27話 未亡人と楽しいお茶会です
今日は空が晴れていて日差しが眩しい。初夏というよりもう夏が近いと思わせる。断食明けの食事がアレだったせいで、空の浮かぶ白い雲もホイップクリームに見えてしまう。
ジェイクの医院は、教会の近くにある。教会のそばの道を北に向けてずっと歩いたところにクラリッサの家があるという話だった。
「クラリッサはどうですか? 糖尿病って聞いたんですが」
「それがアンアが亡くなったおかげで余計にマリトッツオの執着が強くなって困っていますよ」
プラムはジャスミン同様に呆れている。どうやらこのメイドもクラリッサに手を焼いているようだった。
「マスミは、マリトッツオの作り方は知らないのね?」
「ええ、全く」
「他に何か珍しい甘いもののレシピは知らない?一回何か食べれば気が済むと思うんだけどね」
教会から北へ向かう道はキツい坂道で息があがる。この道を通ってカフェに行っていたとしたらそこそこ運動にはなる。クラリッサの病状はわからないが、少しぐらいのスイーツの摂取の許可はジェイクからとっていると言っていた。
「うーん、私はお菓子作りも料理もしないからなぁ。でもパンケーキぐらいなら作れるかも?」
「パンケーキ?こっちにはない名前ね」
「小麦粉、卵、ミルク、あと砂糖とベーキングパウダーで作るんです。ベーキングパウダーはありますか?」
「ふくらし粉のこと?」
「そうです。だったら出来るかも?まあ、砂糖の量を減らして青菜を混ぜ込んでも良いかも。ほうれん草のパンケーキっていうのもあってね」
「そんなのあるの?是非作って欲しいわ」
「でも詳細のレシピがないんですよね…」
そんな事を話しながら、どっしりしたレンガの洋館が見えて来た。遠目からでも金持ちの家だとわかる。
「もしかしてあそこがクラリッサの家?」
「そうよ」
やはりクラリッサは金持ちの様である。
大きな洋館の門を二人で潜る。庭もちょっとした運動場ぐらいある。綺麗に整備されて薔薇の様な派手な花もあちこちに咲いている。
「クラリッサ、こんにちわ」
「クラリッサ、マスミを連れて来ましたよ」
大きな門を開けると、クラリッサが飛んできた。今日も高そうなスーツを着ている。単なる金持ちというよりこの世界の上流階級の女性なのかもしれないと思う。
「あら、まあいらっしゃい!マリトッツオ作って!」
キラキラした目で頼まれる。どうやらクラリッサは、マリトッツオについてしか考えていない様だ。
「クラリッサ、いい加減にして下さいよ。お客さんに向かってなんですか」
「でもぉ」
メイドといえどもプラムはポンポン言いたいことを言う。ジャスミン共々クラリッサのお守り役という感じである。確かにクラリッサは性格は悪くないが、ちょっと浮世離れた雰囲気はある。
「まあ、上がって。まずキッチンにいきましょう。美味しいものを作ってね」
クラリッサに半ば無理矢理キッチンに連れて行かれた。キッチンもバカみたいに広い。元の世界で済んでいたワンルームのアパートの3倍から4倍ぐらいありそうだ。狭いキッチンでよくお皿を割っていたものだが、これだけ広いキッチンだとそんな心配はないだろう。
「マリトッツオできる?」
再びキラキラした目でクラリッサに頼まれる。プラムは呆れているのかもう何も言わなかった。
「うーん。マリトッツオは難しいですが、パンケーキぐらいは出来るかな…」
「パンケーキ? 名前からして美味しそうな響きがあるわね。是非作って!」
ここまで来るともう断れない雰囲気である。お菓子作りについては全く自信はないが、作る他無さそうである。
「プラム、小麦粉、ミルク、卵、砂糖、あとふくらし粉はありますか?」
「ある?是非マスミに出してあげて」
「わかりました」
プラムは渋い顔であったが、あっという間に材料を揃えてキッチンの台の上に並べる。やはり有能なメイドの様である。その間に私は手を洗い、エプロンを借りてつける。
「それからどうするの?」
クラリッサは相変わらずワクワクしていたが、果たしてパンケーキの材料の分量ってどれぐらいだっけ?元いた世界では何度か作った事があるが、全く分量が思い出せない。
まあ、確かホットケーキミックス粉は200グラムぐらいだったので、とりあえずは小麦粉を200グラム測ってボウルに入れた。卵は一個でミルクは、一カップぐらいだったと思う。砂糖とベーキングパウダーの分量が思い出せない。ベーキングパウダーは小さじ1ぐらいだっけ?いまいち自信はないが、小さじ1だけ入れる。砂糖は大さじ2ぐらいを適当に入れるが、果たして糖尿病のクラリッサにこの分量で良いか謎である。砂糖を入れている時のプラムの視線が痛い。
「そうだ。ほうれん草みたいなものはありますか?」
「ほうれん草?」
クラリッサもプラも首を傾ける。私はほうれん草の特徴の味、外見などを説明する。
「ヒッポキ草の事かしらね」
