25話 毎日マリトッツォ?
「マスミ、手の火傷はだいじょうぶ?」
「大丈夫では無いわ…」
アナとロブが見舞いに来た。
アナは火傷を心配していたが、その事は大丈夫である。問題は、断食中だという事だ。
もう昼もすぎ、夕方に近いわけだが、ジェイク様から出されたものは水だけである。お腹はずっとぐーぐーなりっぱなしである。
「ところでで、ロブ。カフェの方はどうなった? 全焼したって聞いたんだけど」
ロブもアナも顔を渋くさせた。やっぱり、帰る場所がなくなってしまったようだ。頭に花が咲くどころか毒を持った草花が蔓延しそうである。帰る場所がないと言うのは、こんなに心細いとは知らなかった。
「うちは妹や弟でいっぱいなのよね。まあ、住めない事もないけど、子供がいっぱいでマスミは落ち着けないわ。どこかでマスミが住める場所が有ればいいんだけど」
「うちは部屋が空いてるが、一応男の俺と一緒に住むのは問題あるしな…」
ロブの言う通りである。ロブは親切な人で老人ではあるが、性別はオスである。一緒に住むのは問題がありすぎる。
ちょうどそこへリリーと牧師さん、ミシェルもやってきた。
「まぁ、マスミ。本当に大丈夫?」
「怪我は何とも無いんだけどね」
リリーは心配そうな顔をし、大きな袋を私に渡した。中身はパジャマワンピース、タオル、歯ブラシなどが入っていた。当分着る物や衛生用品には困らないだろう。リリーの心遣いがありがたく、感謝の気持ちでいっぱいになり、何度も「ありがとう」と言ってしまった。
「マスミはとりあえず牧師館で暮らしましょう」
「え、牧師さんいいんですか?」
なんと教会というか、牧師の住居地である牧師館で生活して良いという。
「良かったじゃない、マスミ」
「そうね、よかった!」
リリーとアナはこの提案に自分の事のように喜んでくれた。しかしミシェルは嫌そうな顔をかくさない。
「えー、お前住むの? こっちは子供の面倒で手いっぱいなのに」
「こら、ミシェル。困った時はお互い様だろ」
牧師さんに怒られて、さすがのミシェルも口籠もる。
「杏奈先生の葬儀は?」
気になっていた事を牧師さんに聞く。
「ええ。今日行われます。リリーやアサ、ロブも出るよ」
「牧師さん、私も出たほうがいいかな」
「まあ、今日は入院中ですし、無理しちゃダメです」
杏奈先生の葬儀は出れる雰囲気では無いようである。
そこにジェイク様もやってきた。
「みなさん、ちょっとうるさいですよ。ここは一応医院ですから、お静かに」
「よぉ、ジェイク先生。先生、最近王都に行ってきたんだよな。頼んでいた本を買ってきてくれた?」
ミシェルが若干ワクワクした目で言う。
「本?」
職業柄、本と聞いてロブが反応した。
「うん。『トリップ!』って本で、王都で人気ある小説。俺は実習中だし、なかなか王都に帰れないんだよな〜」
「ミシェル、『トリップ!』ってどういう本なの?」
アナが質問する。しばらくその話題で盛り上がっていたが、もう杏奈先生の葬儀の準備があると牧師さんもミシェルも帰ってしまった。それに続きようにロブ、アナ、リリーも帰って行き、ジェイク様も患者がきたと診療室に帰って行ってしまった。
その数十分後、クラリッサとジャスミンが見舞いにやってきた。窓の外はもう夕方だ。この二人で見舞客は最後であろう。
話を聞くとクラリッサはこの医院に通院していて、ジャスミンもその付き添いでその帰りだという。
「え、クラリッサはどこか悪いんですか?」
クラリッサは一見健康そうに見えた。確かに初老に差し掛かってはいるので、持病があっても不思議ではないが。
「いえ、ちょっと血糖値が高いのよ」
「クラリッサおばさまは軽度の糖尿病なのよ。この国では滅多にそんな病気ならないのに」
ジャスミンは口を尖らせた。糖尿病は日本ではポピュラーな病気だ。元いた世界の私の上司である学年主任も糖尿病で、病院で治療を受けている。毎日カップラーメンとコンビニ弁当を食べているような人だったので、仕方がない。本人も反省して奥さんからの弁当を食べるようになったのを見かけた記憶がある。
「まったく、アンナの店で毎日マリトッツオ食べてたらそうなるわよ」
ジャスミンの言葉にさすがの私も驚いた。
「え? 毎日マリトッツオ食べてたんですか?それは…」
糖尿病になっても当然である。カフェで食べていた姿も見かけたが、あれはジャスミンの目をかいくぐって来たのかも知れない。
「しかも一日三食も食べてるのよ。食べすぎよ。病気になって当然だわ」
