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 「そのナチュラルターンからのクローズドチェンジは?」

 「……み、右脚前?」

 「正解!でも最後のリバースターンから最初のステップへの繋ぎは左脚前からのクローズドチェンジですからね?」

 「おう!」

 「いつもそこで右脚を出すからお相手の足を踏むのよ?」

 「おうおう!」

 

 調子の良いお返事だけど大丈夫かな、フィリップお兄様?ほぼほぼお直しできたとは言っても昨日のお稽古でも足三回踏まれたんですが。


 間違いなく従兄の婚活に対する不安で頭が一杯という唯一のデビュタント、わたくしステラ・フランプトンを乗せた馬車はいよいよ王城に到着いたしました。凄い凄い、本当に夢と魔法のねずみの国のお城みたいだわ!


 今日の大事なお務めは謁見の間で国王陛下からの言祝ぎを頂くこと。謁見の間にはちらほらと見知った顔がありお互いに黙礼を交わしながら整列し、お出ましになった陛下からご祝辞を賜った。嬉しいことに超が付く短さで陛下が校長先生だったら大人気になっちゃうと思う。陛下の隣には王妃陛下が、そして一歩控えた所には王太子殿下とキャロルが並んでいる。今夜のキャロルさんはオフショルの攻めてるデザインの真っ赤なドレスが良くお似合いだ。ドレスに合わせたメイクの赤い唇がとってもセクシーでいつもよりぐぐっと大人びて見える。


 ヒロインのステラのデビューの時は、王太子はエスコートを頼める人が居ないと涙ぐむステラを放っておけず仕方がないと言ってエスコートしたのよね。どうしてかな?フィリップお兄様が居るのにね?そのせいでキャロルは可哀想に宰相のパパさんと出席したんだ。せめてダンスをって思っていたのに、初めての夜会に浮かれたステラにせがまれて王太子はステラと三曲踊るっていうタブーを犯す。これ、配偶者か婚約者としかやっちゃいけない禁忌なのに。その上ダンスが終わるや否や靴のヒールが折れたステラが捻挫しちゃって、王太子にお姫様抱っこで医務室に運ばれる。放置されてるキャロルの目前でだ。


 おー怖い怖い。そんなだから後日学園の備品倉庫に閉じ込められたりするんだわ。実行犯はキャロルに同情した取り巻き令嬢達だったけど、王太子はキャロルの命令だって決めつけて話も聞かずに詰ったのよね。


 だけどキャロル、大丈夫よ。ヒロインじゃないこのステラはフィリップお兄様とのファーストダンスっていう義務を果たしたら休憩室に直行してデザート三昧を堪能しますから!


 私はキャロルを見つめ決意を込めて拳を握り締めた。


 この国では毎年大半の貴族令嬢がこの夜会でデビューする。そのお祝いの意味を込め、ファーストダンスはデビュタントとエスコートする男性だけが踊るのだ。一曲だけだけどデビュタントボール的な感じね。そしてその後に加わった一般のお客様達と一緒にもう一曲踊ったら後は各々自由行動になる。


 前奏の間に『リバースターンの後は左脚よ!』と囁いた甲斐あってフィリップお兄様は見事ミスなしで一曲踊りきった。前半はリバースターンの度に『次左!』って号令を掛けてはいたけれど、それなしの後半もちゃんと左から脚を出せたなんてフィリップお兄様の婚活に光が差してきたではないか!一番の不安要因が解消された私は、二曲目を踊り終わるや否やフィリップお兄様と別れ出口に向かった。目指すは豪華スイーツが並ぶ休憩室だ!


 それなのに大広間は凄い人混みで中々出口に辿り着けずに私は焦った。今日はヘアセットしてメイクしてドレスを着せられて、その間何も食べていなかった私の胃袋は空腹の極みなのだ。うぅ……フィリップお兄様に休憩室まで付いてきて貰えば良かった。顔見知りの令嬢がいるなんてぽつりと言うものだからさぁ行ってこいと背中を押しちゃったんですよね。


 そんなことは無いと頭ではわかっているけれど、私の心が泣き叫ぶ。こんなところでもたもたしている間にデザートが無くなったらどうしよう!って。落ち着いて、次々と運ばれてくるから心配ないわって宥める私と、もう品切れになりそうな一品こそが一番美味しいヤツかも知れないぞぉ?って脅す私。そんな相反する私が心の中でせめぎ合っているのだ。


 それを抑え込みながら優雅に淑やかにと自分に言い聞かすも道は開けない。あぁ、海を割ったモーセのようにこの人垣を分断することが出来たらなんて思いつつ、とうとう涙が滲んだ目で辺りを見回していたら突然私の前から人が捌けていき、海割りをしたかのような一本の道が現れたのだ。


 あぁ神よ!理由は定かでは無いがあなたは私をデザートの並ぶテーブルへと誘っておいでなのですね、と一歩踏み出そうとした私は壮大な勘違いに気が付いた。これは私の為に出来た道ではない。反対側からこちらに来るために出来た道だ。そしてゆっくりと歩を進めてこちらに近付いて来たのは、金のモールで飾られた白い礼服を纏う輝くような金髪碧眼の持ち主、フランツ王太子殿下である。


 咄嗟に私は右と左、両方を振り向いて確認したが後ろには誰も居ない。けれども王太子は輝かしい王子様スマイルを浮かべてやっぱりこちらに向かっている。しかもどうやら目標地点は私の前らしく一切のブレなく私の目を凝視しているのだ。避けたい、避けて人垣の構成の一部になりたい。それなのに、何も言われていないのにそれが赦されないって理解できちゃうこの威圧感。これぞ王族オーラである。


 「向こうに行きたいんだけど、退いてくれる?」って言葉が掛けられるのを一縷の望みとしていた私だったが、王太子が敬々しく胸に手を当てそれも砕け散った。いくらなんでも王族がこんな態度で退いてくれと頼むことはあるまい。これは……この僅かに腰を折ってるポーズから繰り出してくるお言葉と言ったらば……


 「一曲お相手願えますか?テレサ・フランプトン嬢」


 必死に顔の引き攣りを堪える私の脳内では『この人ってホントに微妙!』という叫びが木霊していた。

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