お店屋さんごっこ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
なぜ、多くの生き物には子供時代があるのだろう。
生まれた時に、親と同じ背格好でもってあらわれたのであれば、それは出産というより分裂といった印象のほうが強いだろう。
もちろん、小さくなければ母親のお腹から出てこれない、などのサイズ的な問題もあると思う。しかし、本当はもっと他の理由も潜んでいやしないか?
子供のときに、不思議な体験をする話は古今東西、よく耳にする。
そいつはたいてい、大人になるにつれて薄れ、弱まっていくこともお約束になっているが、ひょっとすると子供だからこそできる、その力が求められるからこそ、大人はあえて小さい分身を作るのかもしれない。
僕の小さかったころの話なんだけど、聞いてみない?
小さいころの遊びといったら、君は何を思い浮かべる?
僕の周りで流行っていたのは、おままごと。中でもどこかのお店屋さんを模した、お店屋さんごっこが、特に人気があったんだよ。
外とお店の中って、空気がガラリと変わること、多くない?
内装、お客の入り、店員さんのかもす雰囲気……様々な要素が考えられるけれど、僕は「くぐる」ことだと思っている。
お店の入り口にのれんとか、すだれがあるでしょ? あそこをかき分けて、ひょいと頭を下げながらくぐり、中へ入る。その所作が切り替えの合図だと。
いや、たとえのれんとか、すだれがなくても構わない。頭を下げて、その門扉をくぐることこそ、入店の雰囲気づくりだと僕は思っていた。
だからお店屋さんごっこなるものには、僕は強い関心があったんだよ。
で、その日の学校。友達のひとりに声をかけられたんだ。
放課後に「みやこうじ」の跡地で、お店ごっこをしようと言われたのさ。
みやこうじというと、僕の地元にあるスーパーの名前。チェーンで展開しているわけでもなく、かといって個人経営にしてはいささか規模が大きいお店だったように思う。
並みの市場を超えた存在であるなら、それは確かにスーパーマーケットでいいかなあ、とも考えるものの、僕はいささか首をかしげたくなる。
一点目は、跡地という言葉から察せられるように、みやこうじのスーパーはすでに閉店してしまっている。
平屋の建物は残っており、何かしらの事情があるのだろうけれど、中身はからっぽ。そこを使おうというのなら、さすがに不謹慎ではなかろうか。
そして不謹慎という点で、共通するのがもう一点。
彼の父親が、今は入院しているという話なんだ。本人から聞いたわけじゃないけれど、僕は母親からの情報で知っている。
話によるとかなり重い症状らしく、いつ発作が来て、致命的になるかも分からないのだとか。
そのような事態だというのに、遊びにうつつを抜かしていていいのか。
そう思いながらも、はっきりいうのははばかられる僕は、何とか断ろうとするも、彼はよほど自慢したいのか。しつこく僕を誘ってくる。
放っておくと、家までついてくるんじゃないのか、と思うしつこさだった。
「しかたないな。ちょっとだけだぞ」
こういう時は、ほんのちょっぴりだけ譲歩してやることだ。
とたん、彼は顔色をよくして、「先に行っている」とのたまう始末。確実に僕が来てくれるだろうことを疑わず、ぱっと校門の外へ飛び出ていってしまった。
これでそのままばっくれると、明日以降がつらい。人間関係は、その日そのとき限りのものとは限らないんだ。
やれやれと肩をすくめながら、僕はみやこうじ跡地へと歩いていく。
だが、実際にたどり着いて驚いた。
平屋のスーパーの窓という窓は、ベージュ色の画用紙でもってすきまなく目張りされている。
そしてかつて自動ドアがあったところの前には、この店の看板。二つの脚に支えられ、みやこうじの字をあしらった板の下には、細く切った紙たちによるすだれらしきものができている。
「こんなこと、勝手にやっていいのか?」という考えは、この時には浮かばなかったね。
ただひたすら、彼の凝り具合に感嘆するばかりだった。
すだれを押しやり、頭をぐっとさげて、僕はいまの「みやこうじ」に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ」と出迎えるのは、例の彼。
目張りをされて薄暗い店内ではあるも、ところどころに洗濯かごほどのサイズの入れ物に品々が入っているのが見て取れた。
ひょいと手近なものをのぞいたところ、まぐろの刺身を思わせる赤みらしきものの影が、山となってできている。この物体は何なのだろうか?
「今日のお勧めは、きくらげですよ」
そういって店の奥から、彼が指さすカゴがひとつ。
他のカゴたちは、色合いの微妙な違いこそあれど、赤がベースの物体が入っている。それに対し、彼がきくらげと評したものはなるほど、他とくらべると茶色じみた山ができている。
彼にすすめられた軍手と買い物かご。それに従い、軍手越しに僕はカゴの中身を、手元のカゴの中へ移していく。
山になっていたかと思ったのだが、いくらも取らないうちに、その下から他のカゴと変わらない赤みがのぞく。
「はい、本日はこれで店じまいですよ。お代はいりませんサービスです」
早く、早くといわんばかりに、彼に背を押されて店を追い出される形になる僕。
でも退店の直前に、彼に買い物かごをとられてしまい、陽の下であの物体を直接みることはかなわなかったんだ。
これが済むと、先ほどまでの凝り具合はどこへやら。彼はお礼のあと、早く帰るよう僕にうながし、店の片づけに入ってしまう。
いつもとは違うぞんざいさに、どこか違和感を覚える僕。それでも翌日の帰りには、母親から彼のお父さんが、無事に峠を越えたことを知らされたんだ。
あの入店と買い物、子供にしかできない病への対抗策だったのかもしれない。