プラムは冷蔵庫からまさにほうれん草そっくりの青菜を出す。どうやらここではほうれん草はピッポキ草と呼ばれているらしい。基本的に英語で何でも通じるが、固有名詞は少し違う様である。あとアクセントは今のアメリカのものとはちょっと違うところもある。まあ、これに関してはジャパニーズイングリッシュの自分は人の事は言えない。
「そう、これがほうれん草ね」
私はプラムからヒッポキ草を受け取り、包丁で適当に刻み、今までの材料を混ぜ込んであるボウルに入れた。
「これで良いんですかね?」
プラムは明らかに心配そうな顔をしているが、クラリッサは相変わらずワクワクした表情を見せている。自分もほうれん草のパンケーキってこんなんでいいんだっけ?といまいち自信がないが、生地をよく混ぜ込んだ。
温めたフライパンのバターを落とす。良いにおいが広がり、クラリッサは余計にワクワクしはじめた。
「確か一回濡れ布巾の上にフライパンを置くのよね」
詳細な分量のレシピはすっかり忘れてしまっているくせに、焼く手順などは何故かしっかり覚えていた。
おたまで生地を流し、表面がプツプツしてきたらひっくり返す。
「あら、意外と綺麗じゃない」
「まあ、素敵!」
プラムとクラリッサが同時に声を上げた。ひっくり返した生地は意外にも綺麗な狐色に変化していた。ヒッポキ草が入っているので、パンケーキとうよりお好み焼きみたいな雰囲気ではある。
少し焦げてしまったものもあるものに順調に4枚も焼き、皿に盛る。匂いも悪くなく、見た目もそう悪くはない様だ。
皿は白く縁が並々としたデザインでオシャレだった。パンケーキを載せるには少々大袈裟にも感じたが、わざわざ口にする事ではないだろう。
「まあ、素敵!」
クラリッサもパンケーキを見て喜んでいた。クラリッサは外で食べたいとワガママを言い、プラムはテキパキと外でのテーブルや椅子の準備をする。その間に私もブラックティーを淹れるためにお湯を沸かしたりしていたが、クラリッサは側でニコニコ笑っているだけだ。金持ちの奥さまならこんなものだろう。おそらく骨の髄まで人にやってもらう事が染み付いている。
外で食べるのは、私は別に希望していなかったが、実際よく晴れた庭でテーブルを出し食べるも悪くない気もした。お茶会というよりピクニックの様でもある。
派手な花柄のテーブルクロスの上に続々とパンケーキやブラックティーが並べられていく。
「これは何ですか?」
プラムがジャムの様な瓶と冷たい水も持ってきた。
「これはジュースペーストですね。果実を砂糖を煮詰めたもので、水に溶かして飲むんです。これは柑橘類ですが、ベリー類などいろいろ味がありますよ。この国で一般的に飲まれているジュースです」
ジュースペーストというのは、私にはどうもジャムにしか見えなかった。というかジャムそのものであり、概念とも一致していると思うのだが。
「このジュースペーストってパンに塗って食べたりしないの?」
そう言っては見たが、二人ともキョトンとしていた。どうやらこの国ではジャムがジュースペーストと呼ばれている様で、用途が違うらしいという事を理解した。
「本当にお茶会ね。では、さっそくはじめましょうか」
テーブルのセッティングが終えると、クラリッサが微笑みお茶会が始まった。
さっそく三人ともヒッポキ草が入ったパンケーキをナイフで切り、フォークで口に運ぶ。
「……」
クラリッサもプラムも無言になった。当然私も何も言えない。
美味しいからではなかった。適当な分量で焼いたこのパンケーキは、とても不味かった。生地の甘さとヒッポキ草の味が全くあっていない。見た目はほうれん草だが、ヒッポキ草は少々苦味がある様で、こんな風な甘味のあるパンケーキとは相性が悪い様だった。見た目は悪くなかっただけに、私達は余計にガッカリしてしまった。
「ごめんなさい。私、やっぱり料理下手でした。本当はパンケーキって美味しいんです」
私は素直に謝った。意外とプラもクラリッサも笑っていた。
「まあ、マスミ謝らないで。ジュースやブラックティーでも飲みましょう。あと田舎パンも持ってくるわ」
「えー、田舎パン? プラム、それは食べたくないわ」
「ワガママ言わないで食べてくださいよ」
プラムは屋敷の方からスライスした田舎パンとチーズをカゴいっぱいもってきた。レバーのパテもある様で、これは美味しそうである。朝から不味いご飯ばかりで気が折れていた。田舎パンも比較的美味しそうに見えてしまった。
レバーのパテを塗り、その上に濃いチーズを乗せた田舎パンは思ったより美味しく感じた。天気のいい空の下で食べるよいう状況も良いのだろう。空気も日本のそれより爽やかで澄んでいるので気持ちいい。庭の色とりどりの薔薇や、カゴに入ったパン、ちょっとオシャレな白い皿なども童話の世界の様で楽しかった。クラリッサもプラムも童話に出てきそうな上品な人に見える。
