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ヒロインがやるべきこと、と、言われても……
「小説中の小説通り殿下に近づけって、そういうことですか?」
「それ以外に何があるのよ!」
「でも……あなたは殿下の為に血の滲むような努力をされたんです。小説通りならそれにも関わらず因縁付けられて婚約破棄を言い渡されますよ。だから私は」
「良いのよそれで!!」
「えっ…………?!」
キャロルは忌々しそうに溜息をついて、見下すような感じの悪い視線を投げ掛けてきた。
「文理どっち選択?」
「…………理系……です」
という質問だったのか確信が持てず恐る恐る答えたがこれで良かったようだ。キャロルは『やっぱりね』と小馬鹿にするように言った。
「いかにも読解力なさそうだもんね。人の話もろくすっぽ聞いていないし」
だって目の前でアイスピックグサグサやられたら人間そういうものじゃないでしょうか?という反論は飲み込みますが。
「あんたは小説中の小説のヒロイン、そして私は小説の主人公の悪役令嬢。ヒロインのせいで言い渡された婚約破棄を受け入れて新しい幸せを掴む役どころなわけ」
「はぁ……」
「それなのにあんたがちゃんと働かなくちゃ、フランツは婚約破棄を決意してくれないじゃないの」
「え?婚約破棄されたいんですか?」
キャロルは今更かと言うように顔をしかめた。
「そりゃそうでしょう?」
「だってだって、今までめっちゃめっちゃ頑張ってきたじゃありませんか!その努力が水の泡になるんですよ?」
「良いのよ、この先そんなものどうでも良いと思えるくらいに幸せになるんだから」
「……だけど、そうしたら王太子妃は……」
「あんたがなるの。それが既定路線でしょうが!」
「だって私、殿下のことなんか好きじゃないですって」
「あのねえ……」
キャロルが二発目の忌々しそうな溜め息をつく。今度もちゃーんと見下し目線がセットだ。
「あんた、貴族になったのよ?だったら愛のない婚姻は義務なの。我慢しなさい」
「いやいやそんな、ほぼ知らない人だし」
「それも良くある話よ」
「私孤児ですよ?一応母は伯爵家の娘でしたけれど父は田舎の没落した子爵家の次男で、一家離散してるらしいって情報しかないようなそんな人で……いやー、釣り合いませんって。公爵令嬢で宰相様のお嬢様とは訳が違うんです!」
「あんた、そんなの楽勝で乗り越えたじゃない」
「あれはヒロインのステラで私じゃないです!」
「ヒロインだろうとなかろうとあんたはステラ!ステラ・フランプトンでしょう!しっかり仕事しなさいよ」
「無理ですって!この国を潰す気ですか?」
「今は私よりも成績いいじゃない、きっとあんたやれば出来る子なの!」
「違うんです。修道院のシスターがカリスマカテキョー的な人だっただけなんです。だってほら、私、珠算検定四級だし英検は三級だし。寿子さんは簿記一級持ってますよねっ。経理事務パスポート検定も取ってるし……ってその資格、私小説の中で初めて知りましたよ。そもそも寿子さん、国立大出身で一部上場企業にお勤めだったんでしょう?超エリートじゃないですか!いずれ王妃として国王を支えるにはやっぱりそういう人じゃなきゃ。私なんて動物病院勤務の動物看護士ですもん。お国の役に立つ要素なんか皆無ですって!」
「生き物の知識ならあるでしょう?畜産の指導でもして貢献しなさいよ」
「いえいえ、獣医じゃないんで、看護士なんで!しかもうちの先生、研修医時代診察中に噛まれてからワンコ恐怖症になったとかで、爬虫類両生類専門病院なんですよ。家畜の事なんか何にもわかりませんてば」
「…………魔獣討伐には役立つんじゃない?サラマンダーとか」
「この世界の設定、ごくごく普通のゆるーい西洋風の世界で、魔法もなけりゃ魔獣なんかいないでしょう!それに私が過去お相手した一番大きい患者さんはイグアナです、イグアナ!繰り返しますがお国の役に立つ要素なんか皆無です!」
令嬢に分類されているにも関わらず、屋敷の窓の外にへばりつくイモリを見つけて失神するどころか大喜びしゲコッピと名付けるのはそんな前世の恩恵と言えなくもないが、それを目を細めて微笑ましく見てくれるのは伯父一家とウォルターくらいだろう。精々諸外国から『あそこの王太子妃は変り者』と言われ印象に残りやすいとか、あとは市井の皆様から親しみを持たれるくらいじゃないか?あ、でも平民のお嬢さん達もヤモリに名前を付けたりはしないよねぇ。
「あーもう!」
とっ散らかって行く私の思考をキャロルの金切り声がギュイっと引き戻した。相当苛立っておられるのかダンダンと足を踏み鳴らし拳を握りしめて立ち上っている。
「まったく、あー言えばこー言うんだからっ。何なのその達者なお口は?」
それ、偶然私もあなたに対して思っていましたよ。口には出しませんけれどね?
「だってあなた、ずーっと殿下のことが大好きだったじゃないですか。その為に今まで頑張って来たんでしょう?だめですよ、自分でその努力を無駄にしたりなんかしちゃあ。殿下にはあなたが必要なんです。結婚したヒロインのステラに言ったじゃありませんか。キャロルは有能だったって」
「ちーがーうーだーろー!!」
きたっ!アイスピック目の前にきたッ!そしてちょっと懐かしいこの言葉。見た目は令嬢感性はアラフィフ……滲み出ますねぇ。
「いいのよ、そんなもの。元々捨てる為のもんだったの!」
「へっ?」
「あの努力があったから私はウォルター様に溺愛されたんでしょうが!あの方は頑張り屋さんで健気な私に心を惹かれるの。あの努力はね、その運命の為の撒き餌みたいなものだったのよ!」
ゴックン。
なんにも飲み込めるものなんかないけれど私の喉が大きく動いた。




