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結局私は二日ではなく二週間寝室に監禁された。単位が違う!という不満は大いにあったが、元はと言えばウォルターにゆらゆらされて寝落ちしてしまった私が悪いのだ。初めて夜会に出た姪が意識を失いエスコートしたはずの息子ではなく知人男性に抱き上げられて帰ってきたのだから、伯母が取り乱したのも無理はない。私は軽い捻挫をしただけで処方された痛み止を飲んだ為に爆睡しているのだと理解するまで一時間を要したそうだ。
「ステラに何かあったらアイリーンに会わせる顔がないわ」
と言って例によって伯母は泣き崩れたが、会わせる顔がと言っても母はお空の上なのだし物理的に無理だ。だけどこの一件をきっかけに伯父夫妻はかなり神経質で過保護になった。そして何も知らない私に持ち上がっていたある申し入れについて、色々な事を考えなければななかったらしい。明日から学園に復帰しても良いと言われたその夜、私は居候の姪ではなく伯父夫妻の養女にならないかと打診された。
「これから先、どんなことがあるか解らないでしょう?」
伯母は諭すようにそう言うが、人生何があるかなんて解らないのは私も重々承知だ。だって赤ん坊の時に両親が事故死し修道院で育てられた私が、実は伯爵令嬢の娘でその実家に引き取られるなんて思ってもみなかったのだし。しかも何の違和感もなく生きてきたこの世界は小説の中に出てくる小説の中っていうややこしい世界で、よりによって踏み台にされるヒロインに転生していたんだから。
でも伯母の口振りには妙な含みがあって私は首を捻った。
伯父夫妻は顔を見合せて口ごもっていたがやがて伯母が私の手を握り優しく擦り、それに合わせて伯父が躊躇いながら重い口を開いた。
「どうもこのところ、王太子殿下と婚約者様の仲が冷めていらっしゃるようでねぇ……」
「……キャロル様とですか?」
そうかなぁ?仲良さげにランチしていたけれど?でも突然どうしてそんな話をし始めたのかな?
考えてはみたもののまるで思い当たることもなくプツンと思考が止まってしまった私に、伯父は益々言い辛そうに話を続けた。
「元々宰相のお嬢様が熱烈に望まれた婚約だ。初めからお二人の間には大きな温度差があったようだ。それでも婚約者様は一途に殿下を慕っていらしたし、殿下にも特段これといった不満があった訳ではない。だから問題にはなっていなかったのだかねぇ……」
伯父夫妻はもう一度顔を見合せてから二人揃って物凄く困った表情を私に向けた。
「ちょっとね……殿下のお気持ちが揺らいでしまったらしいの。そのぉ……入学式で……ステラを見初めてしまったんですって」
「…………はぃ?」
何か変な聞き間違えをしたんでは無かろうか、と思った私は動揺のあまり何故か思いっきり目を擦った。いや白状すれば耳をかっぽじろうとしたがそれはぐっと堪えた。やって良いことと駄目なことがございますものね。
王太子は一方的に目が合ったと主張はしていた。していたけれどそれだけで見初めたなんて言ってない。見初めたって……それはかなり不味い表現なのでは?そしてそれが有力貴族って訳でもないこの二人の耳に入ってるって、情報統制がユルユルなのでは?
「この一年、殿下はご自分の立場を考えお気持ちを抑え込んでいらしたそうだ。そして婚約者様とより歩み寄らねばと努力されていた。しかしあのご令嬢はなかなか苛烈なご気性で努力の足り無さを扱き下ろされる事が度々あり、少々お疲れになっていたらしい。そんな時にあの夜会でステラが目に入り…………遂に自制心を失くしてしまわれた……」
『だってアイリーンと同じくらい美しいんですものねぇ』と頬に手を当てながら脳内で何かを再生していた伯母が
「無理もないわ」
とキリッとした顔で断言した。
「フィリップが言うには大広間にステラが現れるなりどよめきが起きたんですって。『何て美しい』って呟きや感嘆の溜め息があちこちから聞こえてきて……まるでデビュタントのアイリーンのようだわ!それならばうちの可愛いステラに殿下が心を奪われるのも当然なのよ!」
自慢気に断言する伯母のその理論が目茶苦茶過ぎて理解不能だ。
ちなみにだが、ダンスへの不安がなくなりかねてから気になっていたご令嬢にアタックしたフィリップお兄様は、テラスで良いムードになり結婚を前提としたお付き合いに発展したそうだ。やったね!
それはそうと自分の事よ。
「だからダンスを申し込まれた……という事でしょうか?」
「そのようだ」
伯父がはぁと溜め息をつく。何だか解らないが物凄いご心労をお掛けしているらしい。私はずーんと落ち込んだ。
「いやいや、ステラは何も悪くないんだ。お前が気に病むことはない。ただねぇ、どうやらそれがきっかけでとうとう婚約者様が愛想を尽かされたようで、婚約を解消したいと大騒ぎをされていらして……そうしたら両陛下がだったら望み通りに婚約を解消すれば良いじゃないかと、そう仰っておられるそうなんだ」
「それ…………やっぱり私のせいでは?」
いやいやいやいやと伯父達は胸の前で両手を振って否定した。
「ステラに何が出来た?殿下に申し込まれたダンスを断ることなどできなかっただろう?だからステラは悪くない。けれどもこれで本当にお二人の婚約が解消されたら……その時は……そのぉ、アレだ…………」
アレってなんだ?というかそこまで私は悪くないって言いながら何でこんな話を続けているのかと不審な顔をした私に、意を決した伯父が爆弾発言を炸裂させた。
「両陛下はステラと婚約すれば良いじゃないかと仰っておられるんだ」
「……………………今なんて?」
「ステラと婚約!」
「誰が?」
「王太子殿下が!」
「………………まさかぁ!」
だって私、居候の姪っ子だし。しかも両親は駆け落ちしているし。そんでもって早世して孤児たったし。で、修道院育ちだし。
あり得ないでしょう?
だが、私にはそのあり得ないをもねじ伏せる強力な付加価値があったのだ。そう、私はかつて『白銀の妖精』と吟われ社交界の熱い視線を集めながら忽然と姿を消した伝説の伯爵令嬢、アイリーン・フランプトンの忘れ形見なのだから。
考えてみれば両陛下は私の両親と同世代。『白銀の妖精』のことも良くご存じだった。愛する人への想いを貫き全てを棄てたその生きざまに心を震わせた若者達、どうやらその若者達に両陛下も含まれていたらしい。とんだミーハーだ。
『あのアイリーン・フランプトンの娘なら妃として相応しい!』と既にもう両陛下は両手を上げて大賛成しているそうで、しかもデビュタントの私を見て『本当に瓜二つ!』って盛り上がっていたそうだ。何それ?ファンが高じて二世俳優にまで熱視線送っちゃう感じ?
だけどネックになるのは私の曖昧な立ち位置で、内々にお呼び出しを受けた伯父達は婚約に進む可能性に備えて正式に養子縁組をしておくように勧められたのだそうだ。それも両陛下直々に。
何それ?ステラ・フランプトン、絶体絶命なんですがっ!!




