32話 日本のパンも苦労の末に出来たんです
食後、残りのパンでジュースペーストが合うかどうかみんなで試した。
ミッキーは、全ての種類のジュースペーストを塗り、どれが一番合うか実験するかのように食べている。モモ、レモン、ベリー、林檎のジャムペーストで試したが、ベリーが一番好評だった。ミッキーもちょっと感動というか目から鱗が落ちたような顔をしていた。
「うん、これが合うな。パンに甘いものは若干気持ち悪いが、ハチミツを塗って食べる地域もある事は知っていたんだよ」
ミッキーはホクホク顔でベリーのジュースペーストを塗ったパンを頬張る。
「でもちょっと砂糖が多い気がしますね」
牧師さんは、このパンの食べ方は甘すぎると言っていた。ミシェルも似たような反応である。子供達には大好評であんなに渋々食べていたパンをジュースペーストをつけていっぱい食べていた。
「ミッキー、このパン美味しい!」
「美味しい!」
アビーとジーンに笑顔を向けられ、ミッキーもすっかり笑顔である。
「まあ、ジュースペーストをもう少し糖分を抑えて作ったらいいだろうな。今度試作品を作るか」
「ええ、是非作って!」
「マスミが作ればいいじゃん。言い出しっぺはお前だろ」
ミシェルが激しく突っ込む。
「それでも良いんだけど、私は料理下手なのよね…」
そう言うと食卓は穏やかな笑顔に包まれた。
とても殺人事件が頻発している村とは思えない様子である。それにこうして笑っている皆んなはとても殺人鬼とは思えなかった。事件の収穫はないが、その方が良いとさえ思えてしまうほどだった。
その後、ミッキーはさらにパンの研究がしたいと足早に帰って行ってしまった。私が元いた世界のパンにも理解を見せ始めた。後日、また話を聞きたいという事だった。こうして邪気なくパンの事を話しているミッキーはやっぱりとても殺人鬼には見えなかった。
こうして夕飯も完食し、皆んなで皿や鍋を洗ったり、後片付けをした。アビーやジーンも渋々ながら手伝っている。
「良い子ね」
私はテーブルを布巾で一生懸命拭くアビーとジーンを褒めてやる。教師モードで厳しく接しても良いものだが、一生懸命手伝っている姿はちょっと可愛らしく見えた。ちなみに外国人の子供の頭はあまり撫でない方が良い。「ペット扱いするな!」と怒られるケースもあるらしい。
「マスミはアンナとは違うの?」
アビーが聞いてきた。
「違うってなにが?」
「アンナは私のパパとママが悪者だって責めてた。だからアンナの事は大嫌い!」
「そうだ、ぼくも大嫌いだ!」
二人は頬を膨らませてプンスカしていた。言葉は酷いが、所詮子供が言う事なので気が抜けるというか、怒る気にもなれない。まあ、こんな子供たちが杏奈先生を殺すわけも無いだろうが、一応笑いながら聞いてみた。
「あなた達、杏奈先生殺して無いわよね?」
「殺すわけ無いじゃん!」
「殺してないよ!」
やっぱりそうか。聞いて損をしたが、一応この二人にも聞いて見る。
「だったら貴方達、誰が怪しいと思う?」
「占い師!」
「占いババア!」
アビーもジーンも同じ意見のようだ。ジーンはバアアと言っているが、これは注意した方が良いんだろうか?ちょっと迷っているうちにアビーが言葉を続ける。
「占い師はアンナの事を尾行していたの見たよ。ストーカー?」
「本当?」
この土地でもストーカーという言葉や概念がある事にショックを受けながらもノートにメモを取る。ちなみにストーカーは和製英語ではない。stalkerで通じる。
・魔老婆が杏奈先生をストーカー。何か事件と関係ある?
そういえば魔老婆はロブともいい争っていた。犯行手口と魔老婆のキャラクターは合致していないような気がするが、やっぱり彼女は怪しいと感じた。
子供たちは、手伝いを終えると風呂の準備に行ってしまった。子供達は風呂は好きそうで、むしろ進んで風呂の手伝いはするようである。お風呂というよるプールのような感覚なのかもしれない。私も子供の頃は妙に風呂が好きだった。
「マスミ、今日は疲れたでしょう。ホットミルクでも飲んでゆっくりしましょうか」
牧師さんとミシェルもキッチンの片付けを終えていた。牧師さんはホットミルクを作り、リビングで一休みしようと提案。ミシェルも賛成して、ぞろぞろとリビングに向かう。
スマートフォンもテレビもないこの世界では少し退屈ではあるが、こんな風に人と会話する楽しみもあるような気がする。
「マスミ、本当にアンアの事件の調査をしてるんですね?」
「え? どっからその話し聞いたの?」
「ちょっと噂になってるぜ。アンナの代わりに探偵始めたって」
牧師さんにもミシェルにも自分の行動は筒抜けだったようだ。小さな村での噂の広がりに速さにも驚く。それに関してはネット社会より負けていないのではないかとも思う。
私は濃厚なホットミルクを口に含み、事件をメモしたノートとペンを取り出す。
「二人は何か知ってる事ない? あの子供達は、占い師が杏奈先生をストーカーしてたって言うのよね」
「あぁ」
二人はちょっと気まずそうに顔を見合わせていた。
「あのバアアは、転移者を逆恨みしているからなぁ。アンナの事嫌ってたぜ」
「そういうミシェルはどうなのよ。杏奈先生のカフェのメニューが嫌いだったんでしょ」
