10話 フラットアースですか?
リリーから貰った服は若干派手な傾向にあるようだ。
今日は花柄のワンピースを着る事にしたが、自分ににあっているか自信は無い。
とはいっても昨日まで着ていたスーツを着る気分にもなれない。たまにはお花畑っぽいガーリーな服でも良いだろう。リリーからは靴ももらっていた。踵が低いサンダルのような靴ではあったが、フリーサイズ用で私の足にもピッタリであった。
こうして服に身を包みと本当に田舎娘になった気分である。コーヒーや紅茶がない現実は打ちのめされそうだが、明るい服を着ると少しは気分が上向いた。
杏奈先生も赤いシャツにジーンズという格好だった。日本で着ていたらちょっと浮くかもしれないが、村の人たちは地味なものの方は少ないので浮かないのだという。そういえば昨日にアナも黄色のワンピースを着ていたし、クラリッサやジャスミンもオシャレだった。服をくれたリリーもそうだ。魔老婆は全身真っ黒だった事を思い出すと、ちょっと派手でもいいんじゃないかと思わされた。
カフェの前でロブと待ち合わせをして村役場の方に向かう。
「ロブはお仕事いいんですか?」
私はちょっと心配になって聞く。
「いや、今日は午前中はお休みだ。困っている転移者がいるのに、放っておけないだろ」
どうやらロブも優しい人のようで、ちょっと感動してしまう。日本で暮らしていた時は、人の優しさを感じる事もあったが、心の底から感謝する事はなかったと思う。今は、日本に帰れないという大変な状況なので、人の優しさに心から感謝してしまう。
「では、行きましょうかね」
「ええ」
杏奈先生が前を向いて歩き、町役場に三人で行く事になった。空はよく晴れていて風は爽やかに吹いていた。全く長閑な村であるようだ。
町役場は、昨日行った教会の近くにあった。木像の二階建てで古めかしいが、蔦が絡まる壁は趣がある。日本の公共施設には絶対にないようでちょっとオシャレでもある。
ロブはボロい建物だと言っていたが、私は新鮮に見えた。あまり元いた世界と大差ないと思っていたが、よく見ると違うところも結構ありドキドキとする。
そうは言っても役所は、あまり夢ある場所でもなく、何枚も書類を書き、ロブや杏奈先生はハンコを何回も押す。職員ともやりとりして、仮の身分証や当面の生活費も普及された。通過はリデリといい、100リデリがだいたい10円ぐらいの価値だと杏奈先生から説明してを受ける。
ロブや杏奈先生がいないとここまで早く手続きも出来ないらしく、ひどい場合保安官に捕まる場合もあるという。保安官は、ちょうど日本による町のお巡りさんと言った存在で警察組織の末端だという。
「この村では交番や警察署はないんですか?」
何気なく聴いただけだったが、何故か杏奈先生やロブ、役所の職員も微妙な顔。
「あ、平和な村で犯罪もないから警察とか無いって事ですかね?」
そんな気がした。
魔老婆みたいな存在はあるわけだが、あの時の教会のみんなの様子を思い出すと詐欺や盗み、殺人事件などは無いように思えてならない。盗みはともかく殺人事件なんて絶対無いだろうと思わされる。
「はは、そうね」
「そういう事にしておくか」
杏奈先生もロブも乾いた笑いを上げていたが、とりあえず手続きは完了した。
そろそろ役所から出ようとしたところ、ジャスミンに出会った。
「ハイ! アンナとマスミ。ロブもいるじゃない?」
ジャスミンは昨日と違って動きやすいジーンズとシャツというファッションだった。シャツはピンク色で華やかだが、仕事中かもしれない。
「ジャスミンお仕事はどうしたの?」
杏奈先生が聞く。
「今日は書類を出して来たのよ。一応私も役所に雇われている職員だしね」
「そういえばジャスミンは司書だったね。私、図書館に行ってみたいな」
ジャスミンの図書館に行く事を約束していた事を思い出す。
「じゃ、一緒に行く?」
ジャスミンがそういい、この後一緒に図書館に行く事になった。杏奈先生ちロブはそのまま帰り、仕事を再開する事になった。二人は道に私が帰りに道に迷う事を心配していたが、一度行った事があるし、子供でも無いから大丈夫だろう。
ジャスミンの図書館は役所のすぐそばにあった。二階建ての四角い建物で、こちらは役所ほど古くは無いようだ。こちらは日本でもあるような公民館のような雰囲気の建物だ。看板もあり「コージー村図書館」とある。
「わぁ、本がいっぱいですね」
「一階は辞書や辞典が多いわよね」
ジャスミンが言うように本棚には分厚い背表紙のものばかりだ。
閲覧室もあり、机と椅子が数個置かれている。本を読んでいる人は見当たらず、自分たち以外に人はいないようである。
カウンターもあるが、さすがにパソコンなどの機器は無いようだ。本を見ると全部数字のシールで管理されているようでバーコードのようなものはついていなかった。やはり昭和ぐらいの文化レベルである事は間違いないようである。
「太陽の光でけっこう本が痛むからカーテンは閉めっきり。ちょっと暗いけどごめんね」
