの二人は結ばれるべきなのだ。
それには私の行動が鍵になるわよね……
私は窓に頭をもたせ掛けて腕組みをしながら考えた。
王太子の目に留まらないように悪目立ちせず地味に目立たずに過ごす。なんたって修道院仕込なんですもの、そんなのは得意中の得意分野だ。
そう言えばヒロインのステラって落ち着きがなくて動きがガサツだから直ぐ転ぶ。幼児くらいの水準であっさり転んじゃう。だけど常にしずしず歩くように言い聞かされそれが習慣化している私はヒロインのステラみたいに行く先々で転んだりしないから、その度に王太子が偶然現れては受け止めるって場面も成立しないし
「やれやれ。君は危なっかしくて目が離せないな!」
なんて言われるのも回避できる。
ダメ出しなんかしてごめんなさい。修道院育ちが役に立つなんてやっぱりありがとう、作家先生!!ステラはキャロルの恋愛成就の為に学芸会の木の役くらい存在感を消してみせます!
だがしかし、そうなると引っ掛かるのがずっとキャロルに想いを寄せていたっていう若き公爵閣下だ。確か二年後の初登場の時に24歳だったと思うから、私や同い年のキャロルよりも6歳上だ。
彼は薄幸な人だ。まだ幼い頃に公爵の地位を奪い取ろうと目論んだ叔父に両親を暗殺されているのだ。証拠がなく罪を暴かれる事もないまま叔父が暫定的に公爵となり、その息子に爵位を継がせるべく画策され何度も命を狙われながら必死に生き延びてきた。叔父の不正を暴きついに爵位を取り戻したものの胸にあるのは虚無感だけ。ただひたすら仕事に没頭し心の隙間を埋める日々には大きな虚しさだけが広がっていた。
キャロルと出会った公爵は王太子の為にひたむきに努力しているキャロルに興味を惹かれる。その時はまだあどけなかったキャロルだけど会うたび毎に成長し眩しさを増し、やがてそれが単なる興味ではなく愛なのだと自覚するようになった。けれどもキャロルは既に王太子と婚約しており自分の想いを伝えることは叶わない。
苦しんでいる公爵に転機を与えたのがヒロインのステラなんだよね。だから私が王太子とキャロルの仲をぶち壊さなきゃ公爵は片思いのままだ。幸薄い公爵の起死回生のチャンスを失くしちゃうけれど、私もそこまで構っていられない。何もこれは自分可愛さだけじゃない、王太子にはしっかりアシストしてくれるキャロルが必要不可欠なんだからこの国の未来の為でもある。それ全部を秤にかけたら……やっぱり若き公爵様には我慢して頂いて、何なら次の恋でも見つけて幸せになってと祈るしかない。
我々に比べたら公爵は立派な大人なんだし未来は自分の手で切り開いて頂こう。頑張れって応援だけはするわ。もちろん何かできることがあるのなら喜んで協力させて貰いますけれど、こんな小娘の手を借りる公爵様じゃ無いもの。
私が基本方針を固めたところで馬車が停まり先に降りたアッカーソン氏が手を差し出した。馬車を降りると立派な屋敷の入り口で使用人達がずらりと整列して出迎えている。流石、あれだけの寄付金をポンと下さっただけのことはあるのね。
アッカーソン氏の後について屋敷に入ると伯父と伯母が待ち構えていた。そして私を一目見るなり
「ア……アイリーン……」
と伯母は母の名を呟きながら泣き崩れた。




