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 小説で読んだ通り外からしか鍵が開けられない造りのドアノブは頑として動かない。どうしよう。王太子が来る前にどうにかしてここを脱出しなければ。


 私は何度もつまずきながら部屋の奥に行き内開きの窓を開けた。けれどもその外側の鎧戸もドアノブ同様にびくともせず、どんな仕組みで固定されているのかさえ全くわからない。とにかく薄暗くて良く見えないんだもの。閂か何かが有るはずだけれど手探りでこれだど思えるものは見つからなかった。


 途方に暮れた私は壁に寄り掛かりそのままズルズルと座り込んだ。ヒロインのステラはこの暗さに怯えて号泣していたが、私にはそんなことよりもよっぽど心配なことが一つある。異世界転生に限らず西洋風ネット小説でお約束のように起こるヒロイン拉致事件。その時監禁されたヒロインは……


 おトイレどうしているのかな?


 今は大丈夫だ。尿意はない。けれどもこの先どうなるかはわからない。なにしろ生理現象は気合でコントロールできるものではないのだ。王太子が先か尿意の高まりが先か?どっちも嫌だけれど私にも譲れぬプライドがある。この年で……前世よりもずーっと若いとはいえそれでもお漏らしがテヘペロで済まされる年齢ではないのだ。そう思うと急に心細くなってしまい膝に目を押し付けて涙を堪えた。


 あ、でも少しでも水分を排出しておいた方が後々有利なのではないか?ふとそんな考えが頭をよぎりやっぱり我慢せずに泣いてみることにした。馬鹿馬鹿しいのはわかっちゃいるがこの状況で出来ることなんて無いに等しい。精々入って来た王太子に見つからないように物陰に隠れておくくらいのことしか思いつかないもの。だけど見つけて貰えなければここから出ることはできなくて、でもキャロルのことだからきっと王太子に何かしら吹き込んでいるだろう。そうなるとまたややこしい事態に発展しかねないではないか!


 王太子だってねぇ……と私は鼻を啜り溜息を付きつつ考えた。見初めたとか何とか言ってるけど結局あれは所謂ラブじゃなくてライクってやつなのだ。王太子が気に入ったのは私という人間そのものじゃなくてステラ・フランプトンの上っ面なんだから。ヒロインのステラに出逢い目が合った時、小説中の小説の王太子は思わず見惚れたんだもの。多分キャロルの迷走が色々ややこしくしているんだろうけれど、彼女の転生した経緯を思えば大迷惑ながらやけっぱちになるのもわかる気はする。問題は自分が当事者だってことだ。


 私は倉庫の一番奥まった場所の荷物を次々と移動して入口からの死角を作った。これでしゃがんでしまえばすっぽりと陰に隠れてしまうはずだ。取り敢えず王太子に発見されるのを回避しよう。そのうち迎えの馬車の御者が私が出てくるのが遅いことを不審に思って何かしらのアクションを取るだろうし、我々が備品倉庫に向かうところは複数の生徒が目にしている。だからきっとそんなに時間をおかず、膀胱の許容量に余裕がある内に誰かが助けてくれる……よね?


 大きな不安が私の胸に立ち込め始めた。もしも王太子が備品倉庫はもう探したから他を探せなんて余計なことを言ったらどうなるかな?キャロルの言う通りここは校舎の端で普段は誰も来ないひっそりとした場所だ。大声を出して助けを呼んでも誰の耳にも届かない。そうこうする間にもしも私の尿意が限界を突破してしまったら……


 でも駄目だ。王太子に助けられたらキャロルの思う壺なんだから絶対に避けなきゃいけない。工具箱が無いか探してみたがそれらしいものは見当たらず私は呆然と天井を見上げた。かくなる上は発想の転換だ。より優先すべき懸案事項の対策を立てるのだ。


 いよいよ日が暮れて来たのだろう。元から薄暗かった部屋は急速に暗さを増している。入り口近くに戻り必死に棚に目を凝らした私は、ずんぐりした鋳物の置物に目を留めて手に取ってみた。ズシリと重いそれは良く見えないけれど触った感じ外側にゴテゴテした装飾が施された大きなカップみたいな何かで大きさは十分だ。私はそれを床に降ろしまた物色を始めた。


 ツイている。私は持っているらしい。最初に開けた箱の中身がこの上なくお誂え向きの物だなんて!ずっしりした厚い布地の何かは吸水性も良さそうだ。早速その布をカップに押し込むといい感じに収まった。


 これで安心だ。万が一の時はこの簡易的な一品のお世話になり、持ち帰って綺麗に洗ってお返ししよう。けれどもほっと安堵の溜息をついた私がペチペチと両頬を叩いて気合を入れ直し、一品が入る箱がないかと再び目を凝らして探し始めたその時だった。慌ただしく廊下を走ってくる足音が近付いて来ていることに気が付いた私の心臓がドクンと大きく跳ねた。


 さっき作った死角に隠れなきゃ!そう思ったが暗くて足元がほとんど見えない。でもここでじっとしているわけにもいかず恐る恐る足を踏み出した私は思わず断末魔の叫び声を上げた。


 そう……私はキャロル特製の足ツボ拷問器をうっかり踏んでしまったのだ。さっきまでこれのせいで泣くほど悶えていたというのに、存在すらも頭からすっぽ抜けていたなんて自分で自分が情けない。私はなんて間抜けな人間なんだろう。


 詰んだ。もうおしまいだ……燃え尽きたように真っ白になって蹲る私の耳に届いたのは乱暴にドアを開ける音と……


 「ステラ!!」


 と名を呼ぶウォルターの声だった。


 

 


 


 

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