38話 私はすごくありません
夕飯は、パン、チーズ、ローストビーフ、ポタージュスープにサラダだった。昨日は、私が来た初日であった為に豪華がビーフシチューではあったが、基本的にこう言ったら質素な食事らしい。
この土地に来たばかりだった時なら、こんな食事に不満を持ったかも知れないが、だんだんと慣れてきた。パンはふわふわというよりも、噛みごたえのあるものという価値観に変わったきた。1週間近くここにいれば少しずつ慣れていくのかもしれない。それに殺人事件も捜査中という事で、気が張っていて食欲もそうあるわけではない。
「マスミ、事件の捜査は進んでいる?」
牧師さんはパンに野菜やローストビーフを挟みながら話す。この食べ方がお気に入りのようでいつもよりニコニコしながら食べていた。
「犯人らしき人はようやく目星がついたの」
私は牧師さんだけでなく、ミシェルにも自分の推理を披露した。推理とは言えない憶測じみていたが、みんなの意見も知りたかった。
ちなみに子供であるアビーやジーンはこの話に興味が無いようで、ジュースペーストを塗るパンにハマって夢中で食べていた。
「そっか、あの人かぁ。一応筋は通ってるじゃん、マスミ。確かに一年ぐらい前から、軽めな小説が王都で流行ってる。昔は、もっと哲学的で高尚な文学っぽいのが小説の主流だったけど」
意外にもミシェルは、私の推理に肯定的だった。
「しかし『トリップ!』がパクリの可能性があるのかよ〜。そっちの方が俺はショック!」
「まあ、それについては証拠が無いんだけど、そう思うと辻褄があってしまうのよね。犯人はもともと作家業もやっていたみたいだし」
「マスミの国では、どういう小説が流行ってるんですか?」
牧師さんも興味はあるみたいだった。
「異世界いったり、何度も生まれ変わって別の世界に生きる異世界転生っていうファンタジーが流行ってるね。まあ、私も読んだ事はないからよく知らないけど」
「転生? そんな思想があるんですか…。私なんかは罪深い人間なんかは二度と生まれ変わりたく無いですね。それこそ軽く地獄ですね」
「うちらは永遠の命をイエス様から頂けるから、そういうのはちょっと意味わかんないな。死んでもクリスチャン同士なら天国で再会できるし、永遠に神様を賛美できる天国に行った方がが良いじゃん。まあ、死んだら全員神様の裁きがあるけどね」
牧師さんとミシェルからは転生という概念は不評だった。確かにクリスチャンからしたらよく分からない思想だろう。ちょっとスピリチュアルっぽい思想だが、なぜか小説などのエンタメではポップに演出されて広まっている。解釈次第ではインドのカースト制度のような身分差別やオウム真理教のような虐殺を産む可能性もある思想ではあるが、「死」に対してナイーブな解釈をしている日本人と相性は良いのかも知れない。
そういえばタイトルに余命〜年とあり、生命の儚さを謳った泣ける小説は日本独特で、洋書ではあまり売っていない。特に西洋では「死」に対てドライな雰囲気だ。永遠の命があるという聖書の教えが根付いてる国と無宗教の日本では「死」の捉え方も180度違うのかもしれない。牧師さんやミシェルが殺人事件にあんまり動揺していない理由は、そんな考え方の影響もあるかも知れない。キリスト教式の葬式は意外と明るい雰囲気というのも聞いた事がある。
私はパンにチーズを挟んで食べる。確かに硬くて酸味のあるパンと濃厚なチーズはよくあった。最初はあまり美味しいとは思えなかったが、だんだんと慣れてくる。郷に入れば郷に従えだ。不味いと思ったのも単純に慣れていないせいだったかもしれない。
「でもマスミの推理だと、犯人はアンナと共謀していた事になるね? そんなアンナもカフェをしながら、翻訳作業出来る? その作品ってニホンゴで書かれてるんでしょ?」
「まあ、英語に翻訳されているのもネットで簡単に買えるしね」
私のロマンス小説の洋書はほとんどネットで買って読んだ。都内にある大きな書店で買う事もあったが、某密林を使えば、とても簡単に入手する事が出来た。それに日本の人気作品も多く洋書になっている。表紙のデザインなどは変わっているが、中身はきちんとプロが翻訳されていて変わりない。
「ネット? なにそれ」
ミシェルはこの言葉に食いついた。確かにこの国にはネットどころかパソコンもスマートフォンも無い。
私がネットの概念などを説明すると男二人はかなり興奮して話に食いついていた。
「すげー、マスミのいた国ってハイレベルじゃん!」
「私もインターネットやりたいです!」
ネットの話だけでこれだけ、目をキラキラさせて喜ぶとは。もっと早く話しておけばよかった気もする。
「すごいよ、マスミ!」
「すごい、マスミ!」
二人にも純粋に褒められて居心地がとても悪い。すごいのは、インターネット、パソコンやスマートフォンを開発した人間だ。その上、工場で作ったり、販売したり、営業したり、梱包したり、配達する人がいるからこそ成り立つ。私が褒められるのは違うと思う。便利で豊かな文明は、人々の努力の上で成り立っている物だ。それをこの土地で誇る行為は、まるで大人が買い与えたオモチャを見せびらかす子供のようだ。
「なに言ってるんですか。私が開発したわけじゃないですよ。私は便利さを受け取っていただけで、何もすごくないです」
そう、自分は何もすごくない。何も持っていないこの土地に来て改めてそう思う。だからこそ、もし犯人が日本の小説をパクっていたとしたら、相当な悪質だと思う。
人のふんどしで相撲を取っているようなものだ。こんなことわざは二人には通じないだろうが、この言葉が頭に浮かんでこびりつく。確かに日本という国は豊かで便利で、親切な国民も多いが「藤崎真澄」という個人はノースキルで全くすごくない。何も一から生み出していない。思えば私の人生なんて薄っぺらなポテトチップスみたいだ。自分が褒められる理由は無いだろう。ましてこの土地の食事や文化を馬鹿にするなんて顔から火が出るぐらい恥ずかしい行為だ。杏奈先生が恨まれていた理由も腑に落ちてしまった。
「でもマスミはそのネットを上手く活用して語学を習得したわけでしょ。それはすごい。神様の賜物だと思うよ」
牧師さんは相変わらず私を褒めていて恥ずかしい。顔が赤くなる。この人は天然でもあるか、無自覚の人たらしのような所もある。
「マスミは本当にそのパソコンやネットを作る技術は無いわけ?」
「ミシェル、そんな技術はわたしには無いわ…。残念だけど」
「そうなんだ、でもいいな〜」
「私もですよ。ニホンに行きたいです」
こうして食卓は笑いに包まれる。
パンもスープも野菜も、肉もチーズみ全部完食してしまった。あれだけ不味いと思っていた食事だったのに。慣れたという事もあるが、みんなで食べたからよりおししく感じているのかもしれない。一人で食事をしたらどんなご馳走も不味いだろう。
「マスミ、パンもっと食べたい!」
「僕も食べたい!」
アビーもジーンのワガママも微笑ましく感じるほどだった。