ぷりぷりとジャスミンは怒っていた。一日三食というと元いた世界では当たり前だが、この世界では違うようだ。確かにずっと小食で慎ましい食生活をしていたのに突然甘いものだらけになったら具合が悪くなって当然である。
クラリッサは身を小さくして、「だって美味しいんだもん!」と拗ねている。意外と中身は子供っぽい人なのかも知れない。
「正直なところ、アンナが死んだのは当然というか。これでクラリッサおばさまの体調が良くなるならかえってよかった!」
ジャスミンは杏奈先生の死についてあまり悲しんでいないようだった。むしろ少し喜んでいるようにも見える。ジャスミンの聞くと、体調悪化している村の女性が続出しているらしい。みな杏奈先生のカフェの常連客だそう。リリーは病気にはなっていないが、杏奈先生のカフェが出来てからかなり太ったそうだ。もともとはリリー痩せ型と聞いて私はビックリした。元々ぽっちゃりとした朗らかなタイプだと思い込んでいた。
「だって、アンナのカフェメニューは美味しいんですもの」
「たまにだったら良いわよ。でも毎日はダメ!」
こうして見るとジャスミンはクラリッサの保護者みたいである。杏奈先生のカフェの料理がこんな波紋も呼んでいたなんて。この事で恨まれている可能性も大いにある。ジャスミンは夫の事件の事で杏奈先生を恨んでいた可能性もあるが、クラリッサの健康状態で恨んでいる可能性もある。ジェイクも恋愛のもつれというより、職業上のプライドで杏奈先生を恨んでいたとしてもおかしくない。ジェイクにとっては杏奈先生のカフェの料理は健康を害する悪魔の実といってもおかしくない様である。
「ところでマスミも転移者なのよね? あのマリトッオの作り方などわからない?」
ちょっと上目遣いで懇願するようにクラリッサは私にきいてきた。マリトッツォは杏奈先生がここと元いた世界のいいとこどりをして作ったメニューである。今の私ではとても再現できそうに無い。そもそも中身のクリームのレシピも知らないし、知っていたとして自分は料理下手だし、材料である日本のパンも入手できず完全にあのマリトッオを再現するのは不可能と言って良いだろう。
「そうなの…。残念ね」
その事を伝えるとクラリッサは明らかに残念がっていた。こんなにシュンとされると役に立てないのは申し訳と思う。
「でも本当によかったわ。あんな悪魔みたいなカフェは無くなったのね。あなたには悪いけれど」
ジャスミンははっきりと言うタイプらしい。杏奈先生の事が嫌いだった事がありありと伝わってくる。ジャスミンが杏奈先生を殺し、カフェを放火した可能性も大いにありそうな気がする。というか犯人?杏奈先生を恨み、カフェを放火する動機がある。
「もしかしてジャスミンが杏奈先生を殺したの…」
あまりにもジャスミンの物言いがキツいこともあり、私は思わずそう呟いていた。
「そんなわけないじゃない。アンナを殺してどうなるのよ。クラリッサおばさまの糖尿病は劇的に治ったりするの?」
「そうよ。アンアが生きようが死のうが、私は食べたいものを食べる!」
「いい加減にしてくださいよ」
ジャスミンは頭を抱えている。クラリッサの事が頭痛の種の様である。この様子では杏奈先生を一方的に恨むのもよくわからなくなってしまう。
「本当にあなたは元いた世界の甘いもののレシピは知らない?」
「うーん」
クラリッサは引き下がらず、なおも聞いてくる。よっぽど杏奈先生のカフェの料理の虜になっていると思われるが、見かけによらずしつこいタイプかも知れない。
「マスミ、そんなクラリッサおばさまの言う事なんて聞かなくていいわよ」
ジャスミンは釘を刺していたが、そう無下に断るのも可哀想な気がする。今は私も断食中で、食べ物への執着心を深く共感してしまう。
「まあ、頑張って思い出してみます!」
「ちょと、マスミ」
「まあ、嬉しい! だったら明日にでもうちにいらっしゃいよ。一緒にお茶会しましょう。あとマスミの髪も切ってあげるわ。実は私は元美容師なのよ」
「わぁ、そうなんですか、素敵。是非伺います!」
私は手放しで喜んだ。
ジャスミンはムッツリと怒ってはいたが、呆れ顔を見せてきた。
「はぁ、もう! 健康害しても知らなんだからね」
私とクラリッサは、お茶会を開ける計画にキャッキャと喜んでいたが、ジャスミンは渋い顔のままだった。
それに焦げた髪の毛が切れるというのも嬉しい。ジェイク様への感情は恋愛かどうかよくわからない状況でがあるが、こんなチリチリ頭でイケメンの前にいるのはとても恥ずかしかった。




