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  案の定目の前に戻ってきたアイスピックの先端を私は落ち着いて眺めていた。


 「溺愛よ、溺愛!私は溺愛されるの。前世で報われなかった分まで溺愛されて幸せになるのよ。異世界転生したんだから当然でしょ?余計なことを言わないで!」

 「はいはい、承知いたしました。でも私、あなたの溺愛の為に協力する気はありませんから。それに正直に言いますとあなたとは逆にストーリー通りにならないようにって極力殿下を避けて来ましたけれども、結局それ以前の問題なんですよね」

 「何よ、問題って」


 アイスピックを振りながらキャロルが顔をしかめている。私は腕組みをして斜め上を見上げてしばらく考えてから口を開いた。


 「ビジュアルは完璧ですよ。お伽噺の王子様そのものですものね。だけど殿下ってなんか中身がちょいちょい惜しいんですよ。そこがどうもねぇ……見た目が良い分余計にがっかりしちゃうって感じ?すみませんけどアレはないです」

 「な、何言うのよ!あのちょっと抜けてるところが可愛いんじゃないの!」

 「えー、可愛いで済む範疇を超えてません?相当なドジっ子ですよ。何でもそつなくこなせるんだからもうちょっと努力すれば良いのになぁ。だから何やっても平均以上ではあるけれどそこ止まりなんですよ。そう考えると殿下ってウォルター様と違って設定とドンピシャですねっ!」

 「が、頑張ってはいるのよっ!でも頑張れば頑張った分ハードルをあげられちゃうから……そうしたらやる気もなくなるでしょう?フランツも可哀想な人なのっ!怠け者みたいに言わないで!」

 「だけどあの人は王太子ですよ?そんなことでへこたれちゃあねぇ」

 「ふ、フランツだってそれなりに自覚しているわよっ!」


 ほっぺを膨らませたキャロルがぷんすかしながら私を睨む。でもそれはどうかなとしか思えない私は思いっきり胡散臭そうにキャロルを見つめ返した。


 「時々うっかり大事な事を忘れてしまうこともあるわ。でもその度にフランツは凄く反省してしょんぼりするしてるのよ。それにサポートした私に必ずありがとう、助かったよって言ってくれるわっ!」


 サポートってあれか?伯父様やウォルターが愚痴っていた国賓としていらした他国の王族の名前すら頭に入っていなかった……みたいなのがちょくちょくあるってやつか?王太子の斜め後ろに控えだキャロルが囁き女将のようにずーっと小声で耳打ちしているらしいのよね。


 「えー、私が聞いた話だと時々うっかりどころか年がら年中そんな感じみたいですけどねぇ」

 「今のフランツは学業優先なんだからしょうがないじゃない!」

 「あなただってそうでしょう?それも特別選抜クラスなんだからAクラスの殿下よりもお勉強で手一杯なのに」

 「フランツだってサボってるわけじゃないのよ。ちょっとこう、要領が悪くてぶきっちょなのっ!」

 「それにしたって普通はあなたの負担を増やさないようにって思いませんかね?」

 「良いのよ!フランツはね、素直に反省するし感謝の言葉だって忘れないわ。あの美しく潤んだ瞳を輝かせて『ありがとう、今日も君に救われたね』なんて言われてみなさいよ!苦労なんか吹っ飛ぶんだから!」


 何を言っても目をひん剥いて反論してくるキャロル。


 どうしてかな?なんだかムキになって王太子を擁護しているようにしか見えないんだけど?結局この人、王太子が大好きなんじゃないの?


 「だったら一生殿下の側にいて支えて差し上げたら良いじゃないですか!」

 「何言ってるのよ!フランツはまだ17なのよ!」

 「我々もですよ?」

 「…………っ!そうだけど……そうだけど、うちの三男より年下って……無理よ、ムリムリっ!」


 キャロルは両手で顔を覆いふるふる首を振っている。


 「じゃご長男さんはおいくつで?」

 「24」

 「ウォルター様より歳上じゃないですか!そっちはどうして良いんです?」 

 「だってあの方は落ち着いていて精神年齢高そうだし公爵っていう責任ある立場だから……うちの長男は一浪してるし院生だからまだ学生なのよっ!」

 「はぁ……そうですか」

 「あーもう、そんなことは良いの!」

 「いや、良くはないです。それを言ったら私だって前世はアラサーですから!」

 「今は違うでしょう!あんたはピッチピチの17歳、超美少女のステラ・フランプトンなんだから!」

 「あなたもですよ?自分のほっぺと私のほっぺ、摘んで比べていたじゃないですか。変わらなかったでしょう?張りと弾力」


 あの時はただ怖くて何しているんだかまるでわからなかったけれど、唇をへにゃっと歪ませてそっぽを向いたキャロルの様子を見る限り間違いない。


 「ね、あなたもここではうら若き乙女ですって。だから何の憂いも必要なんかありません。殿下の隣に立つべき人はあなたしか居ないんです、あなたじゃないと駄目なんです」

 「だって、だって……フランツは…………フランツは、あんたに一目惚れしたじゃないの!こんなに尽くしてきたのに、私なんて今じゃ空気同然よっ!フランツの頭の中はあんたのことしかないんだから!」


 おや?…………つまりこの人、大好きな王太子によそ見をされて拗ねてるんじゃないの?


 大きなお目々から次々と涙が溢れさせ、それを拭いもせずに私を真っ直ぐに睨みつけ、キャロルは少しずつ後退っている。


 頼む、それは二人で解決してくださいっ!


 「フランツなんか、あんたと結婚すればいいんだわ!」

 「だから嫌ですよ。お願いですから私を巻き込まないで下さい!!」

 「うるさいっ!贅沢言うんじゃないのっ!相手は王子様よ!王位継承権第一位の王太子殿下よ。有り難くパンツ脱ぎなさいってば!」


 クルッと踵を反しキャロルは小走りにドアに駆け寄った。慌てて後を追ったけれど振り向きざまにどつかれてドスンと尻もちを付き、その間にキャロルは外に出てドアを閉めた。


 そしてガチャっと鍵を掛ける重い音が耳に響き、キャロルのくぐもった声が聞こえてくる。


 「もうすぐ白馬に乗った王子様と同等に素敵な王子様がお迎えにくるわよ。いっそここで既成事実を作っちゃいなさいよ。良いわね?」


 パタパタという足音が遠ざかって行く。手を伸ばした私は動かぬドアノブを前に途方に暮れていた。

 


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