「そうなんですね」
確かに窓はあるがカーテンで締め切られていた。この世界にも太陽があるようだ。英語も通じるし、異世界といってもやっぱりそう大差は無いようである。
「太陽があるという事は、この世界は地球という事ですかね?」
「地球? なにその単語は」
ちゃんと英語でearth言ったわけだが、ジャスミンはその単語や概念を知らないようだった。
「この世界は私達はフラットって呼ぶのよ」
「え、なにそれ」
「又は大地」
「もしかして宇宙はない?」
「宇宙? なにそれ?」
どうも話が噛み合わない。やはりこの世界と元いた世界は違うらしい。
「まあ、そういう地学的なものはこの本がいいかな、読んでみる?」
ジャスミンは、「フラット(世界)の成り立ち」という本を引き抜いてわたした。パラパラとめくると、世界は平らで大地の上にあるという。宇宙もない。星もプラズマとある。天動説を今だに信じているようだ。
聖書を論拠にし、「世界は全て神様が創った」とまである。あまりにも自信満々に書いてある為、元いた世界の方こそ嘘っぽく感じてしまうほどだった。元いた世界では宇宙は本当にあるのか、ちょっと不安になるぐらいである。まあ、その点は文化レベルの差でどうしようもない。私が地動説を言ったところで証明しようがないし、生活に困らないことなのでこの問題はスルーしておこう。
「何か、この国に歴史がわかる本はない?」
歴史だけでなく、文化などがざっくりわかる本が見たいと思った。今いる世界について無知でいるのは、裸で荒野にいる状態にも思えて不安である。
「うーん、この本はどうかな?」
ジャスミンからは何冊か歴史の本を勧められたが、分厚い専門書である。読み切る自信はないし、専門知識が知りたいわけでは無いのだが。
「あれ? この本クラリッサおばさまが借りているわ」
歴史の専門書籍にある貸出カードには、誰も借りていなかったが、クラリッサの名前だけあった。しかも最近借りている。
「クラリッサはこういう本読むんですね」
「そうねぇ」
ジャスミンは薄く笑っていた。
結局専門書は読めないので、私は児童書の歴史本がないか聞く。
「児童書は二階よ。この村は子供が少ないから、あんまり充実はしていないけどね」
「そういえば子供はこの村で見たことが無いですね」
「アビーとジーンっていう双子が教会に住んでるのよ。孤児で教会で預かっているのよ」
そんな事を話しながら二階に階段に登る。
二階の本棚は、専門書籍などは内容で文庫や小さめな本が目立つ。児童書コーナーには絵本や文庫もあり、子供の目線に合わせて本棚もミニサイズであった。
「この本と、この本もいいわね」
ジャスミンにおススメされ私は本をどっさりと抱える事になった。とてもじゃないがすぐには読めない。
「この本借りられます?」
「ええ。でも重いでしょ。少し読んでから、読み切れない物を借りるといいわ」
そう言ってジャスミンは仕事があると、一階のカウンターの方へ戻って行ってしまった。
私はそのまま二階の閲覧室へ行き、本を読む事にした。
子供向けの本なので、薄くて軽いが絵は豊富で読みやすい。杏奈が言っていた通りだ。元々魔法国家だったが、転移者はキリスト教をもちこみ、魔術者や魔法使いが改心し、今のような国になっていったようだ。当時の転移者は、素晴らしいキリスト教伝導者として伝記も出ている。まるで勇者のように持ち上げられていて驚く。まあ、それでも現代でも一部カルト教団などもあり社会問題になっているらしい。このあたりの事情は元いた世界と大差ないようだ。
英語も聖書のお陰で広まったそうだ。もともとは「エスーペラント語」という言語が公用語だったそうだが、文字が666種類もあり庶民の識字率は1%だったらしい。英語もそう簡単な言語ではないが、もともとあった言語がこれでは、英語が普及してしまった理由も頷ける。
暦は元いた世界と同じで十ニヶ月で区切られ、四季もあり、農業や畜産も盛ん。海がないので漁業は全く発達していないようである。ジャスミンの言うとおり地球や宇宙という概念はなく、大地は平ら。星も太陽もプラズマで、惑星ではないらしい。
やはり文化レベルは元いた世界と相違はあるようだ。
ただ、比較的温暖な気候であるようで、寒さが苦手な私にはありがたい話ではある。また、女性の社会進出も肯定的社会で、専業主婦もほとんどいないらしい。そのかわり年々子供の数も減り、結婚適齢期も上がっているようだ。このあたりは元いた世界と似たようなもので、自分もあまり浮かないかもしれない。まあ、西洋風の濃い顔が多い中で自分や杏奈先生の顔つきは目立つだろう。
杏奈先生の事を思い出し、この世界の食生活はどんなものかと気になる。
ジャスミンから渡された資料には食生活の記述がなかったので、探してみる事にした。パソコンなどは無いので検索はできない。不便だが仕方がない。目視で本棚を見て周り、料理関係の本を本棚から引き抜き、閲覧室に戻って読みはじめた。




