40話 犯人を捕まえなくては!
やっぱり自分の推理は間違いじゃない。その確信が強まり、心臓はドキドキ高鳴る。ワクワクしているから高鳴っているわけではなく、嫌な緊張感でそうなっているわけだが。
魔老婆は関係無い?
その謎がポツンと残ったとき、魔老婆が私がいる手芸品の屋台に近付いてきた。私は、彼女に見られているかのように思い、緊張してジャスミンから貰った紙袋の中身をぶちまけてしまった。
魔老婆はニヤニヤと笑い、その隙をついてマリエのマスコットをポケットに入れて走って行ってしまった。
「あっ!」
魔老婆は当時お金を払っていない。万引きである。
私は気づくと魔老婆を走って追いかけていた。チャリティー目的のバザーで万引きなんて許しがたい。犯人のパクリ行為で頭に血が上っていたが、この魔老婆の行為も黙って見ているわけにはいかない。
あんな腰の曲がった皺だらけのババアなのに、逃げ足は速い。教会から一気に湖の方まで逃げていた。
「おい! マスミ!」
ミシェルも走って追いかけている。
「あの占いバアアが盗んだの俺も見たぞ!」
「あなたも!? 本当、なんなの占い師…」
私達は二人で走って魔老婆の背中を追う。私は教師という職業柄、激しい運動はしないが生徒の前で声を毎日張り上げていたし、この不便な村のお陰で意外にも運動不足が解消されていたようで、息が上がるがバテるほどではない。
ミシェルは不便なこの村の人間らしく、やっぱり足は遅くなかった。魔老婆もこの村の不便さに脚が鍛えられているのかもしれない。こんな俊敏に走れるのなら、杏奈先生を刺し殺す体力もありそうに感じてしまう。犯人の目星はつき確信も強くなっているが、魔老婆が犯人だとしてもおかしくない気分にさせられる。
湖のほとりを抜けて、昨日来た薄暗い森に入る。昼間とはいえ、鬱蒼とした木々のおかげで視界が悪くなる。
「あの占いバアア、どこ行った?」
「わからない…」
魔老婆は私達の予想よりも俊敏で、見失ってしまった。
「でも、あそこ見てよ。家があるわよ」
近くに赤い屋根の古びた家があった。蔦がからまり、壁や屋根はボロボロ。家というより山小屋のようだ。
「あそこが占い師の家かもな。行ってみるか」
「ええ」
ちょっと怖い気持ちもあったが、ミシェルもいるので同意する。まあ、ミシェルは背も低く、まだ少年のような若い雰囲気の男なので頼り甲斐があるわけでは無いが、一人でいくよりよっぽマシである。
「チェリーおばさんいるか? 怒らないから出てこいよ」
明らかに怒りながら、ドアをノックするミシェルに私は苦笑してしまう。
「いないみたいね」
「いや、居留守使ってるかも。全くチャリティバザーで万引きするなんて最低過ぎるわ」
ミシェルはちょっと乱暴にドアを開けた。鍵はかかっていないようだ。
「なんだ、この家は」
「変ね…」
魔老婆の姿はないが、家の中は何かが腐ったような嫌なにおいがする。
玄関をぬけ、一番大きな部屋に入ると私とミシェルは言葉を失う。
そこには、何かの動物の死骸が積み上げられていた。死骸はマリエのようだ。腐ったような匂いはそれが原因のようだが、死骸のそばの床には魔法円が黒いインクで書かれて、何かの呪符のようなものは壁にいっぱい張り付けてある。
それだけでなく、あの扉の絵も張り付けてあり、さらに私は驚く。しかもその扉は少し光っていて、生き物のような息吹を感じ、今にも開きそうな様相を見せていがすぐに消えた。
「何? これ、動物の死体も…」
「おそらく悪魔崇拝儀式でもやっていたんだろう」
「なにそれ?」
ミシェルが言うには、動物や人の死体を捧げる事により悪魔に願いを叶えてもらう儀式が実際にあるらしい。
クリスチャンであるミシェルはこう言った儀式は聖書で禁じられた行為であると説明する。
「どういう事? あの占い師は何を悪魔から貰っていたの?」
「わからない」
ミシェルは首を振る。
「願いが叶うかもしれないが、悪魔に魂を売る危険な行為だぜ。こんな儀式いまだにやってるなんて。てっきり滅ぼされたと思っていたよ。まあ、この国にもカルトやニューエイジ思想も一応あるんだよな…」
ミシェルの話を聴きながらこの扉は日本と繋がっているのではないかと思う。杏奈先生は殺人事件を解決するたびに扉が開くと言っていたが、もともと扉が魔老婆が開けていて、それを杏奈先生が見つけて利用しただけかもしれない。
日本に帰れるかもと淡い期待も持つが、動物の死体を見るとそんな気分は失せる。その為の動物が捧げられるなんて可哀想だ。こんな危険な儀式には絶対関わりたくない。
「しかし、キモい儀式やってるな。こんなんで願いが叶って嬉しいのか?」
ミシェルも顔を顰めている。
自分がこの世界に来たのも、魔老婆に変な儀式が原因なのかもしれない。とんだ迷惑な事ではあるが、心底関わりたくないと思う。
気持ち悪い事だが、転移の謎も解けた。杏奈先生もきっと巻き込まれてここに来たのだろう。
杏奈先生と犯人は共謀しているとばかり思っていたが、違うのかもしれない。共謀していたのは魔老婆と犯人で、こうやって変な儀式を重ねがらここと日本(アメリカとかの可能性もあるが)、行き来を重ね小説をパクって荒稼ぎをしていたのだろう。
ようやく事件の全貌が見えてきたが、まだ犯人を捕まえたわけではない。自分が日本に帰れるかはもはやどうでもいい。早いところ犯人と魔老婆を捕まえなければ。
「ぎゃあああああ」
ちょうどそこに誰かの悲鳴が響いた。
「何?」
「行ってみよう!」
私はミシェルと一緒に外に出る。悲鳴は家の裏手で響いていたはずだった。そこへ行くと魔老婆が頭から血を流して倒れていた。
「まだ、息がある!」
ミシェルは血で汚れるのも気にせず、魔老婆を担ぐ。少年のような体格なミシェルだが、小さな魔老婆は楽々と担ぐ。
「とにかく俺は、医院に行く!」
ミシェルはさっきよりもかなり早く走って行ってしまった。私は混乱してよくわからないが、これが最善だろうと思った。どうか助かってほしい。祈るような気持ちだ。
この場に私は一人残される。
土には魔老婆の血がベッタリとついていた。それを見ていると恐怖心しかない。犯人はすぐ側にいる可能性が高い。
「ミシェル…」
恐怖で彼を呼んでみたが、今はそれどころでは無いだろう。
足音が聞こえた。
私は恐怖で両目をぎゅっと閉じるが、ここにずっと固まっているにはいかない。
恐怖だけでなく怒りも感じる。私の大好きなロマンス小説をこのな風に悪用していたなんて。
私は、『愛と薔薇と夢の果てに…それは永遠』のイケメンヒーローを思い出しながら、どうにか冷静さを保ち振りかえる。
「ロブ? こんな事をしたのはロブなんでしょう?」
思い切って叫ぶように言う。こんな時だったので、英語の文法や発音はだいぶおかしいに違いない。
それでもそこのいた人物には通じたようである。
「そうだよ、お嬢さん!」
そこには人の良い老人のようなロブの姿はどこにもなかった。両手は血で真っ赤に染まっていた。まるで狼のような顔で私を見ていた。




