ラッキーアイテム
その男には素敵な彼女がいた。仲間たちはお前にはもったいない彼女だと口々に言った。男自身もそう思っていた。だから彼女の為なら何だってできた。彼女は男の全てだった。
ある日、彼女が言った。
「私、先日占い師の先生に視ていただいたわ」
「へえ?それで?」
「今の私のラッキーアイテムは銀色のライターだそうよ」
「それなら僕のライターを貸してあげるよ。あとで返してくれたらいいから」
「ありがとう。うれしいわ」
彼女はとても喜んでくれた。男も嬉しかった。
しばらくして彼女が嬉しそうに電話してきた。
「街を歩いていたら芸能プロダクションにスカウトされたわ」
「本当かい?凄いじゃないか」
「きっと、あなたが貸してくれたライターのおかげね」
そう言われて男は幸せだった。
「それは、君が美しいからだよ」
「また先生に診てもらったの。今のラッキーアイテムは水色のネクタイだって言うの」
「それも僕が持っているから貸してあげるよ」
彼女は喜んでくれた。しばらくして、彼女は嬉しそうに連絡してきた。
「今度、ファッションショーのオーディションを受けることになったの」
「そうなんだ!がんばってね。きっと合格できるよ」
男は自分のことのように喜んだ。何よりも彼女が喜ぶ姿が男に幸せを感じさせた。
「先生のところに行ったら、今のラッキーアイテムは北海道のマリモだそうなの」
「それじゃ。僕がプレゼントするよ」
男はさっそくインターネットで北海道のマリモを取り寄せて彼女にプレゼントした。
しかし、しばらくして彼女に会ったとき、彼女は元気がなかった。オーディションの為の練習がうまくいっていないらしい。
男は思った。
(阿寒湖のマリモは国の特別天然記念物だ。きっとネットで取り寄せた物は偽物だから効果がなかったに違いない)
男は週末、北海道へ飛んだ。人気のないまだ暗い早朝に懐中電灯を持って湖に潜ると天然のマリモを探し始めた。空が白み始める頃、ようやく卵ほどの大きさのマリモを見つけることが出来た。
「あなたのおかげでオーディションに合格できたし、ショーも無事に終わったわ。ありがとう」
「いやあ。君の実力だよ。おめでとう」
「それで実は今度、写真集とDVDが出ることになったのよ」
「そうなんだ。おめでとう!きっと売れるよ」
「それでまた先生に診てもらったのだけど、先生がおっしゃるにはブルーハイビスカスを持っていると良いそうなの」
「ハイビスカスか。僕が買ってきてあげるよ」
「本当?嬉しいわ」
男は花屋を探し回ってブルーハイビスカスを探したが何処の店にも置いていなかった。
調べてみると、ブルーハイビスカスは別名ライラックハイビスカスとも呼ばれアオイ科アリオギネ属の花だとわかった。日本ではまだその時期ではなく原産国であるオーストラリアでちょうど咲いていることがわかった。男は、さっそく休暇を取ってオーストラリアへと出国した。彼女の為ならまったく苦には思わなかった。
原産地のオーストラリア西部の町で聞いて回ると、海岸のほうで咲いているのを見たという情報を得た。さっそく海岸へ行き探していると崖の途中にひっそりと青紫色の綺麗な花が咲いているのを発見した。しかし、とても下から登っていけるような場所ではなかった。
男は雑貨屋でロープを買い求め崖の上にある大木に縛り付けると、少しずつ崖を降り始めた。足場が悪くなかなか先に進むことが出来ない。降り始めてから一時間以上が経過して体力も限界だった。そろそろ辿り着くはずなのに花が見当たらない。辺りを見回すと十メートルほど横に咲いているブルーハイビスカスを見つけることができた。どうやら目測を誤ったらしい。しかし、そこから花まで移動するための足場が見当たらない。登りなおして迂回する体力も男には残っていなかった。
男はロープをしっかりと体に巻きつけると体を左右に振り始めた。徐々に振りを大きくしていく。もう少しで花に手が届く。彼女の喜ぶ顔が目に浮かんだ。ついに花を掴んだ瞬間、男の体は宙に投げ出された。ロープが岩で擦れて切断されたのだった。
男は病院のベッドで目を覚ました。海岸に釣りに来ていた老人が男の悲鳴を聞いて助けを呼んでくれたのだと医師に聞かされた。幸いにも、途中の木がクッションとなり打撲と擦り傷だけで済んだ。
(花はどこだ!)
室内を見渡すと窓際の花瓶にブルーハイビスカスが活けてあった。気絶していてもその花を男は放さなかったと言って医師は笑った。
翌日になってもまだ痛みはとれなかったが、男は無理やり病院を出て帰国した。
彼女は男が命がけで取ってきた花をとても喜んでくれた。自分が花を手に入れるためにオーストラリアまで行き危険な目にあったことは彼女には話さなかった。彼女が喜んでくれる。それだけで男は満足だったし、心配も掛けたくなかった。彼女の幸せが男の幸せだった。
しばらくして彼女から連絡があった。発売された写真集とDVDの売れ行きが良くないというのだ。彼女は悲しそうだった。
今回もオーストラリアまで出向いて取ってきたのだ。偽物ではないのだ。考えてみれば当たり前かもしれない。所詮、占い師の言うことなんて当てにならないということだ。だからといって彼女を悲しませるわけにはいかなかった。
男はさっそく行動を開始した。近隣のあらゆる書店をまわり彼女の写真集とDVDを買い漁った。さらにインターネットでも複数のアドレスと偽名を使い大量に購入し、レンタルボックスを借り保管した。かなりの借金ができたが地道に返していけばいい。それよりも彼女の笑顔のほうが大切だった。その甲斐あってか、彼女は今一番売れているモデルとしてテレビのレギュラー出演も増えていった。
「今度大手の化粧品会社のCMキャラクターに抜擢されたのよ。私がイメージにピッタリだそうなの。あなたには本当に感謝しているわ」
彼女は満面の笑みで話した。男もこの上なく嬉しかった。彼女がこんなに喜んでいるのだ。男はこれからもずっと彼女のために尽くしていこうと心に誓った。
「先日また先生のところに行ってきたわ」
「そうかい。今度のアイテムはなんだい?」
「先生は仰ったわ。今のラッキーアイテムは新しい恋人だそうなの・・・」
そう言って彼女は男から去っていった。