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異世界転移先が殺人事件だらけの小さな村だった〜田舎パンとマリトッツォ殺人事件〜  作者: 地野千塩


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31話 好き嫌いは子供がする事です

 牧師さんには手伝わなくて良いとは言われたが、部屋の一人でぼんやりしているのも居心地が悪い。

 結局下に降りて、牧師さんに何か出来る事がないか聞く。


「だったら外にある食糧庫からジュースペースをいくつか持ってきてくれますか?」

「ジュースペーストね。味はどれでも良いの?」

「ええ。宜しく頼みます」


 そう言って牧師さんは使い込まれた籠を私に渡す。


「ジュースペーストはパンに塗って食べると美味しいのよ」

「うえぇ、本当ですか?」


 やはりこの土地ではパンは白いご飯の様なもので、甘いものをつけて食べるという発想はないらしい。


「本当に美味しいんだけどな」

「そこまで言うなら後でみんなで試しましょうか」

「ええ。是非」


 私はそう言って外に行き、牧師館の裏手にある小さな小屋のように場所に行く。外は夕暮れで濃いオレンジ色の夕日が眩しいものだ。


 古びた小屋の様な食糧庫には、ジャムペーストや蜂蜜が並べられている棚があった。ご他に袋に入った小麦粉、パスタの様な乾麺、砂糖や塩の袋がたくさん置いてある。しばらく買い物に行かなくても大丈夫なぐらい備蓄されているようだ。この田舎では手軽に買い物に行く環境でもないのだろう。すぐに目的のジュースペーストを籠に入れ外に出る。


 すると牧師館の入り口の方に知った顔があるのが見えた。パン屋のミッキーだった。両手に大きな籠を抱えていた。


「こんにちわ、ミッキー?」

「あぁ、マスミか」

「どうしたの?」

「余り物のパンは毎日教会に寄付してるんだよ。捨てるのは心が痛むしな」


 そう言ってまるで子供でも接する時のような温かい視線でパンを見つめていた。


 牧師さんは忙しいのかまだ玄関に出てこない。私は思い見きってミッキーに聞いてみる事にした。


「杏奈先生のカフェの材料を仕入れられない様にしたって本当?」

「はぁ? そんな噂があるのかよ。俺はそんな事はしてないぞ。まあ、卸が勝手にやったんだろうな、腹立つ」


 あれ?


 意外とこうして見るとミッキーは意地悪な人間には見えない。


「アンナのパンはそれはそれでいい。否定はしない。でも俺の作ったパンを岩と言った事は悲しいな…」


 本当にミッキーは泣きそうな表情を見せた。実際私もそう思っていたので、罪悪感しか持てない。


「ミッキー、ジュースペーストをパンに塗って食べると凄く美味しかったんだけど、この食べ方は邪道?」

「なんだって、そんな食べ方があるのか?」


 ミッキーはその食べ方についてかなり驚いていた。

 ちょうどそこに牧師さんが玄関に出てきた。


「おぉ、ミッキー。いつもパンの寄付をありがとう」


 牧師さんは、笑顔でミッキーから籠を受け取った。


「何かいい匂いがするな」


 ミッキーは鼻をクンクンさせる。


「ええ。今日はこのマスミが来るので少し豪華に牛肉のシチューを作ってるんです。あ、ミッキーも食べていきます? いつも子供達にパンをくれるお礼も兼ねて」

「でも」


 ミッキーは困った様子だが、私もみんなで一緒にご飯を食べた方がいい気がした。


「そうしましょうよ、ミッキー。ジュースペーストをパンに塗るのは試してみたくない?」

「それは試したいな」

「じゃあ、上がってくださいよ。みんなで夕飯食べましょう」


 正直なところミッキーについては、まだ怪しいと思っていた。こうして一緒に食事をすれば、何かボロを出すかも知れないとも思う。私も牧師さんと一緒に積極的に彼を迎えた。


 牧師館の中に入ると、確かにビーフシチューの様ないい匂いがして食欲がそそられる。


 私も今日からお世話になるわけだが、別にお客さんではないので食堂のテーブルを拭いたり、皿を出したり、フォークやスプーンを並べるのを手伝った。そんな私を見ていて何か感化されたのか、アビーやジーンも真似してスプーンやフォークを並べていた。


 ミッキーは自分の方が絶対上手く切れると真っ黒のパンをスライスしていた。


 牧師さんとミシェルは鍋の係。出来上がった鍋を食卓のテーブルの上に置き、夕食が始まった。参加者が牧師さん、ミシェル、アビーとジーン、そして飛び入り参加のミッキーと私の六人である。


