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  数日後、授業を終え帰ろうとした私はキャロルに呼び止められた。


 「一人では持ちきれないの。手伝って下さる?」


 顎でしゃくった先には何だかよくわからない箱が沢山積まれていて、中身は謎だが何らかの備品なんだろう。それはさておき手助けが必要なのは理解できるが、どうして私を指名するのだろうか?いつものキャロルなら男子生徒に代わりに運んで貰うのに。それでも特に断る理由もないので半分よりもやや多目に箱を積んで持ち上げ、残りの箱を持ち歩き出したキャロルを追い掛けた。


 階段を下り辿り着いたのは校舎の端の備品倉庫だ。王太子と三曲踊った挙げ句足を挫いてお姫様抱っこされたヒロインのステラが閉じ込められたっていう場面の舞台になったのがこの場所。半地下だし常に鎧戸が下ろされたままでドアを締めてしまえば隙間から漏れた光で薄っすらと様子がわかる程度だ。怯えて泣いているステラを探し出した王太子は、自分のせいだと言って抱き締めたステラに泣きながら謝ったんだよね。そしてステラがどんなに大切な存在なのかはっきりと悟ったんだ。


 そんなことを思い返していたら一旦箱を降ろしたキャロルが鍵を開けドアを開いた。先に入れと言いたげに待っているので倉庫に足を踏み入れた私は、突然背中に強い衝撃を受けて床に投げだされた。


 何が起こったのかわからない。打ち付けた肩が痛くて擦りながら起き上がるとドアがバタンと音を立てて閉められた。慌てて振り向いた私の鼻先に冷たい光を放つ何かが突き付けられ、私は息を呑んでそれを見つめた。


 キャロルが握っているそれは鋭利なナイフ……ではなくアイスピックだ。ナイフよりはましかも知れないが危険なことに変わりはない。最近様子がおかしいとは思っていたがやっぱり私と王太子との中を誤解していたのだろうか?それで私を逆恨みして、いっそ殺してやろうと思うほど思い詰めてしまったってことですか?


 恐怖で声も上げられない私の目から勝手に涙が溢れてくる。


 「助けを呼んでも無駄よ。この場所には滅多に人は近寄らないわ。死にたくないなら言うとおりにするのね」


 薄ら笑いを浮かべたキャロルはアイスピックの先を私の鼻先から左胸に移し、自らの興奮を抑えるように『立ちなさい』と静かに言った。一先ず今は要求に従おうと立ち上がろうとしたけれど脚が震えて思うようにならない。それを見て凄い勢いで苛立ちを募らせるキャロルが恐ろしくて、どうにか必死に立ち上がった。


 キャロルの口角がスウッと引き上げられ相反して目尻が下がる。けれども細められた目の奥の瞳はギラギラと妖しく輝き私への敵意が剥き出しになっている。


 怖い!このキャロル、凄く怖い!


 涙でぐちゃぐちゃになっている私の頬に、キャロルがいきなり空いている手を伸ばしムニっと摘んだ。何をするのかと身体を竦めたけれど何故かキャロルは直ぐに手を離し、今度は自分のほっぺを摘みそれからニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


 「見てご覧なさい」


 キャロルにそう言われ指差した足元に視線を移すと、そこにある浅い箱の中に石が沢山敷き詰められている。目を凝らしてよく見れば碁石位のサイズで、滑らかな石ややや角のある石、ツルツルなのもあれば軽石みたいなやつもある。


 何が何やらわからなくて唖然としてキャロルを見上げた……のだけれど、キャロルは勝ち誇ったようにオーッホッホと高笑いを始めた。お嬢様って本当にオーッホッホって笑うんだ!勿論手首をくっと反らせて指先を口元に添えたあのポーズで、だわよ!


 「あなたは知っているのね?この痛みと苦しみを」

 「……はい?」


 箱に敷き詰められた石の痛みと苦しみ?さぁ、ちょっと何を仰っておられるのやら?


 唖然からポカンに変化した私の表情を見てキャロルは顔を曇らせ『何よ、思ったよりも若いわけ?』とブツくさ呟いている。そして


 「あーっ、もぉ!」


 と足を踏み鳴らしながら叫び、アイスピックを私の鼻先に戻して何時もの歌舞伎睨みでギロッと睨んだ。


 「靴を脱ぐのよ」

 「へ?」

 「早く靴を脱ぎなさい!」


 キレ気味のキャロルが叫ぶ。何をしたいのかわからないのが私の恐怖心をどんどん大きく膨らませる。キャロルから目を離さずに手を伸ばして靴のストラップを外し靴を脱ぐと、顎から滴った涙が足の上にポタポタと流れ落ちた。


 キャロルは品定めするように私をジロジロ見回し、それから不満そうにフンと鼻を鳴らした。


 「あんたいくつよ?」

 「は?同級生じゃないですか!」

 「中身よ、中の人よ!」


 ゴクリ……私の喉が音を立て背中をつーっと冷や汗が伝う。


 「中の……人っ……て?」

 「恍けるんじゃないわよ!あんた、転生者でしょう?」


 目を剥いたキャロルからどストレートな追求をされ、私の頭の中に現れた『認める』『認めない』の二つのライトが代わり番こに点滅する。転生したからにはこの世界に馴染んで悪目立ちせず穏便に暮らせるように上手くやらなきゃとばかり考えていて、まさかこんな疑惑を持たれるなんて思いもよらず完全にノーマークだ。どうする?どうしたらいい?私は今、何を選択するべきなの?!

 

 「何を……仰っていらっしゃるのかわからないの……ひっ!!」

 「惚けるんじゃないわ!」


 怒鳴り声と共に移動したアイスピックが制服の胸元にめり込んだ。このまま一歩踏み込まれたら制服を貫いて胸に突き刺さるかも知れない。量を増した涙がパタパタと床に落ち、息苦しくてたまらずに喘ぐ私にキャロルは呆れ声を出した。


 「大人しく答えればここまでの事はせずにすませたものを……仕方がないわね。箱の中に立ちなさい!」

 「……………………箱?」

 「早くしな!」


 キャロルの顔は歌舞伎の睨みから般若の面になっている。白状させたいならアイスピックで脅しているこの状況で良いのでは?という疑問が浮かんでは来たが、はたと考え込んでいる余裕なんか無いのだ。今はやっぱりキャロルを刺激せずに従うのが生き延びる道だろう。私は混乱ではち切れそうになりながら箱に片足を伸ばしもう片足を踏み込もうとして……


 悶絶級の足裏の痛みに崩れ落ちそうになった。


 


 


 


 


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