8話 就職
就職が決定した後、ガルトニクスと互いに自己紹介をした。ずっと近くで話を聞いていた、タツノオトシゴさんも一緒に。
どうやら彼は、レヴィアタンという種族らしい。海龍を意味するという。
で、ここは龍宮城だった。それもそうか。
海の中にも国みたいなくくりがあって、この「国」は王制だ。そして王は世襲制ではない。
我こそが次代の王に!と志す者はとりあえず竜宮城で働いて、周囲と現王に認められたら次期王決定、というシステムらしい。
海洋生物が皆、喋って服を着て武器を扱えるわけではない。
普通の魚から突然変異として誕生する。魔力濃度が濃いほど、その確率は上がる。
人間とは比較にならないほど人口は少ないが、それでも領海内にいくつか街を造って生活している。
俺を捕まえた海鳥さんは、ウミガラスの変異体だった。知能は高くなく、メインの仕事はお使い。
タツノオトシゴさんは、ヘクターさんという名前の、この国の宰相だった。
「よろしくお願いいたします。ベニッピー様」
「ちょ、ま、...様なんて呼ばれたことないし、いいって!」
「自分より格上の方は、敬称でお呼びしたいのです」
「いや絶対、貴方の方が上だって!あ...じゃあ、さん付けにしてくれ。
この先俺が、貴方に尊敬されるような偉業を成し遂げたらその時こそ、好きに呼んでほしい」
「...承知しました。ベニッピーさん」
「ああ、よろしくなヘクターさん」
最初に、そんなやり取りをした。
慣れた呼び名はそう簡単には変えられないだろうと考えて。
だが、その心配も無いだろう。
「ベニッピーさんは、フナの変異体なのですか?」
と、ズバリとあてやがっ...指摘されたのだから。
「よくわかるな。俺の先祖は確かにフナだが、直接の親じゃない。
人間がフナの、色鮮やかな者やヒレの美しい者だけを交配させることを何代も繰り返し、その末に誕生したのが俺たちの一族だ」
「そうだったのですね。貴方のそのお力も、それ故と」
「いや、これはごく最近、強制的に与えられた能力だな」
一応自分から魔法陣に踏み込んだが、ノーカンだノーカン。
フムフムと聴いていたガルト…長い、もうガルでいいんじゃね?ガルが顔を上げる。
「と、いうと?」
「俺、昨日、別の世界から人間に呼び出されたんだよ。その際に貰った力だ。地上で生きていられるのもな。
何されるかわからなかったから、逃げてきたんだ。あー、貰い逃げしてちょっと悪かったかなぁ」
魔法陣から吸い取った能力を返せ!って追いかけてこないか、思い出したら急に心配になってきたぞ。
海の中まで来ないだろうな?もし来たらガルちゃん、味方してくれるよね?
「人間に召喚された?それも別世界から?」
「おう。珍しい事なのか?」
「...聞いたことすら無いね。召喚魔法は存在するけれど、当然同じこの世界から、対象者を指定して行うものだ。
未知の異次元から未知の対象者を指定して呼び出すなど、計り知れないエネルギーと技術が必要になる。
人間にも簡単に出来ることではないはずだ。
そうだよね、ヘクター?」
難しい顔で黙って聞いていたヘクターが頷いた。
「はい。その召喚には、かなりの労力を要したことでしょう。
問題は、それを行った理由です。
何故、異界の者が必要だったのか。...ベニッピーさん、貴方を呼び出した者たちは、本当に人間でしたか?
それと、何か言っていませんでしたか」
その問いかけに、俺はしばらく考える。
あいつらが人間かどうかなんて、考えもしなかった。この世界には、人間に似た人外が存在するということだろう。
肌の色や身体の形状など、ぱっと見ただけでは人間に見えた。
魔力はどうだったか。...そうだ、2度目の魔法陣に入る前しか見ていないから、わからない。
「すまん、人間に見えた、としか言えない。魔力の有無もわからなかった。
召喚された俺が魚だったのは、想定外の事態だったようだが」
本当に、もっと情報を得てくればよかった。
せめて場所の特徴だけでも覚えていれば違ったのだろうが、後悔は先に立たない。
「いえ、ありがとうございます。
詳細は推測しかねますが、少なくともベニッピーさんが呼び出されたことは、ここ最近の異変に関係しているのでしょう。
召喚した彼らが追ってこないとも限りませんし、注意だけはしておいた方がよろしいかと。ガルトニクス様」
「...あぁ。そうだね。外部の動向にはことさら注意を払うこととしよう」
なんだか、ガルの表情が重い。何か思い当たることでもあったのだろうか。
それにしても、俺が思っていたよりも事態は軽くはなかったようである。
「なぁ、やっぱり俺がここに居ると、そのうち迷惑を掛けそうな気がする。
深く関わる前に出ていこうか?親切なおまえらの手を煩わせたくはないんだ」
軽い調子で自然に口にしてみる。彼らが遠慮しないように。
すると、二人は顔を見合わせた。
「心外だね。既に、私たちは手に余る問題を抱えすぎている。今更君一人が仲間になったところで負担が増すとでも?」
「その程度の問題が、貴方の障害になるとも思えませんが。見損なわせないでください、私は早く様付けがしたいのですよ」
...うん?
予想外の返しが来た。それで、今、仲間だって言われた。
そうか、もう俺たちは仲間になったんだ。
なら、変な遠慮する方が失礼ってものだった。
「悪ぃ、ただの寝言だ。忘れてくれ」
「そうだったか。...よし、もう忘れてしまった。
それで、まず君にやってもらいたい事なんだけど...」
来た!初仕事だ。無茶を言われないかドキドキする。
「修行だ」
「修行です」
......。