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4話 すでに先輩転移者が異世界でカフェを経営してました

 カフェのような建物が目についた。あまり大きくはないが、オープンテラス席もあり、黒板風のボードが店の前に置かれている。英語でもメニューが書かれていたが、「おにぎり」「リョクチャ」とある。


 もしかしたらここは異世界では無いのかもしれない?


 建物のデザインを見ていると日本では無さそうな雰囲気はあるが、そう遠い異世界では無いのかもしれない。


 私はすっかり安心し、このカフェに入店した。中は、テーブルとイスが四セットずつある普通のカフェだった。


「嘘、杏奈先生じゃないですか。どうしてここに居るんですか?」


 カフェの中には、杏奈先生がいた。髪をまとめ、エプロン姿。心なしかその姿が板についている。客商売らしい爽やかな笑顔を浮かべ、英語教師だった時の姿の面影はない。


「え、どうして真澄先生がここに?」

「どうしてって…」


 何が何だがさっぱりわからない。ここに杏奈先生がいる事自体、どういう事?


「まあ、とりあえず事情をききましょうか。座って」


 杏奈先生は、テーブルを指さす。


「座っていいんですか?ここカフェでは?」

「ええ。今日は村のみんなは日曜礼拝に出かけてしまっているから、どうせお客さんはほとんど来ないのよ」


 日曜礼拝というと、やっぱりこの世界には教会があるようだ。異世界といっても、現実世界とそう差はなさそうだ。カフェに店内には電気もあるようだし、そこまでの文化レベルの低さも感じない。


 杏奈先生は温かい緑茶を出してきて、一緒に座って話し始めた。


 緑茶は乾いた喉に染み込んでいくようで美味しかった。緑茶があるという事は、やっぱりファンタジー感が薄れる。こんな時に不満を持つものでは無いが、ちょっと残念だと思ってしまう。


 私は杏奈先生にこれまでの事情を全て話した。


「どうしてこんな事に…。私は帰れるのかどうか」

「あなた、エレミヤ塔の開かずの扉のところに行ったのね」


 ちょっと不快そうに杏奈先生が呟く。何がそんなに不快なのかはわからず、私はただただ首を傾けるばかり。


「本当、ここはどこなんですか? 異世界ですか?」

「ええ」


 杏奈先生は、特に驚きもせず平然と頷く。


「えー、どういう事ですか。意味がわからないです」

「わかったわ。全説明する」


 お茶を少し啜った杏奈先生は、ゆっくりとこの世界について説明し始めた。


 この国はザレナ王国という名前で、代々王族が支配していた。


 ところが数百年前の王宮魔術師が、私達のいる現実世界から何百人もの人間を召喚。私達のいる世界からの技術が欲しいがためにやっていたそうだ。


 ただその中にもクリスチャンが多く、この世界でも伝道し始めて、魔術師や魔法を全部滅ぼし尽くしてしまったそうだ。改心した魔術師が続出し、キリスト教が一気に広まっていく。聖書では魔法や魔術は神様が忌み嫌う禁止されている事であるし、その力は悪魔からのものである事に気づいたそうだ。


 それでも多くの技術がザレナ王国に持ち込まれ、発展しているらしい。語学も使いやすくてわかりやすい英語がすっかり定着しているだという。


「そんな魔法とかって信じられませんよ。私や杏奈先生は召喚されたって事ですか?」

「うーん、それは無いと思うんだけど、一説によると磁場は歪んだ場所などは、こちらとあちらの世界は行き来できるとか」

「じゃあ、帰れるんですか?」

「それは無理ね」


 杏奈先生はキッパリといい、私の希望は打ち砕かれる。


「まあ、ここは英語も使えるし、電気もあるわ。水道は井戸水。パソコンと携帯はないわ。まあ、日本の昭和ぐらいの文化レベルだけど、不便はないわよ…。ちなみにこの村はコージー村といって都会に出るのは2時間ぐらいかかるわね」

「そんな〜」


 ひどい世界ではない事はわかるが、このまま帰れないとは。単なる同僚であった杏奈先生が今は頼もしく見えるが、未来を考えると不安でしかない。


「でも緑茶はあるんですね」

「ああ、これが私が特別なルートで手に入れたものだからね。日本食は基本的に食べられないわよね。まあ、お米はあったから、私はこうしてカフェでおにぎり出しているんだけど」

「なんで杏奈先生はカフェなんてやってるんですか?」


 杏奈はため息をつきながら、事情を説明し始めた。この世界の料理はクソまずいのだという。パンは硬く、野菜は甘みもなく虫も付いている。米は食べられないものだと決めつけられ、家畜のエサになっていたとか。ケーキなどのスイーツもあんまり無いのだという。


 都会である王都に行けば少しはおいしいものもあるらしいが、この田舎のコージー村でおいしいものはほとんどない。この世界の転移者は技術者ばかりで、食事などの文化はあまり発達していないらしい。


「だから、カフェやって居るんですか?」

「ええ。そんな異世界転移ものの小説もあったでしょ」

「私はロマンス小説ヲタクなので、異世界ものはあんまり読みませんが。どうやって場所やお金を用意したんですか?」

「ああ、この村の金持ち未亡人に気に入られてね。クラリッサおばさんって言う人なんだけど、好きにやったらいいって協力してくれたのよね」

「へぇ、ぜいぶんと気前いいですね」

「お陰で異世界でも自分の食い扶持ぐらいは稼げるって言うわけよ」


 杏奈はクスクスと笑っていた。


「この村の人たちがおいしいものに飢えているから、結構商売しやすかったわね。パンケーキやぐらいでも珍しいって喜んでくれて。おにぎりも大好評よ。これまで日本人の転移者はほとんどいないみたいだから、これは本当に珍しがられたわ。クッキーぐらいはこの村でもあるらしいけど」


 杏奈先生は、少々邪悪な笑みを見せてきた。


「あなたもあっちの世界で得た知識をもとに何か商売すればいいじゃない」

「そんなの無理ですよー」


 そうは言っても私ができることといえば英語ぐらいしか無い。しかもこの世界は英語が公用語化しているようなので、生活には不便では無いが、特に生かせるスキルでは無い事を察する。杏奈先生のように料理ができれば良いが、そんな特技もない。


「杏奈先生、私どうしましょう…」

「ま、とりあえず私と一緒に生活しましょうよ。他に行く場所もないでしょ。あとで、村の人達も紹介するわよ」

「うわーん、お願いします」


 私は涙目になりながら、杏奈先生に言った。今は杏奈先生の言う事を従う他ないようである。

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