「そうだよ。まあ、うちらの料理が気に食わないのは仕方がないが、ミッキーのパンに岩みたいとか暴言は酷いと思ってさ」
「まあ、だからってミシェルが殺人なんてしませんよ。もう少しで神学校に戻って牧師になるための試験の予定もありますからね」
「そーだよ。そんな事したって俺には何の得もない!聖書にもカインのようになるなって書いてある。俺はカインみたいにはなりたくないね」
カインとは旧約聖書の登場人物の一人で、人類初の殺人を犯した男だと牧師さんに説明される。新約聖書の方ではカインのようになるなと書かれているし、神様が創った人の命を殺す事はクリスチャンでは絶対無いと二人ともちょっとドヤ顔で言っていた。そう言われると、やっぱりこの二人は殺人鬼には見えなかった。
「まあ、日本のフワフワパンは、かなりの試行錯誤の上で生まれたもんだろ? 5年もかかって開発したはずだよ。確かあんぱんは木村屋が和菓子から着想を得て、イースト菌も希少だったから酒種で作ったんだよな。日本人が柔らかいパンを好むのもモチモチした米食ってたっていうベースもあるせいだろうな。和食の延長みたいなもんだろう。こっちの世界とはやっぱり違うね」
「あれ、私が日本人ってミシェルに言ったっけ? っていうかぜいぶんと日本について詳しくない?」
ミシェルはあんぱんの成り立ちなど妙に詳しい。日本人の私でも知らない情報である。
「ミシェルのひいおばあちゃんは、日本人で転移者だったのですよ」
「本当!?」
この事実に私はかなり驚く。日本人の転移者がいるらしいとは聞いていたが、こんなところに関係者がいるとは。
「まあ、俺は直接ひいばあちゃんに会った事ない。だいぶ昔に亡くなっている。でもばあちゃんが、その話を覚えていて、俺にもよく日本の事聞いてたからさ」
「そうだったの…」
一気にミシェルが身近な人物に感じてしまった。
「だから、そんな試行錯誤の上でできたパンを我が物顔でさぞ新しいもんだ!という顔で売ってるアンナには疑問だったってわけだよ。パクリっぽいと言うかさ」
この話を聞くと何故ミシェルが杏奈先生を嫌っていたわかる。確かに杏奈先生だって試行錯誤をしていたと思うが、別に一からフワフワのパンやマリトッツォを生み出したわけではないのだ。そう思うとやっぱり杏奈先生はズルをしているようにも感じてしまう。
あのマリトッツォも日本とこの土地に食材のいいとこどりであったし、私が彼女の立場だったら我が物顔で販売はできない。むしろ恥ずかしいって思ってしまう。この土地でカフェを作りたいなどと思ったが、上から目線な考えだったのかも知れない。そんな自分はやっぱりちょっと恥ずかしい。
ふと、転移者はこうしたパクリ行為をやりたい放題じゃ無いかと思い始めた。料理はもともと著作権のないものだから仕方ないにせよ、音楽や小説をパクって販売する事も可能?
それはこの事件と関係ある?
わからないが何かが閃きそうである。私はこの事もメモする。
杏奈先生は本屋を見て驚いた表情を見せていたと言う。わからないが、転移者がパクって売ったものを見つけた?
とりあえず私は、ホットミルクを飲み落ち着いてから話す。
「牧師さん、この世界で聖書ってどんな感じに広がったの?」
「それは聖書の内容を丸暗記していた転移者が、全部紙に書いて少しずつ広まったわけですよ。印刷機ができるまでは、そう広まってなかったという事ですが」
その辺の事情は、元いた世界とあまり差はないようである。
「それにしても聖書の内容を丸暗記ってすごいわね」
「私も丸暗記していますよ」
「俺も」
二人はサラリとすごい事を言い、私は驚くしかない。でも修道院のシスターのロマンス小説では、主人公は聖書を全部覚えている設定だった事を思い出す。そう珍しい事でも無いのかも?
「聖書って著作権とか、そういう所はどうなってるの?」
私はちょっと気になる事を質問する。
「聖書は神様のインスピレーションで書かれたものです。モーセやヨハネが書いたものではありますが、聖書の作者は神様とされています」
「神様はより多くの人を救いたいはずだし、タダで貰ったのだからタダで与えろとも聖書に書いている。だから、聖書もタダで配っている所が多いんだ。金持ちを優遇する神様じゃないしな。お金とって著作権云々とか言ってる教会や牧師はいないはずだぜ」
どうやら聖書は著作権フリーのようである。聖書はそれで良いだろうが、他の著作権のある小説はそういうわけには行かないだろう。転移者は本の内容を丸暗記していれば、パクって販売する事は可能ではないか?
この事が事件と関係あるかわからないが、どうも頭に引っかかる。
「ミシェル、王都で流行ってる小説について何か知らない?」
「俺はそんな小説読まないけど、『トリップ!』っていう冒険小説にハマってるな。前にジェイクにも買ってきてもらうように頼んだんだ」
「その本って今持ってる?」
ミシェルは頷いた。
「貸してやるよ! めっちゃおススメだ」
「わー、ありがとう!」
「ミシェル、布教活動は聖書でやってくれませんか。あなた一応牧師を目指しているんでしょう」
牧師さんは苦笑していた。そんな牧師さんを見て私とミシェルはちょっと笑ってしまった。




