11話 この世界の食事を調べてみました
「うーん…」
この世界には写真はまだあまり普及していないのか、そもそも存在しないのかわからないが、料理の本は絵ばかりだった。
パンが主食らしいが、真っ黒な石というか岩のようなものばかりで、あまり美味しそうではない。おかずやチーズや肉が多く、野菜もそう多くはなく彩りも地味だ。パンには食物繊維が豊富な全粒穀やライ麦に似てるトト麦と言われているもの、雑穀を使っており、健康には良さそうではあるがこうして見るとやっぱり不味そうに見えるのが正直なところだった。
さっき読んだ本では、専業主婦がほとんどいない世界とあった。それも影響しているのかもしれない。あまり火を使わず簡単に出来そうな料理も多く、日本の弁当のような手間暇かかるものは無いようである。揚げ物料理もあまりない。日本で流行っていたキャラ弁などが受け入られるような雰囲気はまるで感じない。日本と違って「母親は料理上手じゃないといけない」「料理は女の愛情の象徴」という圧力が無さそうな所は悪くないが。
食も一日一回か二回が普通で、少食の食文化のようだった。夜か昼が食事の時間のようで、朝は基本的に食べないらしい。これには驚く。
元いた世界では一日三食だった。料理や食べる事が好きそうな杏奈が不満を持つ理由もわかってしまう。本を見る限り甘いものもほとんどなく、甘いイモ(おそらくサツマイモのようなイモと思われる)のお粥、クリスマス時期に作る砂糖菓子、卵と全粒粉とミルクで作るクッキーのようなものぐらいしかない。ゴージャスなクリームのケーキやトロトロなプリンもなく、当然和菓子もない。
王都に行けば美味しい料理やスイーツはそこそこあるようだが、この村のような田舎や庶民には安くて美味しいものはさほど広がっていないようだ。日本人には信じられないが、貧富の差が激しい。美味しいものは金持ちの特権という感じだ。さすがに王宮料理は美味しそうだったが、日本のコンビニスイーツのような質や値段のお菓子は夢のまた夢であるようだ。
また、食事の戒律が厳しいカトリック教もこちらの世界で根付いているようで、国をあげて粗食や断食が推奨されていた歴史や飢饉に幾度と見舞われ食材そのものが入手し難い歴史が続いた事も美味しい料理やスイーツが発達しなかった一因のようである。今はこちらに世界のキリスト教はプロテスタントが多いようでそこまで厳しくはいらしく、気候も比較的安定している。宗教事情というより健康の為に断食や小食も根付いているようだった。その為か、健康的な人も多く平均寿命は日本と同じぐらいだった。
昨日は杏奈先生の愚痴にドン引きしたものだが、こうして食事の事情を目の当たりにするとため息しかでない。ただ杏奈先生の料理だけが希望のようだ。
私は本を読み、全部本棚に返た。歴史や地理の本はともかく、食べ物の本については憂鬱である。いかにも元いた世界が食に恵まれていたか痛感する。流行りのマリトッツォももっと食べて居れば良かったと後悔もした。
そんな憂鬱さを抱えながら、文庫本のコーナーを眺める。ロマンス小説らしいものはほとんどなく、少女漫画風の絵が書かれた児童書のような恋愛小説だけある。ジャスミンの言っていた事はこれだろう。正直なところ期待外れではあるが、なにも読めないよりはいいだろう。それを本棚から引き抜いて借りる事にした。貸出カードにはまたクラリッサの名前がある。どうやら色々なジャンルを読む雑食タイプらしい。
他はハードボイルドのミステリーやエッセイといったものがあったが、あまり興味はそそられない。
「これは表紙が可愛い」
ただ、あるミステリーが目についた。リスの絵が表紙のコージーミステリーのようだ。「カフェ探偵アン!」というタイトルで、人気シリーズらしい。小さな村のカフェ店長が、村の殺人事件を解決するというストーリーだ。現在までに5冊も発売されているとある。作者は、「レイラ」とだけ書かれて、何やらミステリアスだ。作家プロフィールも載ってなく、何故だかとても気になった。
この本はこの村の住民にも人気があるようで、貸出カードにはたくさんの住民の名前が書き連ねてある。意外とクラリッサの名前はなく、リリー、ロブ、杏奈先生の名前もある。ミッキーの名前もあるが、あのパン屋の名前だろうか。
これだけ借りられていると気になるので、やっぱこの本も借りる事にした。
「ジャスミン、もう私帰るわ」
「そう。調べ物は終わった?」
「ええ、ありがとう。この本は借りられる?」
「借りられるわよ。ここに名前書いて」
カードに名前を書いたり、やや面倒臭い手続きを終わらせ借りられる事になった。本を入れる袋もないので貸出バッグも借りる。
「へぇ、あなたも『カフェ探偵アン』が気になったのね」
ジャスミンは、『カフェ探偵アン』を見ながら、しみじみと呟く。
「え?」
「この本は、この村の人たちに人気なのよね」
ジャスミンはカフェ探偵アンの表紙を眺めて、ちょっと苦笑している。
「こういうの元いた世界ではコージーミステリーって聞いたことがありますね。私はあんまり読んだ事はないけど」
「へぇ。あなたの世界にもあるのね」
「ええ。一つの小さな村や町で殺人事件が何件も起こるみたいですね。ありえないですよね」
そう言って笑うと、ジャスミンの顔が引き攣った。何か言ってはいけないような言葉を言ってしまった様な気がしたが。
「え? 何か?」
「いえ、何でもないのよ。この本の作者は誰か謎なのよね。うちの村では誰が書いてるのかって話題で盛り上がってる」
「確かに誰か気になりますね」
そこへ村人が何人か図書館に入ってきた。知らない顔だが、図書館で騒ぐわけにもいかなくなり、私は帰る事にした。




