26
「……え?なんで?」
私の口から思わずポロンとそんな疑問が転がり出た。
夜会で三曲踊り、おまけに怪我をし王太子にお姫様抱っこされて運ばれたヒロインのステラ。せめてラストダンスをと願っていた願いが砕け散り深く傷付いたキャロルだけれど、そんな気持ちなど微塵も態度には表さず気丈に振る舞い続けた。だけど同情&大激怒した取り巻きの令嬢達がヒロインのステラを閉じ込めたのがこの備品倉庫。日が傾き薄暗さを増した倉庫は気味が悪くヒロインのステラは怯えてすすり泣いた。そこに颯爽と現れたのがフランツ君こと王太子だ。だって王太子は会議があるのに生徒会室に現れなかったヒロインのステラの身に何かあったのではと探し回り、ようやく見つけたんだから。
でも私は役員さんじゃない。そもそも王太子と行動を共にすることもない。だから私がどこで誰と何をしているかなんて王太子は知すはずがなく、よって自分の婚約者のキャロルにアイスピックを突き付けられ足ツボを痛め付けられて脅迫や尋問を受けているなんて、夢にも思っていないだろう。
「あんたのせいで進捗状況が甚だしく遅れているからテコ入れするんでしょうが!心配そうに『ステラ様を探して居るのですが何処にもいらっしゃらないのです。どうなさったのかしら?』って言ったら、フランツは血眼になってあんたを探し始めるわよ」
「…………聞き流すだけじゃないですか?」
「もちろん『ご令嬢達に囲まれて嫌々何処かに連れて行かれたんです。わたくし何だか胸騒ぎがして……』って追加情報を吹き込むに決まってるじゃない。あんなでもフランツは王子様だから、愛しい姫のピンチと聞いたらプリンス魂が騒ぎ出すってもんよ」
「はぁ…………そうなんですかねぇ。でも助けられた私が誰にやられたか聞かれたら、キャロル様だって暴露できますけど?」
バリキャリだった長谷川寿子にしては随分杜撰な計画だ。荷物運びを手伝えと言われた私がキャロルの後を追い掛けて行ったのを何人ものクラスメイトが目撃しているし、助け出される前提なのに単独犯とは意味がわからない。
けれどもキャロルは小馬鹿にするように顎をしゃくってからフンと鼻で笑った。どうしてこの人はこうもイチイチムカつく要素をぶっ込んでくるんだろう?それでも顔に出さずにひたすら怯えたねずちゅーをキープできるのも集中特訓させられた淑女教育の賜だ。人生どんなところで何が役立つかわからないものだ。
はう、いかんいかん!ちょっとずつ私の気持ちが弛んで来ている。一瞬の緩みもなく気を引き締めていなければならないのに、こうやってすぐに関係ないことに集中力をそがれちゃうんだもの。
でもキャロルは只者ではないと思う。私の思考がとっ散らかる度にびっくり発言で引き戻してくれちゃうのだ。
「言えば良いのよ、いいえ、むしろ言わなきゃだめよ」
ほらね、この通りだ。言えば良い、言わなきゃだめって何だそりゃ?
「言わなきゃだめ?」
「そう、私がやったって証言するの。ついでに今までされてきた沢山の嫌がらせも全部私の仕業だって教えなさいね」
私は大きくゆっくりと瞬きをした。
「それ、悪役令嬢になるため……ですか?」
「あら、ここに来て急に勘が良くなったのね。そうよ、だけど正確には悪役令嬢として婚約破棄をされるため、ね」
「あのですね……それ、私が絡まないとだめなんでしょうか?」
一か八か言ってみたが上昇していたキャロルのご機嫌が急降下した。
「あんたが絡まなきゃ婚約破棄する目的が無いでしょう?フランツは大好きなあんたと結婚したいからこそ暴走するんだから。ジタバタしたってあんたはステラで私はキャロル。この世界での役目ってものがあるのよ。卒業パーティ迄に、あんたと結婚する為なら私なんて捨ててしまおうって決意するレベルにする必要があるんだから、これからはマキでお願いね。ほら、その時にはもうオメデタも判明しているんだからその辺も急がなきゃ!」
「え、待って!好きでもない人となんて、そんなの絶対に嫌ですけどっ!」
「何を純情ぶって!婚約中の男と平気で寝るんだから、あんたのお股はユルユルでしょうよ」
「違いますっ!!」
流石にこれは我慢ならなず私はきっぱり否定した。
「解ってます?私は修道院育ちなんですよ。貞潔を重んじるなんてもんじゃ済まないシスター達が、総力を上げて心血を注いで育てて下さったんです。そんなビッチになるわけ無いでしょう!」
「知らないわよ。とにかくヒロインがやったんだからあんたもやるの。潔くパンツ脱ぎなさいよ!」
「ヒロインのステラとなんて一緒にしないで下さいっ!」
思わず大声で叫んだ私にキャロルは驚いた様子で目を見張っている。こんな風に刺激しちゃいけないのはわかっているけれど、でもやっぱりダメだ。どう考えたってヒロインのステラがおかしい。シスター達が手塩に掛けて育ててくれたにも関わらず、あのコは一体何なのだ?私だって色々手を焼かせたり困らせたりしなかったとは言わないし、たった一人の子どもだというのに甘えてわがままを言ったこともある。でも今の私はあんなじゃない。シスター達が悲しんで涙にくれることなんか絶対にしない。
だって、シスター達は私に愛情を注ぎ必死に育ててくれたのだから。
「……で、でもね……ヒロインのステラは……」
「それ設定に無理がありすぎますよ。ちょっとこう付加価値でも付けるくらいの気楽な感じで修道院育ちにしたんでしょうけれど、だったらあんな仕上がりにはなるわけありませんから」
「なによっ、作家先生にケチ付けようっていうの?」
まずい!いきなりキャロルの目が据わった。そう言えばコメント入れたらお返事くれて感動したとか言ってたし、相当入れ込んでいたのかも。
「先生はね、先生は……外伝のリクエスト企画で……私のリクエストを採用してくれたのよ……」
キャロルの目からポロンと涙がこぼれた。それ泣くほどのことなのか?
「私の……私のリクエスト……ウォルターとキャロルの子ども達が見てみたいですっていうリクエストを……」
感極まったキャロルの目からは止めどなく涙が流れ落ちる。その激しさって言ったら、見かねた私がハンカチを差し出すくらいの凄さだった。




