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6話 コージー村の人々です

「まず、この商店街から行きましょうか」


 アナは、まずこのカフェがある商店街から案内してくれるという。この田舎も過疎化しているのか、商店街は空き店舗がいくつもあるようで、賑わってはいない。


「ここはさっき言った本屋のロブの店よ」

「はあ、けっこう素敵なお店ですね」


 カフェのすぐ隣にある書店はレンガ作りのレトロな雰囲気な外観だった。紺色の屋根がシックでオシャレだ。遠目からも本棚に背表紙が見える。中には灯りがついていて、人影が見えた。


「こんにちは。ロブさん」


 店に入り、まずアナが挨拶した。店の中はアロマオイルを炊いているのかレモンの良い香りがして、私の緊張感は薄らいでいた。


 大きな本棚にはびっしりと本が詰め込まれている。日本の書店と違って、小説や雑誌類はほとんど無いようだ。辞書や図鑑ばかりでロマンス小説好きの私は、少し残念に思う。とはいえ、背表紙だけでも本のデザインが格調高いオシャレさがあり見惚れる。


「お、アナか。こんにちわ」


 店の奥から白髪の老人が出てきた。おでこの毛はほとんどない。髪の様子の割には背筋がしっかり伸び、体格がいい老人だった。重い本を運ぶ書店の仕事は身体も鍛えられて居るのかもしれない。


「うん? その人は誰だ?」

「この方は杏奈さんと同じ転移者よ」


 そう言ってアナが、事情を説明したが、ロブという男は目を丸く驚いていた。西洋風の濃い顔立ちのせいか、驚いた顔も大袈裟に見えた。


「あぁ、そうかい。それは大変だったな。名前は?」

「藤崎真澄です」

「そうか、マスミか。俺は、転移者の身元を保証する仕事もしているので、頼るといい。俺はロブという名前だ。よろしく!」


 気さくに笑っているロブをも見て、私はだんだん安堵していた。一時はどうなる事かと思ったが、こうして転移者に理解があるようで安心である。翌日、ロブや杏奈先生と一緒に村役場に行くことが決まった。


「ところで、マスミは本は好きかい?」


 ロブは立派な本棚を指差しながら、言った。こんな本棚を見せつけられてしまうとシンデレラストーリーのロマンス小説が好きだというのはちょっと恥ずかしいが。


「恋愛小説というかロマンス小説が大好きで…。こういう硬い本はあんまり読みませんね」

「そうかい」


 本屋を否定するような事を言ってしまったのに、ロブはあまり不快な表情を見せなかった。むしろちょっと笑顔である。性格も良い人なんだろうと思い、私はさらに安心した。


「私も本好きじゃないないな」


 アナも言う。


「そう言うなって。読みやすい植物図鑑や動物図鑑はどうだい?」


 ロブの話が長くなりそうだったので、アナと一緒に書店からはお暇する事にした。


「次はどこ行く?」

「うーん、隣のパン屋はダメ」

「どうして?」


 書店の隣にはパン屋があったが、アナは渋い顔をしていた。


「ミッキーが運営しているパン屋なんだけどね、あんまりアンナと仲が良くないのよ」

「え? どうして?」


 杏奈先生はどちらといえば人に好かれやすいタイプに見えるので驚いた。


「色々あるのよ。詳しいことは後でアンナに聞いてね」

「はぁ」


 よくわからないが、私はとりあえず頷いた。

 次は、パン屋の向かいにある「リリーの雑貨屋」だ。


 赤い屋根の可愛らしい外観の雑貨店だった。店の前には、女性の服やストールなどが置いてあり、華やかで可愛らしい雰囲気である。


「ここはリリーがやっている雑貨店。意外となんでもあるのよ」


 アナに案内されながら店内に入る。店の中は、文房具や木の置物、アクセサリーや石鹸や入浴剤などの化粧品もあった。どれも華やかで可愛らしい。もっとも日本のものに比べればデザインは素朴であるが、そんな日本人でも「可愛い」と言ってしまうような魅力がある。


「あら、アナちゃんじゃない。こんにちわ」


 店にはやや太った女性がいた。派手な花柄のワンピースがよく似合う。顔のパーツも派手で濃く、存在感がある女性だ。おそらく40代ぐらいだが、そんな老け込んだ雰囲気がなく、明るいオーラを感じる。


