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季節は巡り私はウォルターのスパルタ補習の甲斐あってトップの成績で二年生に進級した。名前がドーンと出てしまったけれど学級委員長も教卓の前のお席もキャロルのものであることには変わりがない。今学年も変わらず目立たずひっそり過ごせそうだ。
今年は去年社交界デビューを済ませたキャロルを筆頭にした大物貴族の令嬢達以外の大半の女生徒がデビューを控えており、堅物真面目な秀才集団、特別選抜クラスも近頃ちょっとざわついている 多少の違いはあれど大抵のデビュタントは社交シーズンの皮切りに王城で開かれる夜会でのデビューとなる。女生徒はドレスをどうするかとかエスコートは誰がするとか、そんな話に花を咲かせていた。
私?それが大変なんですよ。伯母が興奮するのは諦めていたものの、ジョシュアお兄様の婚約者のナタリー様まで参戦するとは想ってもみませんでしたもの。三姉妹の末っ子で子どもの頃から妹が欲しくてたまらなかったらしいナタリー様は、類似品の私が棚ぼた的にやってきて飛び跳ねて喜んだらしいのだ。そう、つまり彼女も同担なのだ。
伯母と肩を並べてカタログを覗き込みあーでもないこーでもないと話し合う二人は楽しそうだ。修道院育ちの私には疎い分野なので丸投げしたいところだけれど、突然二択から選べみたいなことを振られるのでそうもいかない。選んだところで所詮私の選択が採用されるとは限らないのが泣けるけど。
駆け落ちした母はこの家と決別する意思表示だったのかアクセサリー一つ持ち出さず全部残して行ったのだとか。激怒した祖父に全部売り払えと言われたが、亡くなった祖母は母が特に気に入っていたという品をこっそりと隠していた。それを託された伯母も大事に保管してくれており私が受け継ぐ事になった。その中からデビュタントの母が身に着けたというネックレスとイヤリングを手直しして使うことになったのだけど、そのせいでまた伯母様がやたらと泣くんですよ。伯母様ってほんとにお母様が大好きだったのねぇ。
都合の良いことにうちには従兄が二人もいるからエスコートを誰に頼むかは悩まずに済んだ。ジョシュアお兄様は婚約者のナタリー様をエスコートするので自動的にフィリップお兄様に確定だ。強いて言えばフィリップお兄様ってワイルドでかっこいいけれど繊細さには欠けるので、ダンスがガサツなのが悩みの種。しかも何でも感覚で覚えるタイプ。そして感覚で覚えちゃった間違いを修整する生真面目さは皆無だ。絶賛婚活中の今これは絶対に不味いので、せっせとダンスレッスンの付き合いをしてもらっている体で私が必死になって矯正中だ。お世話になっているんだもの。嫡男よりも難航しがちな次男坊の結婚の為なら一肌脱ぐってものですよ。
そして瞬く間に夜会の当日となった。兎にも角にも一番不安だったフィリップお兄様の怪しいダンスステップがほぼほぼお直しできて、もう既にやり切った感があるけれど本番はこれからってちょっと気が重い。それでも伯母様とナタリー様の入魂の純白のドレスはとっても素敵でついついニコニコしちゃったんだけれど。
「本当にアイリーンの生き写しだわ」
来るだろうなと覚悟はできていたがやっぱり伯母はそう言って泣いた。
伯母曰くデビュタントの母は地上に降りた女神のような美しさだったとか。その姿を思い返しながらうっとりと天井を見上げている伯母は崇拝者以外の何者でもない。伯母様、同じ日に同じ夜会でデビューしたあなたも凄い美人さんですよ?それなのにアイリーンが大広間に現れた瞬間にどよめきが起こったとか、男性達の熱い視線を独り占めしていたとか親友の自慢話ばかりを誇らしげに語る意味が私にはわかりません。
「悪いなぁステラ」
馬車に乗るなりフィリップお兄様が頭を下げた。何ってそれは涙腺が緩々な伯母についてだ。
「俺も最近知ったんだが、母が父の求婚を受けたのはアイリーン叔母様と姉妹になれるからだったらしいんだよ」
「…………」
私は絶句した。
伯父様って容姿端麗よ?それにとっても優しいわよ?そして伯爵家の嫡男だったんでしょう?そんな伯父様が優良物件たるあれこれではなく親友と姉妹になりたいから選んだなんて、お母様の事をどれだけ好きだったのよ?息子二人が成人した今でも仲良しでイチャイチャしているから良いんだけどね?
「凄い話ね……」
顔を引き攣らせた私に頷いたフィリップお兄様だが、直ぐにニカっといたずらっぽい笑いを浮かべた。
「それを知った時は俺も引いた。だけど考えてみればプロポーズを承諾してもらえたんだからそれもアリかなって気がするんだ。だからさぁ」
「駄目よ。私に友人はいませんからね。あのクラスはお昼休みに本とにらめっこしながらサンドイッチをかじっているような人の集まりですもの。挨拶は交わすし顔も知ってる。でも親しいお付き合いなんかしていないわよ?」
「よーく考えてごらん?一人くらいいるんじゃないか?ステラにキラキラした視線を送ってくる女子生徒が」
フィリップお兄様ってズボラで横着っていう典型的次男坊なんだよね。そしてちゃっかりしてて要領が良いの。
「居ないったら。フィリップお兄様、ステップは完璧になったんだから億劫がらずにダンスを申し込まなきゃだめよ?」
そして踊ったお相手に好感触を得たらテラスかバルコニーへゴーですよ?
フィリップお兄様は心底面倒臭そうに溜息をついた。背が高くてがっしりした体型に凛々しくワイルドなお顔なんだもの。本人さえやる気を出せば結婚相手は直ぐに見つかると思うんだけどな。そうやって面倒くさがっているのが悪いのに。
「でも、今日はステラのエスコートをしなくちゃならないから無理だ!」
「会場に入って二曲踊るまでで結構よ。私、お料理やデザートを楽しみにしていたんだもの。とっとと休憩室に移動して王城専属パティシエのデザートを堪能するの!」
高級ホテルのデザートブッフェ、休憩室と言う名前ではありながらその空間はあんな感じらしいのだ。なんならファーストダンスもサボって休憩室に直行したいくらいだけどこんなに気合いをいれてお仕度を整えて頂いた以上それだけは果たさないとという位の義務感は私にもある。
私の今夜の主戦場は休憩室だ。そしてフィリップお兄様は婚活に励むべし……私の意思を汲み取ったフィリップお兄様は目茶苦茶面倒くさそうに頭を掻いた。