「まあ、田舎パンはチーズを乗せるとそこそこ食べられるわね。というか、さっきのパンケーキが美味しくないせいで、スイーツもそんなに食べたく無くなってしまったわ」
「そんな不味かったんですね」
私は苦笑するしかない。そういえばお菓子作りは、分量をしっかり測る事が大切だと杏奈先生の手帳に走り書きしていた事を思い出す。確か砂糖の量が変わるだけでもフワフワ感が変わるらしい。杏奈先生は日本の食材を使いちょっとズルしていたようにも感じたが、お菓子作りについては分量を変えたり、いろいろと工夫しているようだった。
「まあ、これでマリトッツオの執着が消えてくれるなら嬉しいですよ。糖尿病もちゃんと治してください」
プラムはそう言ってブラックティーを啜る。パンケーキ作りは失敗してしまったが、クラリッサの健康を思うとこの結果でも悪くなかったのかもしれない。
「ところでこのジュースペーストちょっと貸してくれません?」
私はふと思いついてプラムからジュースペーストをもらう。柑橘系とベリー系があったが、ベリーの方の瓶の蓋を開ける。果実と砂糖で煮詰められている。どう見てもジャムにしか見えない。
私がジュースペーストを田舎パンに塗って齧る。
その行動にクラリッサもプラムも驚いていたが、味は文句なしに美味しい。というか酸味の強い田舎パンにベリー系のジャムの相性はとても良いように感じた。まあ、元々は水で薄められている事を想定しているジュースペーストなのでジャムよりは糖分が高くかんじるが、この田舎パンの食べ方は最高だった。アナのママが作ってくれたチキンスープを覗くとはじめてこの土地の料理が美味しいと感じる。
「マスミ、ジュースペーストをパンにつけるなんて……。でも美味しそうね?」
クラリッサは私の食べ方に驚いていたが、さっそく真似して食べていた。瞬く間に目がキラキラと輝いていた。
「美味しいわ! この国ではパンは主食だから甘いものと一緒に食べるのは、何となく気持ち悪いけど、それでも美味しいじゃない!」
どうやらクラリッサはには喜んでくれた様である。
「そうね、これが悪くない。ちょっと糖分少なくして果実多めで煮詰めれば、ちょいど良さそう。グッドアイデアよ、マスミ」
プラムにも褒められtら私はホッとした。しかほ気が緩んでいるばかりでもいられない。事件についても聞かなければ。
「杏奈先生で何か変わった事知らない?」
私はクラリッサとプラムに聞いた。二人は顔を見合わせて考え込んでいた。
「そうねぇ。でも私じゃないわよ。アンナを殺したら美味しい料理食べられないじゃない?」
「私も殺人なんて非効率な事はしませんよ。手間も時間もかかるし、めんどくさいですね」
こう言われると二人は犯人では無いだろう。
「ジャスミンはどう?」
「まあ、あの子はアンナを恨んでも仕方ないけど、事件あった日はここでリリーと集まってちょっとしたお茶会やってたの。アリバイはあるわね」
クラリッサに言われた事を頭の中で考える。という事は、リリーもジャスミン、クラリッサ、プラムにアリバイがあるという事だ。ミステリ小説ではアリバイトリックもあるわけだが、とりあえず彼女らの容疑は晴れたものだと考えて良いと思う。
「何? マスミもアンナみたいに事件を調べているの?」
クラリッサは好奇心を隠しきれなかったが、事件調査については渋々始めただけである。そんなワクワクされても困るというのが本心である。
「本当に杏奈先生で変わった所ない?何でも良いのよ。王都に一緒に行った時はどうだった?」
渋々始めた調査ではあるが、犯人を探さないと元いた世界に帰れない。私は必死に二人に質問する。
「そうねぇ。王都で演劇を見ている時はそうでもなかったんだけど、本屋に行った時に顔を真っ青にしていたわ」
「本屋?」
クラリッサの言葉は予想外であった。本屋に杏奈先生が顔を青くする要素があるのか?私は全くわからない。
「何か杏奈先生と本屋で関係する事ありますか?」
二人とも首を振る。本屋といえばロブである。何か知っているかもしれないので、後でロブに会いに行く事を決める。
・杏奈先生は本屋で何かを見た
・ロブに話を聞く事
今、わかった事をノートに書く。
「こうして見るとマスミもちょっと探偵みたいね」
プラムに褒められたが、それについてはあまり嬉しくは無い。
その後、屋敷のバカみたいの広い風呂場でプラムやクラリッサに髪を切ってもらった。クラリッサは、昔美容関係の仕事をしていたらしい。チリチリになった髪の毛を切り、スッキリとしたショートヘアになった。こんなに短い髪型は初めてだったが、二人に褒められる。これでジェイク様の前にも出られそうである。二人には感謝しかない。
「事件調査頑張るのよ、マスミ!」
最後にクラリッサに励まされた。
事件調査のやる気がすごいあるわけではないが、こうして応援してくれる味方もいる。こんな異世界でとても心強い。髪の毛と同様に私の心も軽くなった。




