1話 金魚
―――シャッ!
という音と共に、暗い水底に沈んで眠っていた身体が、陽光の信号を受け取る。
部屋のカーテンが開かれたのだ。
ぐおぉぉ、朝日が目に突き刺さる!
あゝ、神は何故、魚に瞼を与えなかったのか。
「うーー、眩しい...
おはよう、ベニッピー。ご飯だよ~」
そう、声をかけてきたのは俺の主人の、リョウタさまだ。
彼はまだ眠そうな目を擦りつつも、慣れた手つきで朝一番のルーティンである「俺への食事提供」を行う。
水面に落ちてきた固形完全食に向かって、突き進む俺。
今日の食事は……あ、一番美味しい種類のヤツだ! やった、「イタダキマス」!
がっつき過ぎて喉に詰まらせつつ、ふやける前に急いで完食を目指していると、ガラス越しのリョウタさまがニッと笑んだ。
「うん、美味しいねベニッピー。本日も色艶良し、動き良し、病気無し!
知ってるか? 君が元気だとオレも元気になるんだよ。
じゃあ、今日も部屋の留守番、頼んだぞ!」
(わかった)
朝の外出用の地味な服に着替えたリョウタ様は、これまた地味で重そうなカバンを手に取って、部屋を出ていった。
扉の向こうから漂ってきた人間の食事の香りが、水に溶け込んでくる。
ちょっとだけ食べてみたい。
...だが、琉金の消化力では無理そうだな。
他の種類の金魚ならいざ知らず、俺の種族はすぐに消化不良を起こしてひっくり返るからな。
琉金の美しいフォルムは金魚界一位なのだが、野生的な強さにはやや劣る。
―――まぁいいや。日課をはじめよう。
広くはない水槽内を、一通り泳いで見回る。
…うむ。本日も砂利、水草、フィルター、置物すべてに異常はない。
東の壁面にはコケが生え始めていた。もう少し育てばおいしいおやつになるだろう。
ご主人さまに見つかって、こそぎ落とされなければよいのだが...
そうだ、同居者にも注意しておかなければ。
今はフィルターの側面を這っているタニシに、思念を飛ばす。
(あっちの若いコケは、後で俺が食う。避けて通ってくれ)
(......。)
―――返答は無いが、伝わったと信じたい。
少し昼寝をしてから、底の砂利を均一に整える作業に勤しむ。
一つ一つの小石を口でくわえ、丁寧に運ぶのだ。
しばらく熱中していたら、部屋の扉が開いた。
正面の壁に掛かったトケイの短い棒が、いつの間にか上を指している。
もう、明るい時間が半分終わったのか。
我が主のご帰還である。今日は帰りが早い日だな。
(おかえり)
と、フリフリと踊って出迎える。
俺の動きに目を細めたリョウタさまは、カバンを置いて服を着替えて―――
「さてベニッピー。今日は大掃除をするよ」
ニッコリ笑って、ごそごそと水換え用ホースを手に取った。
...懸念していた事態が起こってしまった。
仕方がない、コケはまた生えるのを待とう。
彼はホースでやや水を減らした後、俺の居る水槽を抱えて「洗面所」という小部屋まで移動した。
そして、柔らかいネットをそっと俺に近づける。
慣れたもので、ちゃんと自ら進んでネットに入る。
ふふん、当然だ。逃げ回ったり跳ねたりなど...ご主人を困らせることはしないのだ。
「ベニッピー、偉いぞ! ちょっと狭いけどこっちのケースで待っていてくれな」
水から出て、一瞬だけ空気がなくなる。
本当なら、すぐにまた息ができるようになるこの瞬間。
辺りが強烈に発光した。
朝日とはまた少し違う、不自然な光。
...眩しい!
眼に入る光量オーバーで、視界が白く閉ざされた。
短い一話目ですが、最後までお読みくださりありがとうございます。
「あー、魚はやっぱ苦手……サヨナラ」
「普通にサヨナラ」
という方はポイント評価 ★☆☆☆☆
をつけてから去っていただけると、大変助かります。
2ptも逃したくないという、作者の欲張りに何卒ご協力ください。