「こんにちは。リリーさん。こちらはマスミ」


 アナは私の事情を説明すると、目を丸くして驚く。


「あら、嬉しいわ。こんなコージー村にきてくれるなんて。私はリリーよ。あ、当面服も必要じゃない?」


 リリーはいったん店の奥にいくと、大きな麻の袋を持って戻ってきた。そこには、服や下着が入っている。当面の間は困りそうにないぐらいの服が入っていた。


「これ、あげるわ」

「良いんですか?」

「何?」


 私もアナも同時に声を上げた。


「いいわよ。困った時はお互い様じゃない?」


 そう言ってリリーはウインクした。


 シャイな日本人ではしないような仕草であるが、こんな風に優しくされて胸がいっぱいになる。一時はどうなる事かと思ったが、概ね村の人たちは親切そうである。


「困ったらいつでも言うのよ」

「ありがとうございます」


 ちょっと涙目になりながら、私は呟く。


「それにしてもこんな村に来てくれるなんてね」

「そうね。リリー、大変だわ」

「?」


 二人は一体何を話しているのかわからない。


「こんな村って何かあるんですか?」

「あぁ。それはね」


 リリーもアナも苦笑していたが、これ以上聞き出す事は出来ない様子だった。


 最後にリリーにハグされて、頬にキスまでされて出た。やはり日本人には無いような人との距離感があるようだ。あまり異世界っぽくは無い場所ではあるが、こういう所はやっぱり違うと感じる。


「次はどこ行くの?」

「そうね。教会にいきましょう。礼拝の後、聖書の勉強会をしているからまだ人が残っていると思う」


 アナはもう大方商店街は紹介したともいうので、二人で教会に行くことになった。


 教会は歩いて十分ほどの場所にある。


 周りに湖と森もあり、まるで絵本にでも出てきそうな可愛らしい外観の教会だった。こんな場所で結婚式が挙げられたらロマンチックだなとロマンス小説好きの私は思う。というか、こんな異世界にまでキリスト教が根付いているなんて恐ろしい神様である。


「こんにちは!」

「こんにちは」


 アナの明るい挨拶につられて、私も挨拶しながら教会の礼拝堂に入る。信徒席には何人か座っていた。礼拝堂はシンプルそのものの作りで、教壇にピアノがあるだけだ。壁には木製の大きな十字架が掲げられているが、窓が大きく日差しが入るので明るい雰囲気が満ちている。ステンドグラスやマリア像もないので、宗派はカトリックではなくプロテスタントのようだ。


「あれ、アナちゃんじゃない。この方は?」


 この中でも一番上品そうなおばあさんが、アナに声をかけた。


 先程のようにアナが事情を説明して、私が自己紹介をした。


「あらあら、そうなのね。転移者なのね。私はクラリッサよ。この教会の先の屋敷に住んでるの」


 人の良さそうでいて上品なクラリッサの笑顔に私はホッとする。高齢の女性だが、背筋が伸び、服もパリッと綺麗な薄紫のスーツで品がいい。


「クラリッサおばさまは、お金もちよ」


 アナが付け足すように言うと、クラリッサは声を立てずにふふふと笑っていた。


「こちらは牧師さん!」


 アナはクラリッサの隣に座っていた牧師に話をふる。35歳ぐらいで牧師の黒い服がよく似合う男だった。清潔感もあり、タレ目はとても優しそうだ。


「はじめまして。マスミ。僕はエディと言いますが、みんな牧師さんって呼びますね」

「牧師さんってそんな名前だったけ? 忘れてた」


 アナは若者らしくキャッキャとふざけていたので、この場の雰囲気は非常にユルいものになる。


「はじめまして。私は、ジャスミンね。よろしく」


 最後に奥の方に一人で座っていた女性に挨拶された。ただ、アナとは雰囲気が全く違って知的そうな雰囲気だ。メガネをかけ、自分と同業者のような匂いも感じる。歳も私と同じぐらいの30代ぐらいで親近感を持つ。


「ジャスミンは私の姪でね。この村で司書をしてるの」


 クラリッサが言う。司書ということは、同業者ではなかったわけだ。


「まあ、うちにある本は歴史の本多いけど、恋愛小説もあるからね」


 その言葉に私はとても反応する。


「本当ですか?」

「今度うちの図書館にくるといいわ。館長も私でけっこう自由にやってるの」


 そう言われると行かないわけにはいかない。後日落ち着いたらジャスミンに図書館にも行くことを約束した。


「マスミは恋愛小説が好きなのね」


 アナがいう。


「いわゆるロマンス小説ってやつね。硬い歴史や図鑑なんかは苦手かな…」

「ふーん、そうなんだ」

「聖書には興味ないかな…」


 話を聞いていた牧師さんは、ちょとシュンとした顔を見せる。


「これはもしかして牧師さんのメモ?」


 私は例のメモを見せた。


「ああ、これは私のですよ。エレミヤ書の一章五節ですね。私は時々御言葉をメモするのが好きなんで」

「返しましょうか?」

「いえ、捨てちゃってくださいよ」


 そうは言っても捨て難い。というか、転移してすぐに見つけた英語のメモで、あの時のホッとした気持ちを思い返すとなかなか捨てられないとも思う。


 その後しばらくみんなで雑談していた。天気や農作物の話ばかりでこの村はとても平和そうだ。


 ここにいるメンバーはみんな素朴か上品なタイプなので、私も初対面の割には緊張せずに笑って話せた。


「このクソ教会!」


 そんな言葉が礼拝堂に響いた時は、私は耳を疑った。

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