第九話超大型防御結界
「手錠……か」
この手錠を壊すのはたしかに至難だ。全力で自身を強化しても、とても破壊できるとは思えない。
大聖女の能力でなんとか破壊出来ないだろうか?
「……そういえば状態変化の中に『軟化』と言うのがあったよな?……あれは無生物にも使えるのか?」
試しに手錠を軟化してみる。
「おっ!少し柔らかくなった」
今なら力づくで壊せるかもしれない。
「『魔法威力上昇』、『物理強化』、『身体強化』、『物理強化フィールド』」
ガーゴイルを倒してから新しく使えるようになった身体強化と物理強化フィールドも使って手錠を壊しにかかる。
しかし……
「やっぱり壊れないかぁ……そもそも手錠を柔らかくしてもゴムみたいになって壊れにくくなるだけだよな」
どうにかして脱獄しないといけないのだが……
辺りを見回して脱獄に使えそうなものを探す……
すると、藁のベットが目に入った。と同時に、脱獄の方法が浮かび上がる。
この方法ならもしかして……
思い至った俺は実行に移した。
「まずは、『魔法威力上昇』、『思考加速』、『加速』、『身体強化』、『物理強化』、『範囲回復結界』『痛覚鈍化』」
を自分にかける。
牢獄の中の石レンガを適当に取る。
壁のレンガはしっかりはまってるし、錬金術と魔法によって強化されているので外すのは不可能だが、床のレンガは簡単に抜ける。
床に穴を掘っての脱出は更に下に硬い鉄板があるので無理だが、このレンガさえ取れれば問題ない。
レンガを割って、そのかけらを藁の上でぶつけ合う。
すると、火花が散り藁に飛び散り燃え始めた。
「おー、よく燃えるよく燃える」
手錠を炎の上に置き、もう一度軟化をかける。
すると、炎との相乗効果で手錠は柔らかくなってきたので、そこから無理やり力を加えて形を変えた。
そうしてようやく外れたのだ。
炎で手が焼けそうだが、『範囲回復結界』によって回復し続けているので火傷もすぐに治った。
問題はめちゃくちゃ熱いことだけだ。
「さてと、同じ方法で鉄格子もいけそうだな」
藁を鉄格子に近づけて軟化をかける。
こちらも暫くしたら柔らかくなってきたので無理やり力をかけて、隙間を大きくする。
問題ない。あるとすればめちゃくちゃ熱いことだけだ。
人1人通れるくらいになった隙間から出れば……
「よし、脱獄成功っと」
あとはどうやって看守達の目を欺いて外に出るかだが……
「『認識阻害』」
この魔法によって認識を薄くすることができる。
しかし、所詮薄くする程度なのでこの程度ではまだ不安だ。
歩いて行くと椅子に座る看守がいた。
ここで騒ぎを起こす。
「『魔法威力上昇』、『射程延長』、『超大型防御結界』」
数ある魔法の中でも聖女にしか使えない魔法、それが超大型結界だ。
効果としては物理ダメージと魔法ダメージを緩和すると言うものだが、今回の目的はそれではない。
超大型防御結界は名前の通り大きさがとんでもなくでかい。
一般的な結界の半径は精々10メートルだ。
しかし、超大型防御結界は素の半径でも500メートルに及ぶ。
それを更に魔法威力上昇と射程延長で伸ばしているので、直径は10キロ近くになる。
中心で使えば王都を覆い尽くしてしまえる程の大きさである。
この結界が張られたことによって、城……いや、国中の人が混乱する。
看守も何事だと戸惑っている様子だ。
通り過ぎるなら今である。
そっと足を差し出し通り過ぎる……
認識阻害があるとはいえ、流石に目の前を通り過ぎるのだ。慎重にしなければいけない。
しかし、案外すんなり通してもらえた。
外が騒がしかったので、それに気を引かれたせいかもしれない。
ともかく、鬼門は突破した。
あとはこのまま逃げれば良い。
俺は自身に『加速』『魔法威力上昇』『身体強化』をかけて出来るだけ音を立てないよう走り出した。
城の中を走り回るとあちこちから声が聞こえてくる。
未だ超大型防御結界の効果は持続しているので、このままなら見つからないだろう。
しかし、問題なのは魔力だ。
魔法を使うには魔力が必要だ。
俺の魔力量は大聖女なだけあって、まだあまり鍛えていないのにそこらの冒険者の魔力量を遥かに上回る。
とはいえ、所詮職業を手に入れて数日しか経っていないので、まだまだ足りないのだ。
先程から魔法を連発していてもうじき魔力が空になるので、身体強化と加速と認識阻害の効果も切れてしまう。
そうなったら当然見つかるので早いところ王城……いや、王都から出るべきである。
そういう訳で魔力消費の多い超大型防御結界を消すことにした。
「解除!」
「な、なんだ?今のは一体……」
「なんだか体中から力が湧いてくるようでした」
「結界のようだったが……誰の結界だ?」
周りが結界が消えた事に驚いている。
暫くは混乱が続きそうなので、このまま王都の外まで出てしまおう。
俺は更にギアを上げて全力で走り出した………
………………………………
………………
……
「ハァッ…ハァッ……なんとか…逃げれたみたいだな」
あのまま走り続けて10分余り……ぎりぎり魔力が持って逃げ切ることができた。
ちょうど王都を出ると同時に魔力が切れたのだ。
しかし、休んでいる暇はない。
脱出の際に火を使ったので直ぐにでも俺が逃げ出したことがバレるだろう。
「少しでも離れなきゃ……」
そうしていると、後ろから声をかけられた。
「おい待てよ。お前だろ超大型防御結界を張ったのは」
振り返ると、そこには先程パレードで神輿に乗っていた勇者がこちらに剣を向けていた。
驚いたな……あの状況で俺の目論みを瞬時に見抜いてそこから追いつくとは。
「……勇者か。悪いけど今俺はお前の相手をしてる暇はないんだ。殺そうと思えば今すぐ殺せるが……見逃してやる」
嘘だ。先程魔法を使いまくったせいでもう余力はない。今の俺の身体能力じゃ5歳児にも勝てないだろう。どうにかハッタリで引いてくれる事を祈るしかない。
「はん!出来るもんならやってみろよ。僕は敵に容赦しないからな。痛い目見る覚悟しとけよ」
「一つ、勘違いしてるよ。殺すなんて言ったが別に俺はお前らと敵対するつもりは無い。俺に害がないのなら特にお前らにも危害は加えない」
「……信用できるか」
「そこは信じてもらうしかないな。現に俺はさっき超大型防御結界を張ったが、脱獄の為に混乱を起こすなら寧ろ超大型のデバフを与える結界を張った方が良かったはずだ。それをしなかったのは万が一それで死人が出るのが嫌だったからだ」
すると、その言葉に納得したのか勇者は剣を鞘にしまった。
「お、信じてくれるのか?」
「勘違いするな。たしかに危害を加えていないから敵ではないと判断しただけだ。状況次第ではすぐさま敵になるかもしれない事を忘れるな。それと最後に、僕の名前はレイナだ。お前の名は?」
「ソラだ。まあ次会う時は敵対しない事を祈るよ」
「僕もだ」
そう言って勇者は去っていった。
「ふぅ……危なかった。このままじゃ捕まって殺される所だったぜ。早いとこ逃げよう」
一悶着あったが、俺は脱獄を成功させたのだった。