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金魚戦記  作者: 悠布
1章 騰蛟起鳳
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5話 移動

 さて。

 ノープランで出てきてしまった。

 建物の外が、凶暴な空飛ぶサメの縄張りとかじゃなくてよかった。

 ...いや、まだその可能性はあるか。


 少しでも情報を集めてから慎重に事を運ぶつもりだったが、ままならぬものだ。


 建物から出たばかりだが、俺は一旦ヒレを止めて眼前の景色を眺めた。

 

 「自然のエネルギーに満ちている」

 その一言に尽きる。


 元の世界で住んでいた街とは全く違う。

 俺は、マンションの高層階の部屋の窓の傍に置かれた水槽に住んでいた。

 そこからは、街の景色がよく見えたのだ。


 あちらを一言で言い表すならば...そう、「人工物に満ちている」だろう。

 僅かな街路樹や植木は、人の手で設けられた土や囲いの中に根が閉じ込められる。

 大空に向かって必死に伸ばした枝も、無慈悲に断ち切られていた。

 

 風に乗って畑から飛んできた僅かな土に、小さな草が居を構えても、人に見つかれば無造作に引っこ抜かれていた。

 

 動物なんて、数種類の鳥くらいしか住んでいなかったと思う。

 俺だって、リョウタ様に迎えられるまで暮らしていた金魚屋以外の自然の魚の存在なんて、想像すらしなかった。


 

 だが、この世界は。


 本来、全ての生き物が持つであろう生命力が渦を巻き、あちこちで発生しては消失する。

 地面で、空で、花の上で、水の中で、たくさんの精霊が舞っているのが見える。

 

 そして大気の中に、以前は存在しなかった光が溶け込んでいることに気づく。

 光と言っても発光しているわけではない。様々な色に変化する、煙のような、水流のような動き。濃い箇所と薄い箇所があるようだ。

 不思議なことに、意識しなければ全然気にならない。

 

 これ、魔力だろうな。

 さっき俺も使ったから、すぐわかった。


「...っは!

 ぼけっとしている場合じゃない、逃げねば」


 とりあえず水中に戻りたい。

 川、池でも湖でもいい、どこか近くにーーー


 

 パクッ!


「え?」


 奇妙な音とともに、身体が猛スピードで動き出す。

 ...否、運ばれている。

 

 視野が360°近くもある俺は、瞬時に状況を理解した。

 

 鳥に銜えられて、最初の旅が強制的に開始されたのだと。






 かなりの速度で移動している。

 ただの金魚のままだったら、とっくに乾燥してお陀仏だったろう。


 油断した。そりゃあ、こんなキュートな生き物がぼんやり浮かんでいたら良いカモだよな。

 にしても、こんなカチコチの空飛ぶ生き物、捕まえても警戒して放棄しないか? 普通。

 

 ひょっとして...まさかこの鳥、アホなのか!?

 だが、あの建物から遠く離れられるのは好都合だった。


 眼下の景色はどんどん移り変わる。

 遠くに海が見えてきた。

 

 鳥が高度を下げ始める。


 なぬっ!?

 このまま行ったら、海面に突っ込むぞ!

 え、いいの? 俺は良いけど君いいの?


 と、思っていたら、躊躇うことなく海にダイブする鳥。

 懐かしき水の感触に、全身の鱗が歓喜する。

 

 でも、しょっぺぇぇ!

 海水魚さん尊敬するぜ!


 海中に入ったら、さっきよりも速度が上がったような気がする。

 この鳥の正体は魚だったとか...

 

 は無いだろうが、急に恐ろしくなってきた。

 何しろここは別世界。海そのものが、とんでもない危険地帯だったりするかもしれないのだ。

 

 そろそろ嘴からサヨナラすべきだろうか。

 ナニかのエサになる前に逃げ出すのが大前提で、最初から大人しくしているのだ。


 鳥はぐんぐん深く潜り、辺りが暗くなってきた。


 え、速すぎない!?

 まだ目が暗さに順応していない。逃げるにも、真っ暗な海中で放り出される方が危ない。

 状況変化が急激すぎて、タイミングを逃しまくっている。

 

 プルプルしていると、柔らかい布を突き抜けたような感覚がした。

 そして間もなく速度が落ち、やがて嘴が離れる。


 俺を運んできた鳥が、近くでUターンして去っていく気配がする。

 

 待って、こんなところで置いていかないで!

 と、追いすがる間もなく訪れる静寂。


 めっちゃ怖い。だが同時に、腹も立ってくる。

 いや、確かに大人しく運ばれたのは俺だし、最初に人間と建物から逃げ出したのも俺だよ?

 でもさ、なんか振り回されているよな。

 俺、悪くないのに。

 

 あ...でも、こちらの態度も良くないのか。

 ずっと受け身だったからこんなことになっているとしたら、自分の責任だ。

 

 ーーーならば、これからは能動的にいこうじゃないか。

 他者を振り回すくらいの気持ちでな。

 

 決意を新たに胸鰭を震わせていると、徐々に目が慣れて周囲の様子が見えてきた。

 

 さあ、なんでもかかってこい。

 僅かにイケイケになった(ニュー)ベニッピーが相手になるぜ。

 

 油断なく周りの気配を探る。

 次の舞台(フィールド)、そこは。

 

 ...無人のゴミ捨て場だった。

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