「アンナがなくなって喜べる状況では無いので盛大に祝えませんが、今日からマスミが我が家の一員です。ようこそ、マスミ」

「へへ、なんか照れますね。ありがとう」


 牧師さんに歓迎の言葉をもらい、食前の祈りを捧げ少し賑やかな夕食が始まった。牧師さんが言う食前の祈りの言葉を聞いていると、全ての食べ物は神様の恵みであるという事が伝わってきて、少し気が引き締まる。


 お酒はない。杏奈先生の事もあるし、敬虔なクリスチャンである牧師さんやミシェルもお酒は飲まないという。ミッキーもお酒は苦手という話だったし、私もあまりそういう気分でもない。今日の料理であるビーフシチューには、赤ワインが入っているそうだが加熱するのでアルコールは抜けてしまっているとの事。


「わぁ、ビーフシチューとても美味しい」


 私は思わず感激の声を上げる。肉はトロトロにとけ、濃厚な味わいだ。日本で食べるシチューよりも濃く、腹に溜まる感じもいい。かなり満足感がある。


 ミシェルはシチューが好きそうでガツガツと食べ、おかわりまでしている。


「マスミ、でもパンは食べてねーな。アビーもジーンもパン食べろよ」


 ミシェルに指摘された通りである。やはり硬いパンは口に合う気がしなくてついついシチューばかり食べていた。


「だってパンて硬いんだもん! ね、ジーン!」

「そうさ! 硬くて酸っぱくて美味しくない!」


 さすが双子だけあってアビーとジーンの言葉はほぼ同じ意味である。


 アビーの金色のツインテイルもあまり可愛くは見えなくなってしまう。ちなみにツインテイルは和製英語で通じない。英語でツインテイルはAngel Wings、エンジェルウイングスというが、アビーはとてもエンジェルには見えない。


 しかし、こんな小さな子供と同じように好き嫌いしていたのかと思うと少し恥ずかしい。ジュースペーストというジャムを塗ってパンを食べても良いが、それはシチューとの料理と相性が悪いだろう。やはりこの土地でのパンは主食である事がありありと伝わってくる。


「そうか、パン嫌いか…」


 ミッキーは明らかに落ち込んでいる。ムッとするかと思っていたので、こんな風に落ち込むと、ちょっと心がちくちくする。杏奈先生のパンを風船玉と言った事は腹立つ事ではあるが、杏奈先生だってミッキーのパンを岩のようだと言ったようである。つまりお互い様。確かにミッキーがパンが好きな事は伝わってくるが、それで人を殺すかわからない。そんな事をしたら一生パン作りが出来ないかもしれないし、そんなリスクを冒すかわからない。


「マスミ、確かにパンは硬いですが栄養は満点ですよね、ミッキー」

「ええ。このパンは全粒粉とトト麦を半分ずつの分量で作ったパンですから、普通の白い小麦粉で作ったパンより栄養いっぱいです。血糖値も上がりにくいはずですよ。腹持ちもいいからダイエットにもいい」


 牧師さんの促され、ミッキーはパンの蘊蓄をいくつか披露し始める。


「あと、濃いシチューとパンの相性はかなりいいですよ。ためしてみてくださいよ」


 そこまでミッキーに言われると少し食べたくなって来る。確かにミシェルや牧師さんもシチューのパンを浸して食べていた。ちょっと行儀は良くないが、惹かれる。それにあんな食前の祈りの言葉を聞かされてしまった後に食べ物残すのも悪い気持ちになる。


 私はスプーンでシチューをすくい、黒くて硬いパンに塗って食べてみた。


「あれ、意外と美味しい」

「そうでしょう、このパンと濃い煮込み料理の相性は良いんです」


 ミッキーはドヤ顔で言う。確かにパンの強い酸味が気にならない。子供たちは相変わらずパンを食べないのでミシェルにガミガミと叱られ、ようやくポソポソとパンを食べはじめていた。


「そういえば私が元いた世界にはビーフシチューパンっていうのがあってね」

「なにそれ、どういうもの?」


 この話題にミッキーは食いついた。確か丸いパンをくりぬき、その中央にシチューとチーズが入っているパンだと説明する。日本でパンは主食ではないので惣菜パンやスイーツの様なパンが多いのだ。そういえばあんぱんは和菓子っぽい。


「そんなソーザイパンがあるのか。なるほど、ちょっと試作してもいいかも」


 ミッキーが目をキラキラさせていた。この様子を見ていると、とても殺人犯だとは思えない。


 こうしてみんなでシチューを食べ、すっかり鍋が空になった。美味しい食事だった。食べ終えたあと、みんな笑顔だった。


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