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それはそうと見てみたいって……ネット小説ですけれど?というツッコミは当然脳内だけでしておいた。そして受け取ったハンカチがびっちょびちょになって一段落したのか、キャロルは再び『アイスピックは一輪の薔薇』モードになり、小首を傾げアイスピックを握って組んだ両手は右ほっぺに添えてもじもじと身体をくねらせている。
「ウォルターそっくりの男の子とキャロル似の女の子。お兄ちゃんは真面目でしっかり者で妹は天真爛漫なお転婆ちゃんなの。両親の愛情に包まれてすくすく育つ二人だけれど、ある時気が付くのよ。お父様の一番はお母様だ、僕らはお母様には叶わないなって。そしてね、でも仕方がないねって納得するの。だってお父様はお母様をこんなに愛しているんだから、なーんてね。そりゃそうよ、ウォルターは子ども達の前でも一欠片の遠慮もせずにキャロルを溺愛するんだもの!」
キャーっ!と叫んでキャロルが悶えた。今初めてここに居合わせたなら則救急車を呼ばなきゃと焦るくらいの悶えようだ。無造作な持ち方のアイスピックが何処かに刺さりはしないかとハラハラしながら見ていたら、案の定左腕の二の腕にかる~くチクンとやったらしい。『いでっ!』という小さな叫びと共にキャロルの悶えは収束したが、それでも作品対する情熱の炎は消えたりなんかしないらしい。つまり私はまだまだ当分ウォルターの溺愛について聞かなければならないようだ。もういい加減身の危険よりもうんざり感を強く感じるようになってきた。
「あー、卒業パーティが待ち遠しくてたまらないわ。知ってるでしょ?フランツの瞳の色のドレスを着た私を会場から連れ出したウォルター様はそのままブティックに直行するのよ」
「……そうでしたね。確かもう営業時間が終了したブティックを特別に開けて貰ったんでしたっけ?」
「そう、だってウォルター様は若き公爵様ですもの!」
瞳をキラキラさせているキャロルだが、若き公爵様にできるなら王太子にもできるのでは?大体営業時間外の来客なんてオーナーは大歓迎かも知れないが、スタッフさん達にとっては迷惑この上ないだろう。もしかしたら大事な用事があった人もいたかも知れないではないか。権力者だからって気遣いの無い人ってなんか嫌だ。
「次の夜会にはわたしの瞳の色のドレスを着てほしい……ウォルター様はそう言うのよね。本当は完成まで半年待ちのマダムティボーのドレスなのに!」
「無理くりゴリ押ししたんでしょうね」
「だって私の為だもの」
つまりそのせいで先に注文を受けていたドレスの納期が遅れたり、お針子さん達が残業しまくりになるのもお構いなしだ。ブティックの利益はさておき労組も何もないこの世界のお針子さん達の残業にお手当が付くことなんてないだろう。お気の毒に。
「おまけにフランツがチラッとでも目にした服は全て処分して欲しい、なーんて切ない目で言い出して店にあった既成品のドレスを片っ端から買い漁っちゃって。それだけじゃないわ、一週間後に屋敷に届いた大量の箱は新しく仕立てたドレスに靴にバッグにアクセサリー!しかも一流品ばかりよ。ウォルター様ったら私のこととなると財布の紐が緩みっぱなしなんだもの」
「王太子妃もそうじゃないんですかね?」
「わかってないわね。王太子妃には予算が有るの。それに私の好みよりも王太子妃に相応しい装いかってことが優先されるし、豪華なアクセサリーは大抵代々伝わる国宝で私のものじゃないわ」
キャロルは今日一のしかめっ面でそう言った。だけど、公爵家にだって予算は有るんじゃないだろうか?お金を使って経済を回すのが貴族の役目っていうのはわかるけれど、小説の中のウォルターは誂えたドレスが衣装部屋に入らなくなったからって、キャロルの留守中にしれっと壁をぶち抜いて衣装部屋拡張工事をしちゃう。そして帰宅したキャロルが呆れながら口にするのが例の『フフ、ウォルター様は私を甘やかし過ぎです』発言。フフじゃないフフじゃ。そこ、きっちり窘めなきゃダメじゃない?いくら溺愛だからってお金を湯水のように使うことを愛情表現にする人ってなんか嫌だ。
「それにね、お料理のお味が変わったからどうしたのかと思ったら、どうもこのところ私の食が進まなかったようだから料理人を替えた、なんて言うのよねっ」
そんな行もあったなぁ。キャロルが食事を控えていたのは公爵家の食事が美味しくて食べすぎて太ったのに気が付いたからなのに、ウォルターは料理人達をバッサリ解雇し総入れ替えした。この時もやっぱりキャロルは『甘やかし過ぎ』ってフフっと笑っていたけれど、職を失った彼らはどうなったのか。使用人を人として尊重できない人って何か嫌だ。
キャロルへの頭痛がするような甘過ぎる溺愛の態度や言葉で埋もれがちだったけれども、あのウォルターって相当浅はかだわね。キャロルを手に入れた嬉しさに浮かれて頭が沸いちゃったんだろうか?そしてその非常識な行動の数々を『フフ。ウォルター様は私を甘やかし過ぎです』と喜んで受け入れるキャロルもどうかしている。
それはうっとりと身体をくねらせている目の前の長谷川寿子入りのキャロルも同じだ。
「もしあなたが言う通りウォルター様の愛を得られたとしても、ウォルター様がそんな愛し方をするとは思えませんけれど?」
「な、何を言うのよ!」
キャロルの目が鋭く吊り上がったがもう私は怖いと思わなかった。だって私を傷付けたり殺したりしてしまったらキャロルの計画はパーになる。元からキャロルは脅して尋問して脅迫して、そして王太子に助け出させる為に私を連れてきたんだ。
「ウォルター様は常識を弁えた方ですよ?」
「わ、私への溺愛は常識を超えるのよ!」
「そうなんですかね?なんか改めて聞くとただただ下品で嫌な感じしかしないですけど。結局金と権力に物を言わせてやりたい放題じゃないですか。そんな男のどこが良いのか、私にはさっぱりですよ。あ、でもこれは好みの問題なのでとやかく言うつもりはないんですけど……でも良いんですか、そんな男でも?」
『キィー!!』っと叫んだキャロルは振り向いてアイスピックを何度も箱に振り下ろした。キィーだのキャーだのと喧しい金切り声を上げながらの箱への攻撃はしばらく続き、ふり向いたキャロルの額には汗が滲んでいた。




