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 二十数年前の春、リサネラ王国の西の端に位置するこの街に流れ着くようにやって来た若い夫婦……それが私の両親だ。


 精悍な顔立ちの鍛えられた体躯を持つ夫と妖精のように可憐で美しい妻。そんな二人を見た街の人々は『ありゃあ駆け落ちしてきたお貴族様のお姫さんと騎士だな』と誰しもが思ったらしい。そしてドンピシャの大正解だった。


 いかにもぎこちなく慣れない暮らしではあったものの二人は幸せそうだった。夫は倉庫で真面目に働き妻は近所の主婦達に教えを乞い、時には失敗してしょんぼりしたり大笑いをしたりしながら家事を覚えた。なかなか子宝に恵まれなかったが、やがて二人が待ち望んだ新しい命を授かり月満ちて私が生まれ、夫婦は幸せに満ち溢れた家族になった。


 その年は異常気象だった。長雨続きで野菜が育たず市場に並ぶのは茸ばかり。どの家の食卓にも連日茸料理が並び続けた。


 ある朝、いつもの時間を過ぎても姿を見せない父を心配した仕事仲間達が様子を見にきてくれた。真面目な父が連絡なしに休むことなんて一度もなかったから、何か大変なことでも起きていなければ良いがと言いながら玄関の戸を叩くが返事がない。中から聞こえるのはか細い赤ん坊の鳴き声だけだ。


 顔を見合わせた仲間達はすぐさま体当たりをして戸をこじ開けた。そして目に入ったのは吐血し血塗れで事切れている父と母、それから泣き疲れて衰弱している赤ん坊の私だったという。


 畑の作物が収穫できなかった農夫達が、不馴れな茸狩りをして違いに気付かずに毒茸を市場で売った。そして何も知らずに買い求めた客が料理し毒に当たって中毒を起こす……その年はそんな事故が幾つも起きていたそうだ。それでもほんの少量で高い致死性と即効性を併せ持つ毒により食事中に亡くなった両親は飛び抜けて不運なケースであった。


 もしも遅効性の毒だったらば母に授乳された私も両親と共に死んでいただろう。だが私は一人遺され孤児となり街に一つだけある修道院に託された。十数名で運営する小さな修道院で60代から母と変わらぬ年齢まで様々なシスターがおり、色のない単調な暮らしにやって来た赤ん坊の私は彼女達の庇護欲を掻き立て忘れていた母性本能を甦らせたようだ。


 私は窮屈ながらも沢山の愛に包まれて育ち16歳になった。


 そんな私を立派な馬車に乗り訪ねてきたのはフランプトン伯爵家の執事だ。アッカーソンと名乗るその執事は院長に一通の封書を差し出した。


 それによると母は行方知れずになっていたフランプトン伯爵の妹だという。母が駆け落ちしたと知った先代の伯爵は烈火の如く怒り行方を探そうともしなかったが、兄である現伯爵は母を大層可愛がっていたのだそうだ。決して探すなと厳しく言い付けていた先代が亡くなると、早速母の足取りを追った。そしてとうとうこの街に辿り着き、両親の死と私の存在とを知ったのだという。


 「ステラ……いつかこんな日が来るのではないかと思っていました。あなたのお母様はどこからどう見ても貴族のご令嬢でしたのでねぇ」

 「…………そうなんですか?」


 実はその辺の事情について何も知らぬまま育ち初めてそんな事を言われた私は猛烈に戸惑った。


 ちょっと、何を仰っているのかさっぱりなのですわ!


 そんな私の髪色、瞳の色、顔かたち、体型、その他諸々一つ一つ確認するようにアッカーソン氏が見ている。それはあんまり気分の良いものではなくて、私の表情に不快感を読み取ったのかアッカーソン氏は慌てて『失礼いたしました』と詫びた。


 「やはりアイリーンお嬢様の面影が……と申しますよりも、アイリーンお嬢様に生き写しでございます。主もさぞや喜ぶことにございましょう」


 アッカーソン氏は理解が追いつかない私の前に進み出て恭しく一礼し、顔を上げると厳かに言った。


 「ステラ様、あなた様の伯父様がお待ちです。伯父様はステラ様を引き取り家族として迎えたいと申されております」

 「…………」


 私は首を傾げて黙り込んだ。何でだろう?この展開、知っていた気がするけれどどうしてかしら?


 え?…………待って待って待って待って!!これってやっぱり……


 「…………私……私って……ステラだわ……」

 

 はぐはぐと口を震わせ喘ぐように声を出す私を院長は気遣わしそうに見た。


 「そうですよ、あなたはステラです。アイリーンさんとケビンさんの一人娘のステラです。そしてそのアイリーンさんはフランプトン伯爵様の妹様に間違いないとこの手紙に書かれています。あなたはフランプトン伯爵様の姪御さんなのですよ」

 「……ですよね……」


 そうだ、そうなのだ。アイリーン・フランプトンのお兄さんはアイリーン・フランプトンの親友と結婚していて息子が二人いる。末っ子の娘さんは難産の末どうにか生まれて来たけれど直ぐに死んでしまった。そんな事もありお兄さんにとっては妹の、奥さんにとっては親友の忘れ形見であるステラを引き取りたいと望み、ステラは伯爵家の一員として暮らすことになる。


 というのがこの『物語』が始まる迄の概要だ。


 ネット小説『婚約破棄された悪役令嬢は若き公爵に溺愛される』の中で、王太子が悪役令嬢に婚約破棄を言い渡す根源となった小説中ネット小説のヒロイン、ステラ・フランプトン。今私はそのステラになっている。


 夜勤有りの職業で常に疲れていた。まともに料理をすることなく惣菜とかカップラーメンとか菓子パンとかそんな物でお腹を満たす毎日で。運動なんて何もせず休みの日はとにかく寝ていたかった。元々頭痛持ちだったが何だかどんどんひどくなっている気はしていたけれど……やっぱりそれかな?脳疾患のサインだったのかな?それなのに放置して不摂生で女子力の低い生活を続けていたからある日突然……


 大して良いこともない人生のまま終わっちゃったんでございますわね。シクシク。そして何の因果か小説の世界に転生しちゃったんだわ。


 その上私がステラなのが大問題だ。だってヒロインは単なる踏み台的なポジションで、この小説の主人公は悪役令嬢キャロルその人なのだから。



 


 

 

 

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