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 混乱しておりますので詳しく説明いたしましょう。


 『婚約破棄された悪役令嬢は若き公爵に溺愛される』の主人公キャロルは卒業パーティーで王太子から婚約破棄を言い渡され前世の記憶を取り戻し、ここがネット小説『王太子に助けられたら恋が始まりました』の世界で自分はヒロインをいびり倒す悪役令嬢に転生したことに気付く。キャロルは堂々と婚約破棄を受け入れ、実はキャロルにずっと想いを寄せていたっていう若き公爵と恋に落ち溺愛され、ついでに記憶を活用して幸せになるっていうストーリーだ。


 ヒロインのステラは既に妊娠していて間もなく王太子と結婚。けれども伯爵家に引き取られた孤児だから初歩的なマナーすら身に付いていない。私らしさを失くしたら私は私じゃなくなっちゃう!という根拠で、淑女教育の必要性を理解しようとしない自由人だ。ましてや辛く厳しいお妃教育なんて耐えられる筈もなくギブアップ。やる気のなさとあまりの筋の悪さに周りも匙を投げ、遊んで暮らすだけのお飾り王太子妃になった。そんなステラに王太子の愛も冷め『キャロルは優秀だった』なんて禁句まで投げつけちゃって二人の仲は険悪に。王太子は愛妾を侍らせステラも負けじと愛人を作り荒んだ結婚生活を送ることになる。


 それを見たキャロルが「あんな人と結婚しなくて良かったわ」って自分の幸せを噛み締めるのだけれど……ほらね、ステラってヒロインって呼ばれているのに要はキャロルが幸せを掴み取る為の踏み台的な立ち位置なのですよ。そのステラに、よりによって踏み台ヒロインのステラに転生してしまったなんて、私の第二の人生はお先真っ暗じゃないの。


 やだやだ、伯爵家になんて行きたくない!学園になんて入りたくない。でもって王太子に助けられるのは遠慮したいし恋を始めたくなんかないんです!


 声を圧し殺して涙を流す私を見た院長をやシスター達は当然嬉し涙だと解釈したのだろう。行き場の無い母性本能を注ぎ育てた私と離れるのは辛いけれど私の幸せの為なら仕方がないと泣きながら、私の意思確認もなしに勝手にお別れモードに突入している。おまけにお手紙には今迄のご厚意への感謝の気持ちとして多額の寄付金の申し出がされていた。あちこちガタがきていてそろそろ大規模修繕が必要だけど、先立つものが無くてずーっと先送りをしていたこの修道院。それを叶えても有り余るだけの金額をポンとお支払頂けるのだもの、シスター達が『ステラと離れる辛さを乗り越えなければ』と肩を寄せながら泣き崩れるのも致し方ないのだ。


 私はますます泣けてきた。ご存知無いでしょうが、皆様もわたくしを踏み台になさるのですよ。ふぇーん……


 言葉も出せぬまま、つまり本音なんて欠片も言えぬまま私は馬車に押し込まれお世話になった修道院を後にした。




 窓の外に流れる景色を呆然と眺めていた私にアッカーソン氏が話しかけてきた。


 「ステラ様は王都の由緒ある学園に入学される予定でございます」


 うん、そうよね。知ってますよ。そこで私、入学式の会場が分からなくて迷子になって王太子とバッタリ出くわすんですよね。で、目が合ってにっこり笑い掛けたら王太子が赤面しちゃってね。ご親切に手を取って会場に案内してくれちゃうの。それからも何かに付けてやたらと構ってくれるんだけど、でも市井暮らしだった私は王太子への適切な振る舞いなんか知らないから普通に接しちやう。それが新鮮でキャロルっていう婚約者がいる身でありながら王太子はぐんぐん引かれちゃうのよ、私に。


 はぁ、溜め息しかでで来ないです。


 「色々不安に思われるでしょうが……」


 うん、不安っていうよりも絶望しか無いけどね。


 「入学迄の間、家庭教師をお付けいたしますので」


 と言いつつ私よりもよっぽど不安そうなアッカーソン氏はおずおずと聞いてきた。


 「修道院では読み書きや算術等は教わりましたか?」

 「……はい……街の子ども達と一緒に学校に通いましたので」


 アッカーソン氏、ショックを受けてはならぬと随分と低い想定をしていたようだ。眉間の皺がやや薄まった。いくらなんでも読み書きって随分ハードル下げたなぁって若干失礼な感もあるが、ご安心頂けたのなら良しとしましょうか?


 「卒業後はかつてシルスト女子学園で教鞭を取っていたシスターが勉強をみてくれました。教科書もそちらのものを使い一通りの履修科目は学んでおります」


 アッカーソン氏が目を見開き丸々した茶色い瞳が私を凝視している。この国の女学校で最も学力の高いシルスト女子学園の元教師に直々に、しかもマンツーマンで教えを受けるなんて、考えてみれば凄く贅沢な環境だったのよね。私ったら当たり前みたいにお世話になってとんだ罰当たりだわ。シスターメリッサにお礼の手紙を書かなくちゃだめね。


 「では……刺繍の手解きを受けたことは?」

 「ございますわ。毎月バザーで刺繍をした小物を売りますもの。ご覧になられますか?」


 ポケットからマーガレットを刺繍したハンカチを取り出して渡すと、アッカーソン氏はぽかんと口を開けたまま私とハンカチを忙しなく見比べた。


 「これは……素晴らしい出来映えです」

 「商品としてお買い求め頂くのです。それなりの出来栄えでなければ売り物にはなりませんので」


 アッカーソン氏の眉間の皺がもうちょっと薄まった。


 「楽器や歌の心得は?」

 「院長はかつてバドルス歌劇団に所属しておりました。その院長が指導する我が修道院の聖歌は素晴らしいともっぱらの評判でしたわ。歌だけではなくオルガンの指導も受けておりました」

 「左様でございましたか。ところでその……ステラ様は美しい言葉を話されますね」

 「…………どうでございましょう?修道院という場所ですので躾には特に厳しかったかとは存じます」


 遂にアッカーソン氏の眉間の皺は消滅した。彼の想像した市井育ちの娘と私には大きな解離があったようで、思っていたよりも遥かにましだった私に大きく安堵したらしい。


 あれ?ちょっと待って!


 ヒロインのステラってコッテコテの市井育ちキャラで王太子はそこにツボったのだけど、私はかなり違う感じなのではないかしら?失礼ながら作家先生、ステラが修道院育ちって設定おかしかったんじゃないでしょうか?お行儀に掛ける熱意ったら貴族も真っ青の厳しさで、私室を一歩出たら最後、常に清く正しく美しく!を求められるぎゅうぎゅうに窮屈な環境なのだ。そこで育ったのにあの自由奔放さって無理があるんじゃない?実際に完成した私はコチコチの堅物で面白味なんてあると思えない。慎み深さをこんこんと刷り込まれて来たのですもの、「嬉しい!」とか言いながら抱きつくなんて破廉恥なこと、何があってもいたしませんわ。


 つまり私ってヒロインのステラとはかなり隔たりがあるのだ。


 ということは、この先の展開を回避できる可能性があるんじゃ……


 立ち込めていた暗雲に一筋の光を見いだし、私はぐっと拳を握った。

 


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