9話 残念なお知らせです
翌日、頭の痛さで目が覚めた。私は偏頭痛持ちだが今の頭痛は昨日酒を飲んだせいだろう。
目が覚めたら、元の世界に戻っていたという事は無いらしい。
昨日は酒がすすみ、すっかり酔って眠りについた。まあ、この状況下ではそれぐらいでよかったかもしれない。素面のまま素直に眠る自信はなかった。
「おはよう御座います、杏奈先生」
「おはよう! さ、朝ご飯ができているから一緒に食べましょうか」
杏奈先生は私と違って元気である。おそらく酒に強いタイプなのだろう。
食卓には、昨日と同じロールパン、コーンポタージュにゆで卵、サラダもある。昨日と同じように美味しそうな食卓で食欲がそそられる。
「さあ、朝ごはん食べましょう」
「美味しそう…」
「今日は役所に手続きに行くわよ。本屋のロブと一緒にね」
「杏奈先生、カフェはどうするんですか?」
「今日は午前中は休むわ」
「いいんですか?」
「ええ。困った時はお互い様じゃない」
私は杏奈先生の親切心に胸がいっぱいになる。やっぱり優しい良い人だ。
朝食のパンは、相変わらず噛みごたえはないが、ふわふわとしていてすぐに腹に収まった。
ゆで卵は黄身の色はちょっと薄いが、日本のものと比べると若干大きかった。
「杏奈先生、このゆで卵大きくないですか?」
「ええ。ここのはちょっと大きいのよ。というか日本のがちょっと小さくなってない? まあ、ここのワインと乳製品は美味しいわよね。鳥や牛、羊なんかの家畜は日本と大差ないみたいね。全部が全部が不味いって言っているわけじゃないけど」
杏奈先生はちょっと居心地は悪そうに肩をすくめた。
食後は、この国でとれる独自のブラックティーというのを出された。
匂いは紅茶にも似てるが、もっとスモーキーな感じだ。
「まあ、このお茶も美味しいわよ。パンは不味いけどね」
「あ、確かにこれは美味しいですね」
ブラックティーは確かに色はその名の通り真っ黒だが、不味くはない。さっぱりとしていて味は烏龍茶にも少し似ている。健康に良さそうである。
「黒い葉っていうものから取れる茶葉みたいね。元いた世界にはないわね」
「へぇ」
「ポリフェノールが多くて健康に良いみたい。あとで植物図鑑でも見てみればいいわ」
杏奈先生が説明する。
しかし残念なお知らせもあった。
「コーヒーと紅茶はこの世界にないわよ」
「えー!」
両方とも好きな私は悲しみの声を上げる。私は毎日朝にコーヒー、午後に紅茶を飲むのが好きだった。某コーヒーカフェチェーン店も好きで、限定ビバレッジはもちろん、タンブラーやバッグなどの小物も集めていた。ロマンス小説以外の楽しみはこれと言っていいだろう。
「私もコーヒーや紅茶と似たようなものがないか調べたんだけど、結局なかったわ」
「緑茶は?」
カフェには緑茶があったはずだ。確か紅茶と葉っぱ自体は同じだったはずだが。
「あれはちょっと特別なルートで手に入れたのよ。たぶんもうあんまり飲めないかと…」
「そんな」
「でも小麦粉、砂糖、米はだいたい同じ。希望は捨てないで」
コーヒーや紅茶が無いと思うと、杏奈先生がこの世界の食事に文句を言う理由もわかってしまう。というか、元いた世界がいかに食に恵まれていたのかと思う。
「まあ、私が美味しい料理作ってあげるから。気を落とさないで」
「ええ…」
私はブラックティーを再び飲み込み、市役所に行く支度をした。こんな残念なお知らせに持病の頭痛や怠さが出てきそうだったが、不思議とそんな事はなかった。




